—破城
洗浄室は、ただ身体を洗い流す場所ではなくなっていた。
あおいと北村にとって、
そこは唯一、意思が交わる場所だった。
高圧の水が降り注ぐ数十秒。
抑制フィールドが乱れ、
世界の輪郭が、わずかに緩む。
その隙間で、北村は言葉を送ってくる。
『昨日、確認した』
『三人、使える』
短い。
だが、意味は十分だった。
北村はテレパスだった。
距離は限られているが、
抑制が揺らぐ瞬間だけ、
複数人に同時に合図を送ることができる。
さらに、別の被験者。
意識を媒介に、
遠隔で物理的な干渉を起こせる者もいるという。
能力は、バラバラだ。
完成品ではない。
だが――
繋げば、形になる。
⸻
『君の能力は、破壊だ』
北村の声が、
水音の奥で震える。
『正確には、共振』
『対象を揺らして、壊す』
あおいは黙って聞いていた。
自分が叫ぶとき、
周囲の空間が歪む感覚。
建物が、音として悲鳴を上げる。
それが、答えだった。
『俺が周波数を合わせる』
『仲間が増幅する』
『一斉だ』
計画は、単純だった。
洗浄が始まる。
抑制が緩む。
その瞬間に、
北村が合図を送る。
そして――
あおいが、全力で叫ぶ。
結果は、誰にも分からない。
『成功すれば、壁は崩れる』
『失敗すれば……』
言葉は続かなかった。
未知の能力同士が共鳴する。
制御も、前例もない。
自爆。
精神の崩壊。
身体が耐えきれず、消える可能性もある。
それでも。
(戻りたい)
あおいは、強く思った。
あの街へ。
雑踏へ。
何も知らなかった、普通の生活へ。
何より――
ここにいるべきじゃない。
⸻
洗浄室。
いつもと同じ手順。
いつもと同じ水音。
だが、今日は違う。
心臓の鼓動が、
施設の低音と重なっていく。
『……今だ』
北村の合図が、
頭の中で弾けた。
同時に、
遠くで何かが“掴まれる”感覚。
見えない手が、
空間そのものを引き寄せる。
あおいは、息を吸った。
肺が、痛いほど膨らむ。
恐怖が、喉に絡みつく。
それでも――
叫んだ。
音にならないほどの、
原初の叫び。
次の瞬間、
世界が鳴った。
壁が、床が、天井が、
同じ周波数で震え出す。
コンクリートが、
柔らかく、波打つ。
内部の鉄筋が、
うねる。
施設全体が、
悲鳴を上げた。
警報が、意味を失って鳴り響く。
――その先は、
まだ誰も知らない。
だが、
もう後戻りはできなかった。




