第3章 :葛藤と罪悪感
夫の存在は、確かに私を支えてくれていた。
でも、それと同時に、心の中に重い罪悪感も芽生えていた。
「こんな自分を見せて、迷惑をかけていいのだろうか」
「助けてもらう資格なんて、私にはない」
毎日のように、そんな思いが胸に渦巻く。
夫がしてくれることは、些細なことばかり。
食事の準備、洗濯、声かけ、テレビの音量を気にする配慮。
それだけで、私の生活はなんとか回っていた。
でも、心のどこかで、私はそれを「当たり前」と受け取れなかった。
「本当は私がやらなきゃいけないのに」と思うたび、自己嫌悪が深く沈み込む。
夜、ベッドに横になりながら思う。
「この人は、私のためにどれだけ時間と気力を使っているんだろう」
「私は何も返せていない」
その思いが募るたび、心はさらに重くなる。
支えられることが、愛情を感じる瞬間であると同時に、罪の意識を呼び起こす。
そして、ふとした瞬間に思う。
「支えがあるから、まだ生きられている」
「もしこの支えがなかったら、私はもう……」
その考えは、怖くて口には出せない。
でも、胸の奥で、確かに存在している。
夫の存在をありがたく感じるたびに、
その感謝の裏に、自己嫌悪と罪悪感が重なる。
「私は、この人に迷惑をかけ続けるだけの存在なのではないか」
「この状態のまま、生きていていいのだろうか」
心の中で、問いかけは止まらない。
支えられることが、救いであると同時に、重荷にもなる。
そんな葛藤が、日常の中で常に揺れ動く。
笑顔を見せることができる日もあれば、
涙が止まらず、何もできない日もある。
夫は、そのどちらも否定せずに受け入れてくれる。
その態度が、罪悪感と葛藤を和らげることもあれば、
逆に「こんな自分でいいのか」という思いを深めることもある。
支えられることの複雑さ。
助けられる安心感と、自己嫌悪の同居。
それを抱えながら、私は今日も生きている。
完全に救われたわけではない。
でも、支えの存在があることで、ぎりぎりのところで立っていられる。




