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あおいの盲点  作者: 末紀世(まつきよ)


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5/10

—共鳴

あおいは、ようやく理解し始めていた。


この施設は、能力者を抑え込むための場所ではない。

抑え込みながら、観察するための箱だ。


壁は厚い。

床は硬い。

だが、それ以上に――

空気が重い。


目に見えない何かが、

常に身体の表面をなぞっている感覚。

考えようとすると、思考が鈍る。

叫ぼうとすると、喉が先に疲れる。


能力を「使えない」のではない。

使おうとする前に、削がれている。



実験は、日常の延長のように行われる。


番号で呼ばれ、

同じ動作を繰り返し、

同じ結果を待つ。


感情は記録されない。

数値にならないものは、存在しないのと同じだった。


ガラスの向こうで、黒井が立っている。

片耳にインカム。

視線は、被験者ではなくモニターに向いている。


「抑制フィールド、安定」

「変動なし」

「次へ進め」


淡々とした声。

人の声というより、

施設そのものが喋っているようだった。



その夜。

洗浄室。


一日の終わりに必ず行われる、

“リセット”の時間。


被験者たちは一列に並ばされ、

四方のノズルから高圧の水が噴き出す。


皮膚が痛むほどの水圧。

音はすぐに、思考を奪う。


――だが。


あおいは、違和感に気づいた。


(……軽い)


ほんの一瞬。

胸の奥に貼り付いていた重しが、

ふっと浮く感覚。


その瞬間だった。


『今だ』


声は、耳ではなく、

直接、頭の内側に届いた。


驚いて視線を動かすと、

隣に立つ北村が、わずかに顎を引いている。


『聞こえるな』

『ここは、数十秒だけ“抜ける”』


水音がうるさい。

集中しないと、声が溶けてしまう。


『抑制は完璧じゃない』

『高圧水で、波動が乱れる』


息が詰まる。

問いかける前に、北村は続けた。


『俺は、偶然知った』

『洗浄室だけだ』

『会話が限界。能力は……まだ無理だ』


警告音が、微かに鳴る。


『時間がない』

『君は、施設と“合う”』


意味が分からない。

けれど、その言葉に――

床が、きしんだ。


本当に、ほんのわずか。

だが確実に、

コンクリートが共鳴した。


『……やっぱりな』


北村の声に、確信が混じる。


次の瞬間、

水圧が一段階、上がる。


思考が一気に濁る。

声が、途切れる。


仕切りが降り、

被験者たちは再び分断された。



独房に戻ったあおいは、

しばらく動けずにいた。


耳鳴りの向こうで、

施設の低い唸りが聞こえる。


それは、

生き物の呼吸に似ていた。


(……ここは、鳴ってる)


押さえつけられているはずの力が、

完全には眠っていない。


洗浄室。

ほんの数十秒。


そこだけが、

世界と繋がる隙間。


あおいは、初めてはっきりと理解した。


この場所は、

壊せる。


その可能性だけが、

胸の奥で、静かに光っていた。

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