第3章 :沈む私と気づく夫
朝の光はいつもより柔らかく差し込んでいた。
けれど、私の心には光は届かない。布団の中で、体も心も重く、動くことすらできない。昨日と変わらない日々の重さが、胸の奥で鈍く響いていた。
夫は、そんな私の様子に気づいていた。
「大丈夫?」と一言声をかけるだけで、私は「大丈夫」と答えられないことを知っている。
彼は、無理に答えを求めたり、説得したりすることはなかった。ただ、そばにいてくれる。それだけで、私の心は少しだけ落ち着くことができた。
台所で静かにコーヒーを淹れる音が聞こえる。
その音は、日常の一部でありながら、心の中では小さな安堵を生む。
「動かなくても、いいんだよ」と無言で伝えてくれるような、そんな安心感。
夫は私の動きをじっと観察していた。
少し顔をしかめる仕草、ため息をつく瞬間、手の震え。
小さな変化を見逃さず、声をかけずにそっと支える。その気配だけで、私の心は少しずつほぐれていく。
「今日は仕事を早めに終わらせるから、無理しなくていいよ」
そう言って、彼は私の前で手を止める。
普段なら何気ない言葉も、この時の私には深い意味を持った。
「無理しなくていい」という許可が、心の重さを少しだけ軽くしてくれる。
私は言葉を返せない。口を開こうとすると、涙が出そうになる。
夫はそれを見て、そっと私の手を握った。
強く握るわけでも、慰めるような言葉をかけるわけでもない。
ただ、存在を示すその手のぬくもりだけで、孤独感が少し和らいだ。
朝食の準備も、洗濯も、私にはできない。
夫はそれを当然のことのように受け入れ、淡々と行動する。
その姿を見ていると、私は自分が迷惑をかけているという罪悪感と同時に、心の奥で小さな安堵を感じる。
「無理しなくていい」
その言葉が何度も心に響く。
無理に笑顔を作ったり、動いたりする必要はない。
ただ、そこにいていい。それだけでいい。
夫の存在は、絶望の波に押し流されそうな私を、ぎりぎりで支えてくれている。
孤独の中で、ほんの一筋の光を見つけたような感覚。
完全な回復ではない。
でも、その光があることで、少しだけ息をつくことができる。
小さなやり取りの積み重ねが、私の心に微かな安心感をもたらす。
コーヒーを差し出してくれる手、静かにそばにいる存在、何気ない一言。
それらが、私の壊れかけた心に、静かに触れていく。




