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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

おっさんのごった煮短編集

私の罪の償い 〜無力な私は贖罪に貴女を巻き込んだ〜

掲載日:2026/06/08

拙作、婚約者はわたくしが毒杯を賜ることをご所望のようです、の王子側視点のお話となります。

前作を未読の方は下から先にお読みになって頂けたらと思います。

https://ncode.syosetu.com/n3261me/



 幼少から、体が弱かった。歳を重ねるにつれ、徐々に健常な者とそう変わらない状態へと近付いたことは喜ばしいことではあったのだと思うが、寧ろ、そのまま露の如く流れ、日に照らされて気化するように、消えてしまいたかった。



 アルデン・コンドラート第1王子、王位継承者として生を受けた私は、しかして体も弱く、そのために必要な教育も遅れ、控え目に言っても次期国王としては問題しかない男であった。


 それでも、王宮の侍医たちの努力と、教導役として尽力した教師たちのお陰で、私の王子としての体面は守られていたのだ。


 数えで13を過ぎたあたりで、私の体は、同年代の者達と比べて、やや虚弱であるが、ほぼ健康であると呼べるまでになっていた。

 そのことで、遅れていた物を取り返すため、私自身の意思もあり、教育過程は詰め込まれ、かなり過密な予定へと変化した。

 努力するのは当然、2つ下の弟と比べて、まだまだ劣っているのだ、臣下を納得させる力をつけるまで、そう意気込んだ私は無理を重ねて、結果として半年と持たずに寝込む事になった。


 陛下に具申し、自分の継承順位を下げるように願い出るも、なんら不足するところはない、無理が祟ってしまっただけだと、視察を名目に保養地での短期の療養に送り出された。


 「もう、身体は問題無いのだ。ゆるりと休んで、戻ってこい。その頃には王立の学園に入学することになる。婚約者も選定しておく」


 その言葉が、私には足枷のようにこの身を鈍重なものへとしていた。



 保養地での療養で身体面の管理を任された医師は、有能で誠実な男だった。彼の補佐として甲斐甲斐しく私を世話してくれる、彼の娘に、私は心を奪われてしまっていた。


 ルフィアローゼ、この国では月の神ルフィアの名を娘につけることは珍しくない。ありふれた名の娘は、素朴で純真な、ごく普通な町娘の少女だった。


 弱りきった体と心を、愛らしい少女が微笑みを浮かべ、時に心配から瞳を潤ませて、懸命に看護してくれる。そんな状況に絆されて、勝手に恋心と勘違いしているだけだと、相手にとっても迷惑きわまりなく、そして、気持の悪いものに違いないと蓋をする。

 蓋をして封じた筈が、その内で熟成された感情は生き場を失うと共に膨れ上がってしまった。


 切望するように、一縷の可能性に賭けて、彼女も私を好いてくれていると妄想しては、気持ち悪さに吐きそうになる。そうして顔色悪く伏せっていると、真面目な彼女は心配して世話を焼いてくれるのだ。


 嬉しさと恥ずかしさと遣る瀬無さにのたうち、いっそ、彼女の生家の側で、只の男として生まれたかったと嘆く。


 相応の能力も持ち合わせず、分不相応に王統の嫡男に生まれ、それに嘆いている無能が、愛しき人のそばを願って、さりとて、もし只の男に生まれていたなら、私は彼女を見上げるばかりで、近付くことも出来なかったろうと、自身の不甲斐なさに拍車をかけて、絶望する。


 そんな日々では、良くなるものも良くはならない。

 彼女の父に迷惑をかけてはならないと、復調のために努力すると決め、そして、それが彼女との別れを早めるのだと、いっそこのまま伏せっていたいと考えて、何と愚かなと泣き咽ぶ。


 その言葉は、決して伝えるつもりの無かったものだ。

 そして、決して伝えてはいけない言葉だった。


 「貴女の手をとって、市井で暮らせるだけの力すら、私にはない。王など望むべくもないのです。情けない男だ」


 なぜ、そのような言葉が口をついたのか、呆気にとられていた彼女に、どう誤魔化すか逡巡して堂々巡る私の思考に、言葉が落ちてきた。


 「お辛い立場の中、お優しい殿下ではその御心が苦しいのだと思います。無理をなさらず、どうか、殿下の想いを大切になさってください」


 私の手を、両手で包んで彼女は苦しそうに告げた。


 「私の想いは、生涯、この心の中に閉じ込めておくべきと思っておりました。ただ、一度だけの我儘でございます。私も殿下を慕っております。殿下の御心がほんの少しでも私に向いていることを知れ、嬉しゅうございます」


 私たちは見つめ合い、しかし、それ以上は語らなかった、語ってはいけない、育ててはいけないとお互いが思ったゆえと思う。

 だが、私たちはほんの少しの無上の喜びを得た代償に、身を焼かれるような苦しみに苛まれることになったのだ。



 それから暫くして、彼女は、ルフィアローゼは拐かされ、無残に殺された。



 彼女を殺した者を赦さない、どんな手段を持ってしても、責め苦の果てに殺してやる、そう思ったものの、犯人とされた者達はあっさりと捕縛され、そして即日で縛り首となった。ろくな裁きも経ずにだ。

 

 療養の終わりを告げる使者として、そして、私を王都に連れ帰る監視役として、弟が保養地へと、大群を引き連れやって来た。そこで、愚かな私はやっと気付いたのだ。ルフィアローゼの死は王家の、父上とこの弟によるものだと言うことに。


 「何と申し上げてよいものか。兄上を献身的に支えてくださった医師殿の御息女が……儚くも天に召されてしまいになられ、兄上も、医師殿も暗澹たるお気持ちだと、言葉にするのも憚られますが。……この地での療養はもう難しいでしょうし、報告では、かなり回復されたご様子、王都に戻り、立太子を目指すべく、また励んでください、兄上」


 兄を思い遣る弟の姿に偽りなど無かった。その表情、仕草、言動のほんの僅かな一つとってしても、一部の隙も無かった。それが反対に酷く滑稽だった。


 「私の一言は、あの実直な男から娘を奪い、前途が明るかった才媛を惨たらしく殺したのだな」


 言葉を飾ることはしなかった。事実に虚実をまぜ、相手を陽動するための皮肉すら、不敬だと思えてならなかった。


 「すべて、私の罪だ。王はお前がなればいい。私は気が触れたとして縛り首にでもしてくれ」


 贖罪になろう筈もない自己満足と、ただの逃避。そんなことしか出来ない自分が憎らしく、そして、この上なく情けなかった。


 「お疲れのようだ。身近な人間をあのように亡くされたのです。少々、心が乱れるのも致し方ありませんでしょう。学園への入学はまだ少し先ですし、婚約者との顔合わせもあります。王統を継ぐものとして、ゆっくりと体と心を慣らしてください」


 慇懃に告げる弟の真意が見えず、実の弟だと言うのにその不気味さに私は怖じけるだけだった。


 それからは、殊更愚かに振る舞った。父上と弟が、なぜ、執拗に私を次期国王に据えたがるのかを理解できず、それゆえに意趣返しにもなっていないと分かっていながらも、そうすることしかできなかった。

 王家の権威に僅かでも傷をつけられれば、復讐になると思った節もあったが、それが詮無いことなのも、重々承知していた。


 ザクスラント侯爵家の令嬢エリステレジア嬢には申し訳なかったが、死を望んでも受け入れてくれぬのなら、それを果たすための駒として、彼女には一方的に協力してもらうよりなかった。


 「こんな男だから、貴女を死なせたのだ」


 涙すら出ない瞳で、私は悲しみすらわからなくなっていた。



 道理を弁え、自身の目的のために都合の良い立場の令嬢を、また一人巻き込んだ。これで、私は死後も彼女の元には行けぬだろう。それでいい、永劫の責め苦の中で苦しむことが、きっと贖罪となる。


 そんな大層なことを考えながら、やっていることは児戯にも劣る始末ときて、私は一人、大声で笑った。企みは全て塞がれる。それでも、私の死という目標だけは何としても手にしてみせる。



 「なぜだ。なぜ、そこまで頑なに死を望む。王家を離れようとするのだ。継承は諦めようが、王家の者として、相応の位は与えるのだ。お前のためを思って」



 父上の言葉に今更ながら理解した。そうか、簡単な事だったのだ。


 傍らに控えた近衛の佩く刀を無言で奪う。よもや、王子がそのような暴挙をなすと思っていなかったであろう男は咄嗟の反応が遅れた。


 この男も道連れにした。そう心の中でまた墨をつけ、大上段に構え、玉座に向かい駆ける。


 背中に激痛が走る。これでいい、後ろを見やれば、刀を奪われた男が、予備の短刀を持っているのが僅かに見えた。


 「この男に温情を、私の死は毒を呷っての名誉のもの、決して謀りを阻まれたものではありません。彼の者の罪は初めから存在し得ませぬ」


 その言葉を言い終えられたろうか。

 私は……



 〜〜〜〜




 兄上の死に様は立派だった。



 兄上は私が物心ついた時には既に厭世的な人物だった。


 幼少より身体が弱かった事が災いして、自己肯定感の低さが、あらゆる事柄に悪い影響を与えていた。


 そんな兄上だったが、父上たる父王陛下にとっては唯一の息子だった。


 父上と妃殿下との成婚から、兄上が産まれるまでに10年がかかったという。周りからは王統の継続のため、公妾を迎えることも求められたものの、父上は第一子は妃殿下との間でなくてはと、譲らなかったそうだ。

 そのことは妃殿下にも大変な重責となり、兄上を授かり、出産したことを契機として父上に公妾を迎えるよう、妃殿下自らが強く要望したそうだ。


 そうして、私と妹の母は迎えられた。侯爵家出身の未亡人だった母は、公妾として迎えられて、すぐに私を身籠り、その2年後に妹を出産すると、御役御免とばかりに生家へと帰ったそうだ。

 母は王家から紋章入りの感状と、多額の報奨金を賜り、生家で恙無く暮らしているそうだが、妹は勿論、私も母との思い出など皆無だ。


 私と妹は公式には妃殿下の子供として扱われ、妃殿下は子供3人を分け隔てる事なく、平等に扱ってくれたが、父上は違っていた。


 父上にとっては子供は兄上、ただ一人だった。病弱だったことで、王宮でも私を次期国王とするべきとの話は多くあったのだが、父上は一切を聞き入れず、兄上に固執し続けた。


 

 保養地での療養が決まったとき、兄上の落胆は凄まじかった。父上に期待され、あからさまに贔屓されていることを自覚していたからこそ、兄上は王に相応しくあらねばならない、臣下に認められねばならないと自身を追い詰めていた。


 だからこそ、体質が改善されたことに喜び、過密な日程で、努力を重ねて、重ね過ぎて倒れてしまわれた。

 結局は自分は溺愛する父の期待に応えられず、不遇を強いている弟妹たちを助けることも出来ぬのだと、嘆いておられたのを覚えている。



 保養地での、たった一度の失言。


 周りに側仕えの者がいることを失念するほど、兄上は愚かではない。それでも、兄上はもう限界だったのだと思うのだ。


 私は兄上とかの娘とを逃がし、幸せになって貰おう、そんな事を考えてしまった。


 浅慮だったと言わざるを得ない。保養地の役人や、土地の人間と折衝し、彼女を捕らえた風を装い、その後に兄上と合流させ、国外に逃がそうとして。


 全てが父上の掌中だった。


 父上の手の者によって、協力者は全て捕らえられ、そして、彼女は惨たらしく殺された。


 「まさか、お前が目障りな女を排除する手助けをしてくれるとは、父として礼を言おう」


 そう、感情の読めない顔で言われた時、始めて父に対して殺意が湧いたのを覚えている。




 其れ程は広くない、しかし、限られた者のみが使用を許された謁見のための部屋に、私と父上、妃殿下と兄上のみが呼ばれていた。


 壁際の使用人と護衛を除けば、4人だけが集った場で、頭を垂れて父上の言葉を傾聴していた兄上は、突如として壁際の護衛に静かに歩み寄り、近衛の男の腰元に差さる剣の鞘に手をかけ、そのまま抜き取って剣を奪った。


 予想の範疇を大きく越えた出来事に、その場の誰もが時を止め、さしもの近衛もあまりの失態に、呆然と立ち尽くしていた。


 そのまま、上段に構えて玉座に向かった兄上に、慌てた男が予備の短刀で深く斬り込み過ぎたのは、咄嗟のことに頭が追い付いていなかったからだろう。


 兄上は男を庇って死んでいった。


 自分を溺愛した父上が、不名誉な死を喧伝出来ないこと、王家としても醜聞を広めるわけにいかないと理解してのことだろう。


 見事に兄上は自ら望んだ死を手にしたのだ。




 「それでも、私は兄上に生きていて欲しかった」



 自室でふと、口をついた言葉。


 兄上との思い出もろくにない。慕っていた訳でもないように思うが……


 涙を流すことなど、今生で無いと思って生きてきた。妃殿下は3人を平等に扱っていたが、それは線を引き、一歩引いた上でだった。

 自らの子供を贔屓しないかわりに、私たちにも距離を置いておられた。父上は初めから私と妹を無視していた。


 兄上だけが、私を弟として、家族として慈しんでくれていたと、そう思うと同時に、彼女の死によって、兄上は王家に与する全てを憎み、そして、己自身を赦す事なく逝かれたのだと思うと、ただ、遣る瀬無さだけが胸に残るのだった。









 

感想お待ちしておりますm(_ _)m

щ(゜д゜щ)カモーン

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