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ストーン令嬢

作者: 佐屋 理由
掲載日:2026/02/26

 前世でのことはあまり覚えていない。

 今世での最初の記憶は、生まれて来た私を一目見た誰かの叫び声。


 すぐに全身を布で包まれた私はあれよあれよと言う間に誰かの手から別の誰かの手に渡されて、いつの間にか薄暗い森の中に捨てられていた。


 ……せっかく生まれ変わったのに。

 周りが魔法がどうとか呪いがなんとか言ってたからここは話に聞く異世界で確定だと思う。

 見回した室内の調度品がとても高価そうだったので、これはお金持ちのお家だぞひゃっほう! と浮かれていたのも一瞬で。

 気付けば生後数時間で宿なし生活に突入していた。

 もはやため息をつくしかない。


 でもね。

 正直、仕方ないかもとも思う。

 なんなら庭の隅に埋められなかっただけマシかもしれない。


 だって、生まれてきたのがこんなただの大きめの石ころだ、なんて。魔法や呪いが身近な世界じゃそれこそ呪物と思われてしまってもしょうがないじゃないか。


 私は私の体を見下ろしてため息をついた。

 色は白。自分の感覚ではおそらく形は長方体で、置けばきちんと自立できるのは有難い。

 表面はつるんとしてて人間らしい器官は何もないけれど、どういう仕組みか目も耳も機能する。口は、なんというか変な感じで、私が思う所に自在に出現出来るっぽい。

 私をただの石だと思って登って来る生き物たちをぱくっと捕食することが可能。特別にお腹が空いたという感覚はないのだけど、なんとなく、口の届く範囲に何かが近づいたら食べたいと本能が動いてしまう。


 とまあそんな感じで、水は雨が飲めるしわずかな栄養補給でもしんどくないし、今世はこのままここで石として石世を終えるのかなって覚悟を決めました。もっともちゃんと死ぬのかはわからないけど。


 開き直れば森の暮らしは案外悪くなかった。

 初めて見る植物や動く生き物たちをぼんやりと観察するだけでそれなりに暇つぶしになる。

 降る雨は温かいし風は心地いい。稀に落ちて来る木漏れ日の美しさにうっとりする。そんな毎日。


 気分のいい時には適当な歌など歌ってみた。前世の記憶なのかたった今自分で作詞作曲したのかはわからない。でもいいんだ、そんなの気にする相手はここにいない。


 そんな風にのんびり過ごしていたある日のことだった。

 森の草木をかき分けて、一人のおじさんが恐る恐るこちらに近づいて来た。


 わあ、この場で出会う初人間だ! とりあえず挨拶をしてみる。


「こんにちは! 私は石です! 貴方はどちら様?」

「うお! 会話も出来るのか……」


 そう言いながらおじさんは手にしていた鉈を前に構えた。


「俺は、この森の管理人だ。お前は……化け物か?」

「初めまして管理人さん。私は化け物ではありません、ただの知覚と意志のある石ころです、恐れないで大丈夫ですよ」


 我ながらちょっと怪しいかなと心で苦笑いする。

 中腰だったおじさんは、ゆっくり背筋を伸ばした。


「森の中から妙な歌声が聞こえたんでな。悪いモンでも住み着いたのかと思って確かめに来たんだが……」

「なるほど。私の美声に引き寄せられたという訳ですね」

「さすがにそういう類の魔物じゃないよな? だったらもっとこう、うっとりするようなもんだろうし。お前さんの歌は普通過ぎだ」

「ふつう」

「曲は異国の曲か? どうも趣味に合わん感じだったし……」

「おじさんの趣味」

「とにかくな。何か狙いがあってここにいるんでないのなら、悪いが出て行ってくれんか。近くの村の連中が怖がって森に入れんって言うんだよ」


 自分の歌への評価に多少がっかりしながら、私は私的イメージでは肩を落としながら首を振った。


「ごめんなさい。ご覧の通り、私には自力でここから移動する方法がないのです」

「じゃあどうやってここまで来た。まさかこの場に生えて来たとか言わんよな?」

「……そこは内緒です」


 私の体感で徒歩と馬でこれこれの時間内に住むお金持ちに捨てられました、などと言ったらすぐに遺棄者が特定されてしまいそうじゃないか。かわいそうな実家に迷惑をかけたくない。


 おじさんはうーん、と唸って腕を組む。


「なら俺がどこかへ捨てに行ったら、呪われるか」

「いえ、そんな力はありません。本当に無害なただの石なんですってば」

「うーん。でも気持ち悪いから触りたくないなあ」


 失礼なおじさんだよ。


「だったら人を雇ってやってもらえばいいんじゃないですか」

「やってくれるかなあ。大金出さないと引き受けないとか言われそうだぞ。そして俺にそんな金はない」

「なんでですか! ただちょっとしゃべるだけの大きい石ころを移動させるだけですよ?」

「言っとくけどお前、自分で思ってるより相当気持ち悪いぞ?」


 ひどいことを言われた。

 なんで。色白だし表面なんかつるつるして人の手で触ったらきっと気持ちよさそうなのに。

 あ、後頭部辺りに芋虫の気配。捕食。ごくん。ごちそうさま。


「……俺は、絶対に触らない」


 おじさんは何かの決意を固めてしまったようだ。


「わかった。とにかく一度村の連中と相談してくる。お前は出来るだけ歌わないでいてもらえるか」

「……約束できません」


 だってここにはおしゃべりする相手もいないし、たまに天気がよくていい匂いがして気持ちいい風が吹いたりしたらそりゃ歌の一つや二つ出ちゃうよね?


 お前さ、とおじさんは呆れたように言った。


「ほんっとーは、歌で人間の気持ちを腐らせる系の魔物なんじゃないのか?」

「違いますってば! 私は悪い物ではありません!」

「どうだかなあ。……ああ、でも、自分でそう言い切れるなら、逆にいい物だってことはないのか? その歌を我慢して最後まで聴いたら恩恵を受けるみたいな……」

「なんですか人の歌を苦行みたいに!」


 ぷんぷん怒るよ!


「いやほんとに。お前が呪いじゃなく招福系なら捨てに行く必要もないよな。……そうだな、何か一つ、俺を祝ってみてくれないか」


 おじさんは名案だという顔をする。

 いや突然そんなことを言われても。

 でも断る理由もないのでとりあえずありきたりなことを言ってみた。


「……おじさんに、幸せが訪れますように?」

「いやいくらなんでもお前さんにそこまでの力は求めんよ。もっと狭い範囲でいいぞ」

「じゃあ、おじさんに大金が舞い込みますように」

「うーん。もうひと声!」

「ならここから西の方角へずんずん歩いて行ったらきっとよい出会いがあるでしょう!」


 口から出まかせを言ってやった。そもそも西がどっちかもわからないし。

 それでもおじさんは、よし、と言って満足気に手を叩いた。


「とりあえず、結果待ちだな。効果があってもなくても報告に来るわ。ない時は村の連中連れて来るから引越しの心構えをしておけよ」


 そう言っておじさんは鉈を振って去って行く。

 効果はないと思うけどね……


 私はおじさんの背に頭に思い浮かんだ別れの歌を捧げるのだった。




 数日後。

 おじさんと村の人たちがこの場所を訪れた。


 この森ともついにお別れかあ、と私がしみじみしていると。


「石! お前は招福石だ!」

「はい?」


 よく見ると、おじさんは数日前とは違ったものすごく晴れ晴れとした顔をしていた。


 話を聞いてみれば。

 なんとおじさんは私のお告げのおかげで幸運に見舞われたと言う。

 あの日、おじさんは私に言われた通り西に歩いて行った。そして森を出た所で野犬に襲われそうになっている貴族様に出くわしたそうだ。貴族様の馬車は車輪が壊れてしまい、修理の間、外で休息を取っていた。そこを野良犬に囲まれたらしい。おじさんは獣よけの薬を持ち歩いているのでそれを撒き、犬たちを撃退してあげた。

 貴族様には大変感謝され、その場でびっくりするほどの謝礼金を頂いたのだそうだ。


「ということでお前を村で祀ることにした! どっちにしろ引越しとなったが、まあ勘弁しろ」

「ええ⁉」


 私は村の男たちによってよいしょと輿に乗せられ、そのまま森を出ていくことになる。

 なんだかよくわからないけど抗う術も気持ちもないのでまあいいかな。と思う。

 さらば森。私を置いてくれてありがとう。


 しばらく行った辺りで集落が現れた。

 そこは小さな家々がぎゅっと並んだこじんまりした村だった。のどかな感じだなあ。


「今日からあそこがお前の住まいだ」


 そう言って示されたのは。

 井戸の隣に設置された木製の真新しい小さな祠だった。


 少し感動する。この世界に生まれて初めて手にする自分の家である。屋根付き。……屋根?


「あの、お願いがあります! 祀るってことはお供え物をしてくれますよね? そしたら水分はなるべく直接私にかけるようにしてもらっていいでしょうか!」


 雨がかからないのでは干からびてしまう。


「お、おう。……そうか、お前、水も飲むんだな」

「はい。そして贅沢は言いませんが、食べ物を備えるなら頭に乗せて貰うと助かります」

「わかった。村中に広めておこう」


 やった。これで食住を手に入れた。


 そのようにして私の第二の石生が始まったのである。


 この村の人たちは老人や子供も皆忙しいらしく私が構われることはあまりない。それでも森暮らしよりはずっと賑やかになった。

 毎朝花を供えておはようと挨拶してくれる子供たち。

 当番制にでもなっているのか、代わる代わる私の頭に何かしらの食べ物を乗せていってくれる村人たち。別に食料は虫とか小動物とかの死骸でもいいんだけど、せっかくなので黙っておく。

 私が気持ちよく歌っていると、目の前を通る人たちが少しだけ一緒にメロディを追ってくれたりする。


 おしゃべりは、主に願い事の聞き取りだった。


「あの人の気持ちをどうしても私に向けたいのよ!」

「押して駄目なら引いてみたらどうでしょう」


 ぶっちゃけただのお悩み相談である。さらに言えば私は生活に役立つような知識も持たない。持ってればもう少し重宝されたかもしれないけどそうではないので、せめて出来ることをしていこうと思う。


 しかし。

 そうやって、愉快ではないが、穏やかな日々が始まった……と思えたのはほんの短い間だった。


 ある朝、私は唐突に祠ごと道端に蹴り飛ばされた。

 気付けば管理人さんを筆頭にした村の人たちに取り囲まれている。


「何が招福石だ……!」


 管理人さんは怒りの形相だった。


 曰く。

 あの日管理人さんが貴族様の為に追い払った犬たちは実は野良犬ではなくて、森の向こう側の領主様が放し飼いにしている飼い犬だということがわかったのだ。

 獣よけの薬剤でしょんぼりして帰って来たペットたちを見た森の向こうの領主様はおおいにお怒りになった。なので執念でその原因を突き止めてしまう。そうして管理人さんの善行は領主様の飼い犬に危害を加えた蛮行に塗り替えられ、管理人さんは領主様から罰を与えられた。

 提示された処罰は鞭打ち。これを免れる方法はただ一つ。多大な罰則金を支払うこと。

 身体の丈夫さには多少の自信はある管理人さんだったけれど、鞭打ち刑が死罪にも準じる苛烈なものだと知っていた。なので管理人さんは貴族様からの謝礼金とさらにわずかな自分の貯えも足して、それでも足らないので村の人たちからも借金をしてどうにか罰金を工面し、領主様に差し出すはめになってしまったのだそうだ。


「お前は疫病神だ」


 ガキン!

 管理人さんが私の体に振り下ろした斧が音を立てた。

 だが、私の表面は全くの無傷である。


「堅いな。どうする。川に捨てるか」

「川じゃ流れないだろう。いつまでも川底で歌われたらたまらんぞ」

「燃えもしないだろうしなあ……」


 村の人たちは私に対する残酷な処遇を話し合っている。

 花をくれた子供もご飯をくれた奥さんも歌をハモってくれたお兄さんも反対はしない。

 仕方ないよね、私、何の有難みもないただの石だもんね!


 でも言っておきたいが私は自分から騙しに行った訳じゃない。最初から何も力はないって言ってたし!


 そうこうしている内に、いつの間にか村人の間で私は招福石から『禍々しい何か』へ変化を遂げてしまったらしい。皆、自分にだけは被害が及ばないようにと押し付け合いが始まってしまう。

 さて、私の身柄はどうなってしまうのでしょう。


「なあ! 困ってるなら俺が捨ててきてやろうか?」


 そこで。

 村人の輪の後ろから声をかけたのは、見知らぬ若い旅人だった。

 その人はぐるりと村人を見回す。


「片道分の送料さえ貰えば遠くの海にでも放り投げてくるよ」

「金を取るのか⁉」

「それくらい困ってるのかと思ったけど……違うならいいわ。こっちも余計な荷物増やしたくないし」


 差し出した手をあっさり引っ込める旅人の言葉に村の人たちは顔を見合わせ合う。


 結局。

 話し合いの末、村人全員がほんのちょっとずつ出したお金を受け取って、旅人は仕事を引き受けることになった。

 私の体はその場で旅人に譲渡される。いやもともと村の所有物でもないんだけど。


 そうしてすっかり私に興味を失った村人たちが立ち去った後、私と旅人は道端で二人きりになった。旅人が背負っていたリュックに私を詰めようとしてきたので、私は少し慌てた。


「あのう、蓋は閉めないで貰えますか。体の上の方は外に出しておいて下さい、景色を見ていたいので」

「ああ? 俺がその頼みを聞いてやる理由はあんのか」

「でないと私、中でずっと歌います。何曲も歌って、貴方が嫌いそうだなと思う曲の傾向を把握して、そちらをしつこく責めるように歌い続けます!」

「……わかった。蓋は閉めない」

「ありがとうございます!」


 交渉は成立した。これで生まれて初めて旅の景色が見られることになった。ひゃっほうな気持ちである。

 そんな私を入れた袋を背負おうとした旅人が、ちょっとぐらついた。私は慌てて言う。


「ごめんなさい、重いですよね」


 最近食べ過ぎてたしな。


「いや。想定より軽かったんで勢いが余っただけだ」

「そうなんですね」


 ああ、よかった、ホッとした。

 これから当分背負ってもらう訳だし、無理をされても困る。

 こうして密着してみると、旅人さんの体は見た目よりしっかり筋肉がついていた。


 それにしても、遠くの海かあ。

 森の期間が長かったから、なんだか無駄に憧れが膨らんでしまう。

 前世でも海中生活はしたことなかった筈。森があんなに美しかったから、こちらの海もきっと綺麗だ。

 私の第三の石生はどんな感じになるんだろう……?




 と、思ったら。


「今日からお前は俺と手を組んで商売をしてもらう」


 村を出て、次の宿場の宿の一室で。

 旅人さんは突然こんなことを言い出した。


「俺の名前はファイだ。生業は端的に言えば、限りなく詐欺師に近いなんでも屋だ」


 そうか。自分で詐欺師って言っちゃうんだな。

 正直と言えば正直だし、詐欺師なんだからまあ嘘つきでもあるんだろう。


 私は改めて旅人さんを眺めてみた。明るい茶髪に水色の目のさっぱりした風貌の若者だ。イケメンかそうでないかで言えばイケメンの部類である。しゃべらなければ好青年風。こういうタイプに人は騙されやすいのかもしれない。


「しっかしあの村の連中も馬鹿だよなー。しゃべる石だぜ? こんな珍しいモン金儲けに使わないでどうするよ。そういうこと思いつかなねえから貧乏なんだよああいう奴ら」


 買ってきたお酒を飲みながら、ファイさんはへらへらと話す。

 ……うん。しゃべらない方がいいタイプ。


「言っておきますが私はただの石ですよ。呪いも招福もできません。しゃべって歌うだけの普通の石でどうやってお金が稼げるんです?」


 村でのことを思い浮かべる。勝手に期待されて勝手に失望されるのは一度きりで充分だ。


「そこは俺の知恵次第だ。……そうだな。うってつけの話がある。お前、勇者トッタは知ってるだろ?」


 当然のように聞かれたけど、知らないので知りませんと答えておく。そう言えば私、この世界のことほんとに何も知らないんだよな。あの村の人間関係ならかなり詳しくなったけど。

 ファイさんはこちらの無知を気にしたふうはなく、説明してくれる。


「勇者トッタはな、五百年前、世界を征服しようとした魔王を仲間たちと共に退治した英雄だ。トッタたちの力で、魔王は石に封印されたんだ」

「石に」


 少し嫌な予感がした。


「封印された魔王は神殿関係者が厳重に保管していると言うが、正確な場所は秘されている。バカが悪用しようと持ち出したら困るからだろう。それはつまり、本物がどこにあるのか、世間の連中は誰も知らないってことだ」


 うわあ、と思う。恐る恐る聞いてみた。


「あのう。それは、もしや私に……」

「そうだ! お前はその魔王の石になるんだ!」


 高らかに宣言されてしまった。

 えー。嫌だなあ。


「魔王のふりをしろって言うんですね? でも私演技力皆無ですよ」

「その辺はこっちがうまくやる、お前はあーうー唸っていりゃいい」

「でも、じゃあ、私が魔王ならファイさんの役割は?」

「俺か。俺はそうだな……新たな勇者を探す聖職者とでもしておくか。再出現しそうな魔王を背負って世界を周り、これを壊すか再び封印してくれる者を求めているんだ」

「それでどうやってお金儲けを……」

「そりゃ、新たな勇者なんて見つかる筈がないんだし? 俺が次の旅に向かう為には寄付金が必要だろー。『ここに勇者がいると聞いて来たのに!』とか言いながら倒れてみせりゃいいかな」


 軽く言ってのけるファイさんに私は引いてしまう。

 いくらなんでもそんなのうまくいく筈ないよねー。

 そうは思うけど、でも、まあ、どうせやることもないし。この人が諦めるまでつきあってみるか。


 こうして私の第三の石生は詐欺師の相方と決まったのである。




「オノレニックキ人間ドモメ、ココカラ出セー!」

「ああ! このままでは封印が解けてしまう! 勇者! 勇者はどこにおられますか! 勇者でなくても我こそはという方、どうかこの石を破壊して下さい!」


 立ち寄った町で。

 ファイさんの呼びかけで集まった人たちが私たちを取り囲んでいた。

 生憎と言うか幸いと言うか我が勇者だと名乗り出る者はなく、代わりにそれぞれ武器を持った人たちが私の前に列を成す。


 ドカン! 大槌が振り下ろされる。


「フハハ! コンナモノカ! 痛クモ痒クモナイワ!」


 ガキン! 斧が当たる。


「ソレハ無駄ダト既ニ知ッテイル!」


 キン、カン!


「あ、折れた刃飛びましたね、大丈夫ですか?」


 剣の先が飛んでいき、見守る人々の手前で落ちる。

 あー良かった。誰にも当たらなかったみたい。


 結局町の人たちは私を壊すことは出来なかった。さすが魔王の石だとか褒められたけど複雑な気持ちである。


 そんな感じで二日ほど滞在した後、ファイさんは、


「なんてことだ……! ここに勇者はいなかったか……! ここだと聞いてはるばる遠くからやって来たというのに……!」


 と失意の聖者を演じて見せた。

 その後は人々をうまく誘導して、勇者探しの旅を続ける為の路銀を町中の人から集めてしまう。

 するっとお金を出させる流れが感心するくらい鮮やかだ。悪事ですけどね!


 町を離れて次の宿場の宿でお金を数えたファイさんはちょっと手が震えてた。


「おいおいマジかよ……一度でこんなに稼いだのは初めてだぜ……」


 テーブルの上には硬貨が積み重ねられている。 

 うん、この感じだとこちらに分け前はなさそうだな。別にいいけど。

 それよりどれくらい儲けたんだろう。

 あの町は町長派と神殿派が対立しているらしくて、ファイさんの口車に乗せられてお互い競い合うように寄付金を上乗せしていってくれたから、町の人の分と合わせたら結構な額になった筈だ。


「そのお金持ち歩くんですか? 私も背負ってるしちょっと重そうですよね」

「そうだな。まずは近くの大き目の町で金貨に両替しよう。すぐに使う小銭は残しておかなきゃだけどな」

「へえ。持ち歩くんですね。そういうのって一度アジトに帰って隠しておくものかと思ってました」

「バッカお前、そんなの俺が旅先で何かあったら他の奴が持ってっちまうだろうが!」


 そうか、大金を持ち歩く危なさより、知らない所で自分のお金が奪われる方が嫌なんだな。


 とにかくそういう訳で、私たちは稼いだ町から少し離れた大きな町に行ってお金を両替した。

 ファイさん曰く、本当はここでも仕事をしようか考えていたのだけど、少し距離と時間を空けた方がいいだろうと判断して止めにしたらしい。そう出来るだけの稼ぎもあったしね。


「しばらくここでぶらぶらしてから次の仕事場に向かうぞ」

「はい! ……ぐ」


 パン屑で集めた鳥を掴んでいきなり私の顔に押し付けてくるのは止めてもらいたい。……頂くけど。


 それから私たちは街中を観光した。森と小さな村と町しか見たことがない私には、ここは異世界の大都会に見えた。でもファイさんが言うには本物の都会というのはこの規模の町が一日では歩き終わらないくらいに続いているのだそうだ。こちらの世界も結構栄えているんだな。


「お前、なんか見ておきたい物とかあるか」

「うーん。あ! 本屋ってありますか? 魔王についてもっとよく知っておきたいんです」


 どうせ演じるなら設定は知っておいた方がいいだろう。幸い前回は疑われなかったけど、今後質問とかされたら怖いしね。


「本か……いいけど、お前、字、読めるのか?」

「!」


 盲点だった。普通に最初からしゃべれているから文字も読めるかと思ったんだけど……


 慌てて町中を見回す。

 店に掲げられた看板の文字を見る。

 ……読めない!


 黙ってしまった私の頭をファイさんは笑いながらぽんぽんと叩いた。


「わかったわかった。じゃあ俺が字を教えてやるよ」

「いいのですか!」

「おう、どうせ時間はあるからな」


 ああ。ありがたい。

 別にこの石世で文字は必要ないかもしれない。でも一度気付いてしまったら文字を知らないというのは街中で裸でいるような心細さを感じてしまったのだ。


 それから私たちは何故か本屋ではなく町の神殿に向かった。そこではお子様向けに宗教の基本を教える為の冊子が無料配布されているのだそうだ。


「まずはこいつで文字を覚えて、魔王に詳しくなるのはそれからだな」

「はい!」


 私はなんだかわくわくしていた。こんな私でも身に付けられる物あるという事実がとても嬉しい。


 それから日が傾くまで町をひやかし、満足した私たちが宿に向かっている時だった。

 表通りを外れた小道に入ったところで。

 突然、ガラの悪いお兄さんたちがわらわらと現れる。


「随分と景気が良さそうだな、にーちゃんよ」

「通行料でも勉強料でもいいから有り金全部置いてけや」


 にやにや笑い。ああ、これはこちらに金があるとバレている。両替商に入った所からチェックされてたのかもしれない。もしや前の町から尾行られてたとか?


 同じように思ったのだろう、ファイさんも得意の口車も持ち出さず黙って一歩下がる。そこで私は囁いた。


「こいつらに私を渡して逃げて」


 でも、とファイさんの反論がある。私は素早く首を振った。(イメージです)


「どっちにしろ私を抱えてじゃ逃げ切れないでしょ」

「……!」


 一度目を見開いたファイさんは覚悟を決めた顔になる。そして私の入ったリュックをそっと地面に下ろした。そのまますぐに駆け出していく音がする。


 ガラの悪いお兄さんたちはファイさんを追わず、大喜びでこっちに歩いて来た。


「すげー重そうだな」 

「金庫でも持ち歩いてんのかー?」


 そう言って袋を開いたお兄さんたちは、すぐさまそれをひっくりかえして私を道に放り出した。

 ごろん、と堅い音が響く。続いてガシガシと足で蹴られた。


「……こりゃ箱じゃねえぞ。ただの石だ」

「なら財布とかあるだろうが」


 皆さんしゃがみ込んでがさがさやり始める。残念。ファイさんはお金は体に巻き付ける派だ。


「他はしょぼい旅道具だけか」

「ってことはつまりこの石がお宝? 大金でこいつを買ったのか?」

「いや、あいつ、町に入った時からこんなの背負ってたぞ」


 お兄さんたちは、頭を突き合わせてうーん、と唸り合った後。


「! クソ、やられた!」

「追うぞ!」

「あのガキ殺す!」


 そう言って、私を置いて走り出してしまう。

 ファイさん。どうか無事に逃げ切って!


 そして道端に取り残された私はどうしよう。

 こんな細道じゃ馬車は通らないにしても通行の邪魔だよなー。誰かに頼んで隅に移動してもらうかな?


 などと思っていたら、人に頼むでもなく通りかかったおじさんが足で私を建物の方まで寄せてくれた。

 これが前世だったら漬物石にでもしようと持ち帰る人もいたかもしれないけど、こちらにはそういう需要もないようだ。私はただの邪魔な石として放置される。


 たまに通りかかる人たちはほとんど私に気付かない。ごく稀に見つけた人も少しだけ眉を寄せてそのまま通り過ぎてしまう。リュックと旅道具は誰かに拾われていった。


 その内に空が暗くなっていく。街灯なんかない通りはすぐに闇に包まれた。


 あーあ。これからどうしようかな。

 誰かに話しかけて自分を売り込むか。ドアストッパーにお勧めですよとか、まな板代わりにどうぞとか?

 寂しい誰かの話相手というのは難しいかな。会話はそんなに得意じゃないしね。ならオルゴール役というのは……うん、それも厳しそうだ。


 でも正直、ここでぼーっと通りを見ているだけというのも悪くない。飽きるまでこうしているかな。この場所はちょっと不衛生なのが気になるけど、それでも落ち着いてしまえば多少は居心地よくなるかもしれない。


 そんな風に私が腹をくくった頃。

 ふいに、小さなランプの明かりが目の前に現れた。


「石! 無事か!」


 頭からフードを被った相手に小声で話しかけられる。この声は。


「ファイさん⁉ なんで……」

「なんでじゃないだろ。お前がいなきゃ商売出来ねーし」

「ファイさんなら一人でなんとでもなるでしょうに」


 そこでハッとした私は辺りをきょろきょろ見回した。


「それより早く逃げて! まだあの人たちが見張ってるかもしれない」


 慌てる私を、ファイさんは強引に自分の服の中に取り込んでしまう。


「ごちゃごちゃうるせえ。……いいから行くぞ、相棒」

「!」


 思わず息を飲んだ。

 ……そうか。私、この人の相棒なんだ。


 ファイさんの体温に包まれて。

 この時少しだけ胸にじわりと溢れた何かを私は丁寧にしまい込む。

 そして精一杯明るく答えてみせた。


「はい! 棒ではなく石ですが!」




 こうして私は再びファイさんと旅をすることになった。


 それからの私たちはあちこちの土地で稼ぎまくった。

 私の演技力は増していくし、ファイさんのお金を引き出す手口もこなれていく。

 ファイさんの持ち金はそろそろ金貨は重過ぎるので宝石に交換する状況になっていた。

「お前が人型なら指輪くらい買ってやったんだけどな」

 とか言われたけど別に要りませんーぶー。


 でも……そうやって仕事を重ねていく内に。なんとなく、私たちに『玄人感』が出てしまったのかもしれない。

 詐欺師とまでは看破されなくても、一種の興行のように捉えて素通りしていく人が増えてしまったのだ。

 この状況にファイさんは頭を抱えた。


「こいつはよくない流れだぞ。なんとか次の手を考えねえと……」

「ここはもういっそ魔王設定は捨てて歌う石の興行にしますか? それだけでも充分珍しいだろうし」

「それでどんだけ稼げるってんだよ」


 そりゃまあ人が金銭を払いたくなるような歌唱力はないけれど……


 そこでファイさんが、ふと思いついた顔をした。

 そして私を新リュック、もとい、魔王の力を押さえる魔術っぽい柄が描かれた袋に詰め込むと宿屋を後にする。


 到着したのは何かの看板を出している建物だった。


「ここは?」

「工房だよ」


 言いながらファイさんが入っていく。作業場らしき屋内にはあちこちに石材が転がっていた。

 ファイさんはその場にいた職人さんに声をかけ、紙を用意させるとそこに何やらさらさらと書き込んだ。


「とまあ、こんな感じの物を彫って貰いたい」

「石ごと持ち込みとは珍しいな」


 ん? 持ち込み? ……って私か⁉


「ちょ、ちょっとファイさん、私に何させようとしてるんですか⁉」

「だからさ。お前がその見た目だから危機感つうか説得力がない訳よ。ここはちょっとお前の顔に細工して、こー、封印が解けかけた石の割れ目から、魔王の顔が少しだけ覗いてる、みたいにすればいいかなって」

「私に魔王を彫ろうとしてるんですか⁉ 絶対にお断りです!」

「そんなこと言うなよ石~。俺たちの商売の為だろ~?」


 甘えた声を出したって駄目なものは駄目です!

 無理矢理彫ろうとしたって私の体は簡単に自由にはなりませんから!


 私がぷりぷり怒っていると、突然石がしゃべったという驚きから立ち上がった職人さんが間に入って来た。


「ええと……お前さん。石? 魔王を彫られるのが嫌なのか」

「当たり前じゃないですか!」

「それは魔王だから嫌なのか? それとも他の形ならいい? 例えば女神像とか」


 言われて私は、はたと考えた。


「女神でも……嫌です。そうですね、多分私は……自分でない物の役目を勝手に背負わされてしまうのが嫌なんだと思います」


 何故だろう。どうも私は根源的な感覚として、自分が自分以外の何かにされてしまうということに心からの恐怖を覚えるらしい。

 それは一度人間から石にされてしまったので「もうこれ以上嫌だ」という気持ちなのかもしれないし、そうではなく、もしかしたら人間であった頃から、役を押し付けられるということに対して自分の中の何かが崩壊してしまうほどの恐れを抱いていたのかもしれない。


 とにかく私の説明が下手なのか、伝わっていても理解されない感覚なのか、いくら話してもファイさんは不満しかない顔をする。


 なんとかこちらを言いくるめようとしたファイさんを職人さんが目で制した。代わりに前に出る。


「そうだな。絶対に譲れねえってもんは誰にだってある。そいつを侵すのは外道の仕業だ。ましてやテメエの都合の為にじゃな」


 ファイさんの方を見て苦笑い。それからこちらを向く。


「だったらよ。お前さん、帽子を被るってのは嫌かい」

「? それは嫌じゃないです」

「じゃあ、そいつの逆手順だと思ってみたらどうだ」


 そう言って職人さんは少し奥に引っ込むと、どこかから引っ張り出して来た白い塊をどんと私たちの前に置いた。


「こいつは水で簡単に落とせる粘土だ。まずお前さんに顔を彫る。だが仕事時間が終わる度に、これでしっかり元通りの形に戻すって決めておいたらどうだ」


 その状況をちょっと想像してみる。

 ……うん? それなら抵抗感が少ないかな?


 私はちらりとファイさんを見た。すると気配を察したのかファイさんはぶんぶん頷く。


「わかった! 俺がちゃんと戻す、忘れない!」

「本当ですね? 面倒臭くなって止めてしまったら私も仕事放棄しますよ」


 こうして私たちは約束を交わした。

 ほんとはとても嫌だけどね。でも職人さんの言う通り、魔王の顔を晒してる時間を被り物を被ってると思い込めばまだ怖さに耐えられる。


 魔王の顔を受け入れる為に私は職人さんに預けられた。

 職人さんはファイさんにしっかりと「説得代と口止め料と粘土代」を上乗せした代金を前払いさせた。ファイさんが唸っていたので相当ぼったくられたのだろう。


 これまでどんな力も弾いてきた私の肌だけど、私自身が許可をした途端、職人さんのノミがするすると中に入っていく。


 翌日、ファイさんが私を迎えに来た。

 魔王を彫られた私の姿を見て、ファイさんは一瞬言葉を失くす。


「いい出来だろ? ああそうだ、お前さんも見るか」


 そう言って職人さんは私の前に鏡を持ってきてくれた。


「これが……私?」


 想像していたものとは全く違う姿がそこにあった。


 石の表面の右上半分が割れて剥がれ落ちたようになっている。その中から覗くのは。薄目を開けた、ぞっとするような美女の顔だった。


「魔王って女の人だったんですか……」

「ああ、知らなかったのか。その美しさで敵を篭絡しまくってたらしいぞ」


 篭絡……これまでの私の演技とかけ離れている。そうならそうと早く言って欲しかった。

 するとファイさんはふふんと笑う。


「なんだ? これなら元に戻さなくてもいいってか?」

「これはこれで負担ですよ! ちゃんと粘土は使って下さいよね」

「あーもったいねえ。せっかく美人になったのに」


 ファイさんは面倒臭そうに肩を竦めた。

 まったく。隙あらばいいように持って行こうとするんだから。

 ほんとに困った相方だよ!




 それから私たちは工房とは離れた町で仕事を始めた。


「人間どもよ、恐れ慄け! この忌々しい封印もあと少しで完全に崩壊する! その時こそ貴様らに目にものを見せてくれようぞ!」

「ああ! 勇者! この町に勇者はいませんか! もしかして自覚はなくとも貴方が勇者の生まれ変わりかもしれません、どうかこの魔王の石を砕いてみて下さい!」


 魔王顔になった私に対する人々の反応は、確かにちょっとよくなっている。前より少しだけ怖がって貰えてる感じ? 子供が泣いちゃうのは狙い通りだ。


 そんなふうに私たちが声を上げてしばらくした時だった。

 ふとどこからか声がした。


「ここにいましたか、ようやく見つけましたよ魔王! ああなんと恐ろしい、ここまで封印が解けかかっているとは……!」


 私たちを取り囲む見物人をかき分けて、一人の女性がこちらへ突進してきた。私の間近まで来た女性はくるりと回って見物人たちへ声を上げる。


「ですが大丈夫! 我が家に伝わる聖女の呪文で封印を強化します! 私の力では粉砕まではいきませんが、ある程度は抑えられましょう」


 そう言って女性は再びこちらに向き直ると、何やら聞いたことのない言葉をぶつぶつと唱え始めた。そして、何か必死に私たちの方へサインを送ってきている。

 先に理解したのはファイさんだ。ファイさんは「加勢します!」と言って私を後ろから抱き留めた。そして囁く。


「苦しんで気を失った演技をしろ」


 よくわからないが、私は言われた通りにした。


「あー! なんだこれは! 何故か力が抜けていく……」


 そのまま私は黙った。それだけで、見物人からは喝采が上がっていた。


 そしてファイさんはひとまずその場は撤収することにする。宿屋には呪文の女性も一緒に来てもらう。

 扉を閉めるなり、その女性は悪態をついてきた。


「何なのよあんたたち! 危うく営業妨害だったんですけど!」


 淡い金の髪を覆っていた白いヴェールをむしり取った女性がファイさんに詰め寄る。負けじとファイさんは女性を軽く押し返す。


「そっちこそ何なんだよ。俺たち……じゃない、俺は、この魔王の石を再封印出来る勇者を探しているだけだ」

「ふん。こんなの偽物でしょ」


 女性はあっさりと言った。私とファイさんは顔を見合わせてしまう。


「……なんでそう言い切れるんです?」


 もしかしてわかる人にはわかってしまう重大欠陥があるのだろうか。魔王は二重じゃなく一重だった、とか?


 すると女性はふふんと得意げに笑った。


「本物を知っているからよ」

「……え?」

「私ね、五百年前の勇者一行の聖女の子孫なの。私自身に聖女の力はないけど、魔王が封印された石ならうちに保管されてるわ。こんなただの石じゃなくて、ふつうに美女の彫像みたいな感じね。広間に飾って代々うちの男共が鼻の下伸ばしてるし」

「ええ……」


 そんな。

 私とファイさんは動けなくなってしまう。


 タイミングとしては最悪過ぎた。

 せめてまだ私がつるんつるんのままなら言い逃れも出来たかもしれない。けど既に魔王顔にしてしまった後では言い訳のしようがない、いや、最悪ファイさんだけは逃げられるか……?


 ファイさんから固い声が出る。


「……俺たちを、通報するのか」

「は? いやいやしないって。言ったでしょ、営業妨害って」


 片手を振ってからりと笑った女性はファイさんと私を交互に見る。


「要はこっちも同業者ってことよ。私は聖女の子孫って身分を利用して、あちこち回って魔王復活阻止の営業をしてるの。『ここで魔王復活の気配がします! 聖女の子孫であるこの私が土地を清めます!』って感じね。この家紋を見せれば結構ころっと騙されてくれるのよ」


 言って女性は複雑な模様のペンダントを見せてくれる。ファイさんは緊張を解きながら、なるほどな、と頷いている。

 でも。


「どうして聖女様のご子孫が詐欺巡業なんてしてるんです?」

「んー、実家が嫌になって家出してさ。かと言って他に一人で稼ぐ方法も知らなかったからね」

「そりゃそんだけの儲けの種がありゃなあ」


 ファイさんは納得している。

 この二人は通じ合うものがありそうだ。


 そしてファイさんが私たち側の事情を話し、女性はふーん、と言ってしばらく黙った。

 それから。


「……ねえ。よかったら、私たち、組まない?」

「は?」

「本物の聖女の子孫としゃべる石。それぞれ別々より説得力があるんじゃない?」

「そんなの分け前が減るだけだろうが」


 ファイさんは不満そう。そもそも私分け前貰ってませんけどね。


「あのさ。東の人間には周知されてないのかもしれないけど。ここから西に行くほど勇者信仰は大きくて、封印された魔王石が聖女の家に保管されてるってことくらい子供でも知ってるよ? だったらそれを私が持ち出したってことにしたら誰にも疑われないんじゃない」


 なんと。その話は新情報だった。

 確かに。これまではふわっと、神殿的な所から預かってきましたー、みたいな感じでやってきたけど。本物の所在が知られてて、その家の人のお墨付きがあったら完璧ではないか。

 と言うか、この事実を知らないまま勇者信仰の強い土地で仕事をしてたら私たちはえらい目に遭っていたのかもしれない。


 なので私は口にした。


「ファイさん。私はいいと思います」

「お前簡単過ぎだぞ。そもそもこいつの旨味はなんなんだよ」

「それは簡単。私の方はしゃべる石の説得力が欲しいのと、やっぱり女一人より男連れの方がいいしね。まともな人は聖女の子孫に手出ししないけど、悪党はそうでもないからねー」


 まともな人は誰にも手出ししないだろう、というツッコミはしないでおく。

 その間にファイさんは悩む。

 悩んで悩んで、それから顔を上げた。


「……わかったよ。そもそも魔王についてはそっちの方が詳しそうだ。俺はファイ、こいつは石。あんたは?」

「私はジイラ。よろしくねファイと石!」


 きれいな金髪がさらりと流れて、ジイラさんは爽やかな笑顔を見せてくれるのだった。




 そして私たちは次の町から新たな営業を始めた。


 設定はだいたい同じだ。魔王石の封印が解けかけているのに気付いた聖女の子孫であるジイラさんが、お供のファイさんを従えて勇者を探す旅に出た。


「我こそは勇者だと言う方、もしくはこの魔王を破壊する力をお持ちの方、どうかお力をお貸し下さい!」


 いつもの口上の後、町の力自慢や聖職者なんかがやって来て私の前に列を成す。


「あー、もうちょっと後ろの辺りを叩いて下さる? ちょうど凝っている辺りなの」


 とか


「ふふふ素敵な子守唄ね、今日の夜に思い出して安眠させて貰うわね!」


 などと私も絶好調である。


 最後は次の町への旅費の寄付を募って出発。

 移動先の宿場では聖女とお供の身なりをやめて皆で宴会。

 そんな流れが私たちのお決まりの毎日になっていた。


「いやあ! 信心深い町でよかったよな、聖女血統証明すごいわ!」

「領主の家から寄付があるとは思いませんでしたよね、皆に催促されて渋々って感じだったようですが」

「金持ちの渋々金額は庶民の月収相当だからね!」


 本日も、買い込んできた食べ物と酒で私たちは大騒ぎした。

 ジイラさんが加わってて一つ良かったことは、ファイさんがジイラさんの目を気にするようになって、私に人間の食事を与えてくれるようになったことだ。もちろんジイラさんも色々食べさせてくれる。

 別に今までも不満はなかったけど、やっぱり人間の食事って心が浮き立つ。嬉しい。

 

 そんな私の頭に、さて、と言ってジイラさんが最後の肉を乗せて立ち上がった。


「ここはあらかた食べ尽くしたし。ファイ。外で飲み直さない?」

「ああ、そうだな。確か近くに良さそうな店があったぞ」

「ファイさん! 行くならその前に私に粘土してって下さい」

「えー? 帰ってからでいいだろ」

「この前もそう言って寝ちゃったじゃないですか」


 するとジイラさんがこちらの前面をなでる。


「石~早くしないと店が閉まっちゃうの。ここは後にしてあげてよ~」

「……もう。仕方ないですね! 帰ったら絶対ですよ」


 二人は喜んで代わる代わるに私の頬を撫でると部屋を出ていく。


 バタンと閉まった扉を見ながら。私は頭の肉を咀嚼した。

 もぐもぐ。

 ……本当は知ってる。二人は外には出かけないで、このままジイラさんの部屋で飲み直すのだ。

 もぐもぐ。

 あの二人、すっかり仲良くなったよな。

 ジイラさん、美人だもんな。性格もいいし。

 もぐもぐ。

 あー。やっぱり人間のご飯はおいしいな。


 その日、ファイさんは朝になるまで部屋に帰って来なかった。




 私たち三人はそれからも楽しく旅をした。

 仕事がうまくいく時もいかない時もあった。

 ついうっかり私込みで酒場でどんちゃんした日には、たまたまそこに街で寄付をした人が居合わせて追いかけられてしまうなんてこともあった。


 そんな日常の中の唯一の問題は、最近ではすっかりファイさんが粘土をしてくれなくなったことだ。

 「その方が素敵だよ」などとジイラさんも言うけどそういう問題ではないのだ。


 その頃にはファイさんは宴会の後はジイラさんの所で朝まで過ごすのが普通になっていて、私は魔王の顔のまま一人で部屋に残されることになる。


 それは、私にとってとても恐ろしい夜だった。


 こういう時、わかりあえないというのはずっとわかりあえないままなんだなと思う。

 世の中には『恐怖心というものは克服すべきものである』と認識している人たちがいて、それは経験だったり慣れでなんとかなると思われている。


 でもね。私にとって魔王顔で取り残されるってことは、何回繰り返してもその度いつも新鮮に恐怖を覚えてしまう状況なんだ。

 理屈で自分を言い聞かせてもどうにもならない。虫が嫌いとか闇が怖いとかと同じ種類のもの。

 がたがたと心を震わせながら意識を失い、気付けば朝になっている。

 そんな日々が続いている。


 そろそろ本気でストライキをするべきかな?


 そんなふうに、私が自分の今後を考えている時だった。


 キイイ、と音をたて、ゆっくりと、部屋の扉が開いた。


「ファイさん……?」


 声をかけると。

 突如、真黒いフードを被った人たちが部屋になだれ込んで来る。

 すわ強盗か、と叫びかけた直前に。侵入者たちは私の前にざざっと跪いた。


「タランチュラ様! お迎えに上がりました!」


 タランチュラ。知ってる。それは五百年前に封印された魔王の名前。

 硬直する私の前に侵入者の代表者が出て来る。


「我らタランチュラ様の復活を願う者。貴女様の封印が解けかけていると聞き及びこのように馳せ参じました。どうぞ我らを貴女様の僕に。そして共にこの世界を蹂躙いたしましょう」


 私はぱくぱくと口を開け閉めした。


 ……えーと。つまり?

 この人たちはどこかで私たちの仕事を知って私を本物の魔王と思い込んで? 魔王と一緒に世界征服を企もうとしている?

 要するに悪い人たちってことだよね⁉

 うわあ、無理!


「あの! 申し訳ないんですが私は魔王じゃありません! そのふりをしているただの詐欺師の石です! ごめんなさい、期待させて。でも違いますから!」

「何をおっしゃいますか。その凄絶な美貌、まさに経典に残された絵姿そのままではありませんか!」

「これは作り物なんです! 私の顔じゃありません!」

「おお、タランチュラ様……何故おとぼけになられる。我々を信用して頂けないのですか」


 怖い怖い怖い、話が通じない!

 どうしたらわかってもらえるだろう。

 私が必死に言葉を探していると、一人が言い出した。


「……いくら急いでいたとは言え、このように手ぶらで現れたのはあまりにも無礼なのではないか?」


 見当違いな言葉に周りの人はおお、と感心する。


「今からでも遅くはない、タランチュラ様の為に贄を捧げましょう」

「では私はこの宿中に油を撒き、火をつけて参ります。宿屋まるごとの生贄ともなればさすがに信用して頂けるかと……」

「ちょっと待って」


 私の前で勝手に話が進んでいく。


「絶っっ対に止めて。そんなことしたら許さないから!」

「? ああ、なるほど、タランチュラ様は火刑は望まれない、と。確か人々の流血と悲鳴がお好みでしたな、これは失念しておりました」

「であれば例の聖女の子孫などがよろしいでしょう。今すぐひっ捕らえて参ります」

「やめて‼ だから! 私は魔王じゃないって言ってるでしょう!」


 全力で叫んでいた。

 なんなのなんなのこの人たち。正気じゃない!


 その時、再び扉が開いた。


「動くな! タランチュラ教団だな! 我らは王都騎士団だ、全員おとなしく縛に付け!」


 ばたばたと、騎士さんたちが乱入して来た。

 王都? 騎士団? もはや何が何やら。


 咄嗟に私を抱えて窓に飛び出そうとした人は騎士に襟首をつかまれて放り投げられる。

 狭い室内で乱闘とも言えないほどの揉み合いがあって、教団の人たちは縄を打たれていく。


 とりあえず、騒ぎは落ち着いたようだ。

 あーよかった。

 どこにあるかもわからない私の心臓がバクバクしている。


 誰かが誰かに指示を出して現場がごちゃごちゃとしてる頃。

 私の上にフッと影が差した。


 見上げれば、そこにいたのはどこかで見覚えがある神殿関係者らしき人だった。


「ああ、間違いない。あなたですね。私の渾身の法術を子守唄とあざ笑った石だ」


 うわ、あの時の人か……


「私ごときは簡単に退けられたと思っていましたか? でしたら残念ですね。あれからあらゆる文献を当たり、ようやくこれを手に入れましたよ。一刻も早く試してみたくて、こうして神殿代表として騎士団の捕り物に同行させて貰ったのです」


 その人が鞄から取り出したのは見たことのない素材で出来たきらきら輝くノミと槌だった。


「これはね。勇者や魔王の時代に作られた神具です。この世に存在するありとあらゆる物質を粉砕できると伝わっています」

「!」


 そこで私はその人の目的を察した。

 途端に心がぶるぶると震え出す。

 え、どうしよう。この人私を壊そうとしてる?


 神殿関係者はどこか高揚した顔でこちらを見下ろしている。ただの脅しではないだろう。

 私はどうにか気力を振り絞って私自身の唯一の盾となる言葉を発した。


「……信じて下さい。私は、魔王ではありません」

「言い逃れですか。かつては世界を手に入れかけた者が見苦しいですよ」

「本っ当に違うんです! 私はただの石で! この顔は彫刻で作られてて!」

「ただの石なら破壊することに何の問題もありませんね」


 言ってその人が、道具を振り上げた。

 嫌だ。怖い!

 私は悲鳴を上げる。


「待て」


 とそこでその人の腕が掴まれた。掴んだのは騎士団のえらい人だった。


「それの身柄はこちらで預かると決まっている。勝手は許さん」

「何故ですか。このような不気味な物例え魔王でなくともとっとと処分してしまえばよいではないですか」

「聞いてないのか。神殿側からの命令だ。これは王都に連れて行くと決まってる」


 神殿の人は何やら文句を言ったけど、結局、他の騎士団の人に連れ去られていく。


 ああ、助かったのか……

 私の全身からへなへなと力が抜けていった。


 騎士団のえらい人はそんな私を見下ろして来る。


「貴様らはこれから王都で裁判にかけられる」

「貴様……ら」

「教団ではない。隣室にいた二人だな」

「!」


 言われて、私は理解した。

 ああ……そうか。とうとう詐欺がバレてしまったんだな。


 意味があるかわからないけど縄でぐるぐる巻きにされた私はそのまま宿屋の前の荷馬車に乗せられた。

 そこには同じようにぐるぐる巻きにされたファイさんとジイラさんも先に乗っていた。二人はしっかり猿轡までかまされている。

 私たちはとりあえず目線でお互いの無事を確認し合う。

 うん、二人とも特に目立った怪我はなさそうだ。


 いつかこんな日が来るかもしれないなー、と考えなかった訳じゃない。

 でもなんだか不思議と罪の意識が薄かったんだよね。こんなちゃちな嘘に騙される人なんて、本当は偽物だって知ってて投げ銭感覚でお金をくれてるんじゃないの? という言い訳を心に用意していたのかもしれない。

 駄目だな。善悪の感覚がおかしくなってた。

 私たちがしていたことは犯罪だ。人を騙してお金を盗っていたんだ。信じてくれた人たち本当にごめんなさい。


 そしてこれはどんな罪になるんだろう。さすがに処刑まではいかないといいけど……




 王都は私たちのいた場所からわりと近かった。

 到着してから丸一日別々の牢に入れられた後、私たちはそこから引っ張り出される。


 連れて来られたのは大きな建物の中にある一室だった。中央の高い所に数名の人がいて、両側にそれなりの人数が並んでいる。私のイメージとしては王宮の謁見の間が近かった。


 私たちはその部屋の中央の椅子に座らされる。

 すると一番高い所にいた男の人が口を開いた。


「これより審問を始める。まずはおぬしたちの身分を述べよ。この場で偽りを述べたら即、罪になるということを覚えて置くように」


 側で警護する人に促されて、まずファイさんが自己紹介する。

 へー、ファイさん西部の騎士の家の出なんだー。


 次にジイラさん。


「ジイラネット!」


 左側に並んでいた人たちの中から何人かが身を乗り出して来た。あれ? なんとなくジイラさんに雰囲気が似てるし、ご家族かな。

 でもジイラさんはぷいと顔を背ける。そして聖女の子孫であることと名前だけを簡単に説明した。


 そして、私だ。


「生まれてすぐに森に捨てられたので家名はわかりません。ついでに名前もなく、ただ石と呼ばれています」


 私がしゃべったことで、おお、と場内に驚きのざわめきが広がる。

 中央の裁判官っぽいおじさんはさほど動じない。


「では、石。お前を生んだ者のことは覚えているか?」

「いえ、全く。顔も見てませんので」

「声は」

「聞いたのかもしれませんがあまり記憶には……」


 ふむ、と言った後、裁判官さんは周囲の人たちと何やら相談する。


「ステラス伯爵夫人、ジュビエーヌ殿。貴女は二年前、領地の屋敷にてこの石を産んだ。間違いはないですな?」

「全く身に覚えがございません!」


 ジイラさんの家族とは反対側に、この場に不似合いなきらびやかな貴族夫人とその身内らしい人が並んでいた。

 あれ? このやりとりからすると、もしやこの人は……


「夫人。貴女にも言っておこう。この場で嘘をつき、それが判明すれば罪となりますよ」


 夫人はびくりとなる。


「た、確かに! ご指摘の頃、私は子を産みました。ですが死産であったと聞かされ、一度もその子供を目にしたことはありません」

「それは事実かと思われます。ステラス領の産婆より、夫人に知られる前に始末をしたと供述を得ています」


 眼鏡をくいっと上げるのは、夫人たちの後ろに座っていた男性だ。


「そしてその産婆から、万が一のことがあった時の為に、本人確認が出来る物として石の輪郭を取ったと聞いております。これが現物であります」


 眼鏡の人が一枚の紙を取り出して来た。

 すると裁判官さんが私を見る。


「石よ。確認させてもらっても構わないか?」

「? なんだかわからないけど、いいですよ」


 私が了承すると、突然わらわらと男の人たちが私を取り囲み、私を紙に寝かせるとその輪郭をペンでなぞり始めた。

 様々な方向からそれをやり終えた後、眼鏡の人の下に集まって、紙を重ねて透かしていく。


「顔らしき部分は変わってしまっていますが……他の輪郭はぴったりと合います。この石が、ステラス夫人の産んだ子供で間違いないでしょう」


 違う、と叫びかけた夫人は隣の男の人に止められてる。

 裁判官が頷いた。


「ステラス伯爵及び夫人。貴方方が邪教に溺れ、その身を使って魔王復活の為の卵を産み落としたという告発文が届いている。これについて申し開きは?」


 なんですと⁉

 驚きの私が目を向けると、夫人の隣に座っていたステラス伯爵と思われる人物が立ち上がった。


「産婆の息子の腹いせだ! 異形の出産を公にされたくなければ金銭を寄越せと脅してきたので痛めつけて叩き出したんだ、こんなことなら温情など見せず切り殺しておくのだった……」


 そんな可能性もあったのかと一瞬ぎょっとしたけれど、伯爵が否定してくれたのでホッとした。

 ああ、よかった。私は邪教の産物じゃないんだな。


 すると裁判官が私へ目を向ける。


「と、おぬしの両親はこのように言っている。本人の自認はどうなのだ? 自分を魔王と思っているのか?」


 いえいえまさか、と言いかけて。

 言葉を止めた。

 ……あれ?


「あの、ちなみに私が魔王だと告白したらそちらのご夫婦はどうなります?」

「……邪教の儀式を行ったと言う証拠になる。ステラス伯爵夫婦は相応の罰を受けるであろう」


 小さな悲鳴が聞こえて、この場にいた女性の何人かが崩れ落ちていた。

 なんだよ相応の罰って! 死罪? それより怖いこと?


 そして私は、さっきから必死に私の視線をつかもうとしているファイさんとジイラさんに振り返った。

 なんとなく感覚で目が合ったとわかったんだろう。二人はうんうん頷いて訴えて来る。


 そうか。ここで私が魔王ではないと言ってしまったら、二人は詐欺で捕まってしまうのか。

 魔王を騙った詐欺って重罪そうだよなー。


 いやでも魔王ですって言ったら私も退治されたりしない? この前の怖い神具を持った神殿の人が嬉々としてやって来そうな気がする。


 私は悩む。

 生まれてすぐに捨てられたとは言っても親は親だしなあ。ひどい罰を受けるのはかわいそうだって気持ちもある。しかも冤罪だし。

 こうしてこの場で初めて対面しても決してこちらを見ようとしない人たちだけど。

 私が石で生まれなければこの人たちもふつうの人生を歩いてたんじゃないかなって思ってしまうと余計にね。


 それにそもそも嘘をつくのも気持ち悪いしな。詐欺がいくら重罪でも、死罪まではいかないだろうし。

 それじゃやっぱりここは本当のことを言うか。

 ごめんねファイさんジイラさん、自分たちの罪は自分たちで償おうよ。


 そう、口を開きかけた時。


「お腹に子どもがいるの!」

「!」


 ジイラさんが私とファイさんにしか聞こえない声で囁いた。

 私はびっくりした。ファイさんも驚いてる。聞いてなかったのだろう。

 ……そうか。お腹に。……きっとファイさんの子だよね。そんな時期に体罰を受けるのはきついだろうな。


 どうしたらいいんだろう。

 感情と感情に挟まれて、にっちもさっちも行かなくなってしまった私が何も言わずにいると。

 突如、ファイさんが立ち上がった。


「この者は! 魔王です! 少なくとも我々にはそう名乗っておりました!」


 よく通るファイさんの営業用の声が会場に響き渡った。それを受けてジイラさんが。


「我が家には魔王石と呼ばれる物がありました。ですが物言わぬただの彫像にしか見えないあれと、こちらのしゃべる石。どちらがより禍々しいか! 私はこれに出会った時、言い伝えに残らぬ何かの陰謀により本物の魔王石は既に我が家から流出していたのだと理解しました」


 二人は懸命に話す。

 いかに私が魔王らしかったか。私の周囲で次々と不吉なことが起こったか。などなど。


 その間に私は思い出していた。ファイさんと出会ってからの日々。ジイラさんが加わってからの旅。

 楽しいばかりではなかったけど、その何倍も愉快だった。何より人の食事が食べられ、雨風のない場所で寝ることが出来て。この世界で初めて人らしい暮らしをさせてもらった。


 ―――― そうだ。いつのまにか、私はすっかり彼らを好きになっていたんだ。


 私は裁判官に向かって顔を上げる。(飽くまで脳内イメージです)

 裁判官様、と呼びかけた。


「告白します。私は魔王ではありません! ただの、しゃべる石です!」


 場内がざわりとする。ファイさんたちの体が強張るのがわかった。私は続ける。


「ですが! こちらの二人には自分が魔王だと嘘をついておりました! 彼らはまんまと私の偽りに騙されていたのです!」


 私は頭の中で高速で作り上げた話をこの場の人々に語って聞かせた。


 家から森に捨てられたこと。森から村に移動したこと。そこで旅人に託されたこと。旅人が道端に私を捨てていったこと。通りすがりの彫刻家が勝手に私を練習台にして、途中で飽きて放置していったこと。

 私の心はやさぐれて、人間全てを呪ってやると言う気持ちになっていたこと。


「その時、たまたま通りかかったのがこの二人でした。馬鹿な人間を言いくるめて下僕にする目的で、私は自らを魔王だと名乗りました。……ですが、それが間違いでした。善良で敬虔な勇者信仰の信者であるこの二人は、魔王を名乗る私に膝を折るのではなく、私を再封印する為の行動に出てしまったのです。それが、今回の騒動の経緯です」


 場内がしんと静まり返った。

 ステラス伯爵夫妻もファイさんもジイラさんも黙っている。

 裁判官が口を開いた。


「であれば、まずは神殿を頼るべきでは」

「それを公にすれば我が家が魔王石の保管に失敗していたと世間に知られてしまいます……!」


 ジイラさんは悲痛な声をあげてみせた。その悲痛さにファイさんも乗る。


「なので我々は秘密裏に魔王を再封印しようと決めました。……ですがまさかこのようなただの石ころに騙されていたとは……! この数年の努力は一体なんだったのでしょう」

「同じく無念でしかありません。このように未熟な私たちとは違い、神殿の高貴な方たちであれば、きっとその石がただの石だとすぐに見分けがついたでしょうに……」

「そうなのか?」


 裁判官に振られたのは、隣に座る神殿関係者っぽいおじさんだった。

 おじさんは何度か咳払いした後、もちろんですとも、と言い切った。

 そして立ち上がりすたすたとこちらに歩いてくると、首から下げたごちゃごちゃした不思議な形のペンダントを、私の体に押し当てる。


「……うむ。何の反応もありません。これは魔王ではなくただの石でしょうな」


 素直に安心する声となんだかもやっとしたものを抱える声が広がる。

 ジイラさんが少しだけこちらを見て笑ったように感じた。


 そこで一旦休廷が言い渡され、私たちは別々の小部屋に押し込まれる。

 私の見張りをするのは逮捕の騒ぎの時に私を助けてくれた騎士団のえらそうな人だった。


「お前はうまくやったよ」


 その人は言った。


「これはな。ジイラネット嬢の家からの要請で、彼女を無罪とする物語を作る為の裁判だ。もしもお前が彼女たちを巻き込んでいたら、結局はなんやかんやと理由をつけてお前だけに罪を被せた上で口封じの為に破壊されていただろうよ」


 驚いた。なるほど、それで碌な取り調べもなかったのか。


「ジイラさんはそのことを……?」

「さてな。だが守るもんがあるなら誰の手も掴もうとするんじゃないか」


 うん。そうだな。ファイさんとお子さん。ジイラさんには大切な人が二人もいる。


 そして私は少し安心した。正直、私たちの嘘なんてちょっと旅路を辿ればすぐにばれてしまうものだ。けれどそういう事情なら誰も掘り返したりしないだろう。


 ……よかった。これで彼らの無事は確定したんだ。


 しばらく時間を置いたあと、私たちは再び同じ所に集められた。

 裁判官が皆を見回す。


「それではこの件についての判決を言い渡す。ステラス伯爵夫妻は無罪。産婆の息子は虚偽の告発により鞭打ち。ジイラネット嬢とファイ氏は無罪。ただし人々から受け取った路銀は神殿に奉納すること、定期的に神殿へ礼拝すること、というのは神殿側からの要求だ」


 二人は黙って頭を下げた。

 うん、ここまでがあらかじめ決まってた結論なんだね。


 そして、と裁判官は私を見る。


「石。おぬしは魔王を騙った罪により罰を与える。だが鞭打ちも晒し刑も拘束刑もおぬしには無意味であろう。よって三年間の労役とする」

「わかりました」


 私は受け入れた。

 この量刑が重いのか軽いのかわからない。でも、とりあえず皆を騙した罪を反省する時間には充分かなと思った。ちなみにこの世界には子供を守る為の法律はないらしい。


 退廷が命じられて人々が部屋を出て行く。

 ここに来た時よりは丁寧な態度で促されてファイさんとジイラさんも立ち上がる。

 ファイさんは何か言いたげにこっちに目を向けたけど、結局何も言わずに出て行ってしまう。


 そうして私たちは今生のお別れをした。




 その後、私は監獄に入った。

 この体で労役って何だろう、漬物石かな? と思ったけど違った。

 監獄の中に収容された人たちに向かって神聖書を読んで聞かせるという仕事を任されたのである。幸いファイさんやジイラさんから文字だけは習い終えてたのでそれは可能だった。看守の人にページをめくってもらいながら少しずつ少しずつ進めていく。

 その途中では何故か突然号泣する人や怒り出す人や何やら考え込む人たちが出たけれど、私自身には全く影響はなかった。だってそこに書かれているのはまるで私に重ならない人たちの話だったので。



 きっかり三年経ってから私は出所した。

 ちなみに監獄は通常なら刑が確定されるまで留置される場所なので、こんなに長居する人は滅多にいない。だからかわからないけど、なんとなく私は職員の人たちと少し仲良くなってしまった。


 中でも私の世話係の看守さんはとても親切な人で、出所の際も、どこでも私の望む所に運んでやる、と申し出てくれた。

  最初は海に捨てて貰おうかなと思ったけど考えてみたら水中で死なないかわからないし自死はよくないのでそれは止めておいた。

 なので私は「なるべく人通りがあって見晴らしがよくて水分の摂取ができて変な人たちから気軽にいたずらされない場所にお願いします」と伝えた。


 すると看守さんは私を近くの広場に連れて行ってくれた。わざわざ梯子も持ち出して、広場の中央にある英雄像の馬の足元に私を設置してくれた。


 そこは私にとってベストポジションだった。

 周りを歩く人たちは私に全く気付かないか、気付いても「あそこにあんな物あったかな」くらいでそのまま通り過ぎていく。そうそう、魔王の顔は頼んで削ってもらって今はまたつるんとした四角い石に戻ってる。少し小さくなったけど。


 温かな日差し、穏やかな風、柔らかな雨。

 森にいた時のことを思い出してちょっと歌いたくなった。

 でもやみくもに歌うのも何かなーっと思ったので、勝手に頭の中で数を数えて一時間ごとに歌ってみることにした。


 最初は何事かと思われたみたいだけど、すぐに害はないと判断されて放っとかれた。眠ったり他に気を取られたりしてカウントは正確じゃないから時報としても役立たずだけど。でも、まあ、これでいいんだ。


 そう言えば、最近、前世でのことを思い出した。

 私の死ぬ間際の最期の意識は「やっと終わるか」だった。


 前世の私はとある貧乏男爵の落とし胤だった。流行り病で子を失った男爵は孤児として育った私を引き取って、令嬢に仕立て上げることにした。情ではない。いずれ金持ちに売り飛ばす目的だ。

 けれど。

 望まれる形しか受け入れられない世界で、いびつだった私はそこにいるだけで常に誰かを不快にした。その形を変えようとする気力も「こういうものだから」と開き直る心の強さも持たず、人と向き合うごと、言葉を交わすごとに自分から何かが削り取られるような気がしていた。

 彼ら彼女らが悪いのではない。うまく立ち回れない私が悪いのだ。

 毎日息が苦しくて苦しくて「私人間むいてないな」としみじみ思っていた。

 

 そんな時。私がやった訳でもない罪が、私に擦り付けられた。私を断罪したのは異世界から転生した記憶を持つという高位貴族の令嬢だった。どうしてだか、彼女には初対面の時から目をつけられていた。

 やっていない、と言う私の言葉は誰にも届かなかった。ただ外れ者であるというだけで生贄になることは最初から決まっていたのだ。

 汚名を背負って居場所を追われた私は、そのままうっかり不慮の事故で命を落としたのだった。


 そうだ。私がこのように生まれ変わったのは、どこかの神様が私の望みを叶えてくれたのかもしれない。

 ……いや、違うかも。私をこういう形にすることで「ほらそれでもやっぱり人間の方が良かったでしょ?」って思わせようとしたのかもしれない。


 もしもそうであるならその目論見は外れたのだろう。

 何故なら私は、毎朝目覚める度に、もう私は人間ではないのだと心の底からほっとするからだ。


 もうこれからは誰かを悲しませることもないし誰かに期待されることもないし誰かをがっかりさせることもないし、

 誰かに捨てられることもないし誰かに傷つけられることもないし誰かに裏切られることもないし、

 誰かに迷惑をかけることも誰かに悍ましいと罵られることも役立たずと足蹴にされることもこうであることを嘲笑われることも踏みつけられることもない。


 ああ、読者よ、どうかあなたの価値観で私を憐れまないで下さい。

 『こうあるべき』から解き放たれた今、私はとても幸せなのです。

 自分に嘘をついているのでもなく、虚勢を張っているのでもなく。

 人でいて得られる喜びより、苦しみの方が遥かに上回ってしまうからそれを手放す、ただそれだけのこと。


 たぶん、前世も含めて今が一番穏やかな心で暮らせています。


 世界は美しい。ただし私に関わらなければ。

 願わくば。私がただひっそりとここにあることがどうか世界に見逃されますように。

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