力尽きました、ざっくり書きます……余裕ができたら加筆します
第3章 夫の支え
― 自分より先に、信じ続けてくれた存在 ―
主人公は、自分自身を信じられなくなっている。
「怠けているだけ」「甘えているだけ」という内なる声が止まらない。
そんな中、夫だけは一貫して
無理に励まさない
正論で矯正しない
それでも離れない
何もできない自分を前に、主人公は
「申し訳なさ」と「依存への恐怖」を感じる。
夫は言葉少なでも、
・食事を用意する
・病院に付き添う
・調子の波を責めない
“治る前提”で接してくる存在として描かれる。
主人公はまだ救われない。
でもこの章の終わりで、ふと気づく。
「私が私を諦めるより先に、この人は諦めていない」
それが、かすかな灯になる。
第4章 親の支え
― 近すぎて見えなかった、逃げ場 ―
実家・親との関係は複雑。
愛されていなかったわけじゃない。
でも「分かってもらえなかった」記憶がある。
病気を打ち明けることへの怖さ、
「気の持ちよう」と言われる不安。
しかし実際には、
・具体的な言葉は下手
・感情表現もぎこちない
それでも「戻ってきていい場所」がある。
親は、治し方を知らない。
でも「排除しない」。
この章では
支え=理解ではなく、許容だと示される。
主人公はここで初めて、
「逃げる」ことを自分に許す。
第5章 医師とのめぐり逢い
― ラベルを貼られた安心と怖さ ―
診察室。
淡々と告げられる診断名。
名前がついた瞬間、
ほっとする
でも同時に、縛られる怖さも生まれる
「私は“そういう人間”になったのか?」
医師は
・感情に寄りすぎず
・突き放しもしない
病名を“説明書”として扱う
第6章 死にたい、再び
― 治ると思ったあとに落ちる絶望 ―
薬が効いた。
少し動けた。
笑えた。
だからこそ来る反動。
「治ると思ったのに」
期待した分だけ、落差が深い。
ここでの「死にたい」は、
強烈な衝動というより 静かな諦め。
支えてくれる人がいるからこそ、
「これ以上迷惑をかけたくない」という思考に変わる。
わかった。
第7章 自殺未遂
― 失敗したことが、なぜか始まりになる瞬間 ―
「もう大丈夫だと思ったんだよね」
そう言うと、あとから自分で自分に腹が立つ。
大丈夫だと思った、なんて言葉は、今思えば軽すぎる。
でも当時の私は、確かにそう感じていた。
朝、目が覚めた。
目が覚めた、というより、意識が戻った、に近い。
布団の中で天井を見つめながら、
「今日はいけるかもしれない」
そんな予感が、うっすらと胸の奥にあった。
この“うっすら”が、いちばん厄介だ。
完全に元気なわけじゃない。
でも、完全にダメでもない。
この中途半端な状態は、希望と勘違いしやすい。
私は、少しだけ体を起こした。
少しだけ水を飲んだ。
少しだけ外の音を聞いた。
それだけで、「前進している気」になった。
――ほら、できてる。
――昨日よりは、マシ。
――この調子なら。
頭の中で、そんな言葉が静かに回り始める。
誰に言われたわけでもない。
自分自身が、自分に言い聞かせているだけだ。
本当は、まだ重かった。
胸の奥は、相変わらず鉛みたいだった。
息を吸うたびに、体の内側で何かが軋む感覚も消えていない。
でも私は、それを無視できる程度には動けてしまった。
それが、後から考えると、いちばん怖い。
完全に動けない時期は、ある意味で安全だった。
布団から出られない。
考える力もない。
選択肢が、そもそも存在しない。
でもこの日は違った。
考えられてしまった。
選べてしまった。
「このまま、また落ちるくらいなら」
その一文が、頭の中に浮かんだ瞬間、
空気が少し変わった気がした。
落ちる未来が、やけに具体的に見えた。
また動けなくなる。
また迷惑をかける。
また期待して、また裏切る。
“治るかもしれない”と思った直後だからこそ、
“治らなかったとき”の想像が、異様に鮮明だった。
私は、怖かった。
死ぬことが怖い、というより、
生き続けることの再放送が怖かった。
同じ絶望。
同じ謝罪。
同じ「ごめんね」という言葉。
夫の顔が浮かんだ。
心配と疲労が混じった、あの表情。
「これ以上、あの顔をさせたくない」
この考えは、一見すると優しさみたいに見える。
でも今なら分かる。
それは優しさじゃない。
自分が耐えられない感情から逃げたいだけだった。
逃げ道を探す思考は、驚くほど静かだった。
泣き叫ぶこともなかった。
衝動的に何かを壊すこともなかった。
ただ、淡々と、
「ここで終われば、全部止まる」
という考えが、机の上に置かれたみたいに存在していた。
止めたかったのかもしれない。
苦しさを。
繰り返しを。
期待を持ってしまう自分を。
でも同時に、
「助けてほしい」という感情が、
完全に消えていたわけでもない。
この矛盾が、私を一番混乱させていた。
死にたいのに、怖い。
終わらせたいのに、誰かに見つけてほしい気もする。
消えたいのに、完全に消える覚悟はない。
そのどれもが中途半端で、
だからこそ、判断を誤る。
今振り返ると、
あの瞬間の私は、
“生きる決断”も
“死ぬ決断”も
どちらもできていなかった。
ただ、止まりたかっただけだった。
思考が、ある一点に集まっていく。
選択肢が、一本に絞られていく。
その過程は、嵐みたいじゃない。
むしろ、凪に近い。
静かで、冷えていて、
自分でも「おかしい」と思うほど落ち着いていた。
この落ち着きが、
後から思い返すと、いちばん危険だった。
――ここで終わりにしよう。
――これで、もう誰も困らない。
その言葉を、
誰に聞かせるでもなく、
ただ、心の中で繰り返していた。
そして私は、
一線を越えた。
第8章 躁の時
― 世界が全部“できる気がする”危うさ ―
一転、エネルギーが溢れる。
考えが早く、言葉が止まらない。
「もう大丈夫」
「私は特別だ」
周囲が不安を感じるほどの高揚感。
医師や夫とのすれ違いも発生。
第9章 鬱の時
― 何もないのに、全部が重い日々 ―
躁の反動としての鬱。
理由はない。
でも、動けない。
この章はとても静か。
時間の流れが遅く、思考が重い。
「前に戻った」ように感じるが、
実は以前と違う点が一つある。
一人で抱え込まなくなっている
完全な回復ではない。
でも、孤立していない。
第10章 エンディング
― 治っていないけど、生きている現在地 ―
完治エンドではない。
ここがとても大事。
・薬はまだ飲んでいる
・波はある
・不安も消えていない
それでも
・今日を生きている
・誰かと笑える
・助けを求められる
最後は強い希望じゃなく、
現実的で、静かな肯定。
「治ってはいない。
でも、生きている。
それでいいと思える日がある。




