ー施設
第2章
施設
目を覚ました時、
あおいは音がないことに気づいた。
完全な静寂ではない。
機械が呼吸するような、低い振動だけがある。
白い天井。
眩しくない照明。
手足が、動かない。
拘束されている、と理解するまでに少し時間がかかった。
痛みがなかったからだ。
「覚醒確認」
男の声。
あおいが視線を動かすと、
白衣の向こうに、軍服の男が立っていた。
年齢は分からない。
姿勢が良すぎて、人間というより構造物のようだった。
「名前は?」
あおいは答えなかった。
喉が乾いて、声が出ない。
「構わん。
君が誰かは、もう分かっている」
男は端末を操作した。
「――黒井だ」
名乗りは、それだけだった。
あおいは、ここがどこなのか分からない。
だが、直感的に理解していた。
戻れない場所だと。
検査は、淡々と進んだ。
血液。
脳波。
骨密度。
歯のレントゲン。
「歯?」
思わず声が漏れた。
黒井は、初めてあおいを見た。
「重要な部位だ」
それ以上、説明はなかった。
実験は、段階的だった。
最初は音。
次に振動。
そして――感情。
「恐怖を与えろ」
黒井の指示で、
部屋の照明が落ちた。
暗闇の中、
壁が、わずかに軋んだ。
あおいの胸が、締め付けられる。
――やめて。
心の中で叫んだ瞬間だった。
音が出た。
声ではない。
だが、確かに叫びだった。
空気が震え、
床が波打つ。
コンクリートが、
水のように沈んだ。
研究員の一人が足を取られ、
悲鳴を上げる。
壁の中で、
鉄筋が鳴いた。
蛇が暴れるような、不快な音。
「共振反応、確認」
黒井の声だけが、冷静だった。
あおいの口の中で、
何かが欠けた。
鉄の味。
歯が、割れている。
「……ぁ……」
声を出そうとすると、
痛みが走る。
叫べば、
もっと壊れる。
でも――
壊せる。
あおいは、理解してしまった。
「能力は、攻撃型だ」
黒井は記録を取りながら言った。
「高周波。
建造物との共振を引き起こす」
まるで、
新しい機械の説明のようだった。
その後のことは、
ところどころしか覚えていない。
時間の感覚がなくなり、
身体の感覚が曖昧になる。
ただ一つ、確かなことがあった。
ここでは、拒否権が存在しない。
夜。
独房のような部屋で、
あおいは膝を抱えていた。
歯が痛む。
頭が、重い。
でも――
胸の奥が、奇妙に静かだった。
怖い。
なのに。
「……私……」
小さく呟く。
世界が、
壊れる感覚を、
身体が覚えてしまった。
その頃、別室で。
黒井はモニターを見つめていた。
「成功率は?」
『想定以上です』
「そうか」
黒井は、インカムに指を添えた。
「次の段階に移る」
モニターの中で、
あおいが小さく震えている。
黒井は、それを
成果として記録した。




