第2章 孤独と絶望。
人と会っていないわけじゃない。
話しかけられていないわけでもない。
それなのに、どうしようもなく孤独だった。
スマホを開けば、誰かの近況が流れてくる。楽しそうな写真、前向きな言葉、頑張っている報告。以前の自分なら、刺激を受けたり、励まされたりしたはずなのに、この時の私はそれらを「別の世界の出来事」だとしか感じられなかった。
同じ言語を使っているのに、同じ空気を吸っているのに、自分だけが透明な壁の向こう側にいる。
声を出しても、手を伸ばしても、誰にも届かない気がした。
誰かに「つらい」と言えばいい。
そう頭では分かっている。
でも、言葉にしようとした瞬間、喉が詰まる。
「甘えていると思われるんじゃないか」
「また気分の波の話かと思われるんじゃないか」
「どうせ理解されない」
そんな考えが、言葉を全部押し殺してしまう。
結果、私は誰にも頼れないまま、ひとりで沈んでいく。
家の中にいても、居場所がない。
静かな部屋は、安心よりも不安を増幅させた。時計の音、冷蔵庫の低い振動、外を走る車の音。どれもがやけに大きく聞こえて、心を削っていく。
何もしていないのに、責められている気がした。
「今日も何もできなかった」
「役に立っていない」
「存在する価値がない」
誰かが言ったわけでもないのに、頭の中では断罪が続く。過去の失敗、迷惑をかけた記憶、言われた何気ない一言。それらが勝手に再生されて、私を追い詰めていく。
布団の中で丸まりながら、ふと思う。
――もし私がいなかったら、どうなるんだろう。
最初は、ただの思考実験みたいなものだった。
現実感のない、ぼんやりした想像。
でも、その問いはすぐに別の形をとる。
「いなければ、迷惑をかけずに済む」
「いなければ、誰も困らない」
そう考えた瞬間、胸の奥が少しだけ静かになった気がした。
その“静けさ”が、ひどく怖かった。
絶望は、必ずしも激しい感情じゃない。
泣き叫ぶわけでも、取り乱すわけでもない。
ただ、じわじわと世界から色が抜けていく感覚。
好きだったものに、興味が湧かない。
大切だったはずの人の顔が、遠く感じる。
未来の話をされると、なぜか息が苦しくなる。
「この先も、ずっとこうなんじゃないか」
「良くなる保証なんて、どこにもない」
そう思うと、希望という言葉が空虚に感じられた。
励ましの言葉は、ガラス越しの音みたいに、歪んで届く。
誰かの優しさすら、重かった。
「元気出してね」
「無理しないで」
それらの言葉が、なぜか「期待」に変換される。
期待に応えられない自分が、また嫌いになる。
孤独は、人がいないことじゃない。
「理解されない」と感じることだ。
そして私は、その感覚の中で、ゆっくりと追い詰められていった。
この世界に、自分の居場所はないんじゃないか。
生きている意味は、もう失われているんじゃないか。
そんな考えが、朝から夜まで、途切れることなく続く。
眠っても回復しない疲労。
目覚めても変わらない現実。
絶望は、いつの間にか「選択肢」を狭めていく。
生き続ける未来だけが、異様に遠く、重く見え始める。
この頃、私はまだ「自殺したい」とは、はっきり思っていなかった。
でも確実に、「生き続けたい」とも思えていなかった。
その宙ぶらりんな感覚が、何よりも苦しかった。




