第2章 感情の波に溺れる
心は、静かに壊れていくわけじゃなかった。
むしろ逆で、激しく揺れ続けていた。
ある瞬間は、何も感じない。
喜びも悲しみもなく、ただ空っぽで、無音の世界にいるような感覚。
それなのに、次の瞬間には、理由のない不安や焦りが一気に押し寄せる。
胸の奥がざわつき、息が浅くなる。
何か悪いことが起きる予感だけが、確信のように居座る。
でも、何が起きるのかは分からない。
分からないから、余計に怖い。
感情が自分のものじゃない気がした。
まるで、誰かが勝手にスイッチを切り替えているみたいに、心の状態が急変する。
少し前まで「大丈夫かもしれない」と思えていたのに、
次の瞬間には「もう限界だ」と感じている。
この落差が、心をすり減らす。
どの感情を信じればいいのか、分からなくなる。
理性は必死だった。
「今は病気のせいだ」
「これは一時的な状態だ」
そう言い聞かせようとする。
でも感情は、そんな言葉を軽々と踏み越えてくる。
鬱の波の中では、理屈はほとんど力を持たない。
怖かったのは、衝動だった。
何かをしよう、という具体的な考えじゃない。
ただ、「この状態から今すぐ逃げたい」という強烈な欲求。
逃げ場がない。
眠っても、目覚めても、同じ感覚が続く。
時間が、敵のように感じられる。
一分一秒が長く、重い。
未来を考えると苦しくなり、過去を思い出すと自己嫌悪に沈む。
「今」に耐えることが、一番つらかった。
感情が高ぶると、涙が止まらなくなる。
理由は分からない。
何に対して泣いているのか、自分でも説明できない。
逆に、何も出てこない日もある。
泣くことすらできず、ただぼんやりと天井を見つめる。
感情が麻痺しているような、不気味な静けさ。
そのどちらも、同じくらい苦しい。
「普通の人は、こんなふうに生きていない」
「自分だけがおかしい」
そう思うたびに、孤独は深まる。
誰かと比べること自体が、刃物みたいに心を傷つける。
助けを求めたい気持ちはある。
でも、どうやって求めればいいのか分からない。
「つらい」と言っても、
この感情の複雑さは伝わらない気がした。
言葉にした瞬間、軽く扱われてしまいそうで、怖かった。
心は、理性と衝動の間で引き裂かれる。
生きたいわけじゃない。
でも、死ぬことを本当に望んでいるのかも分からない。
ただ、この苦しさから解放されたい。
それだけが、はっきりしていた。
感情の波は、何度も何度も押し寄せる。
溺れないように必死で耐えても、次の波がすぐに来る。
休む間はない。
私は、岸に向かって泳いでいるのか、
それとも、ただ流されているだけなのか、分からなくなっていた。




