私が双極性障害?!
違和感の芽生え
朝の光が窓から差し込む。カーテンの隙間から漏れる柔らかな光が、布団の上に落ちる。目を開けた瞬間、なぜか心が軽く、体が弾むような感覚に包まれた。「今日は何でもできそうだ」と、直感的に思った。昨日までの沈んだ気分は、まるで別の世界のことのように遠く、どこか他人事のようだった。
コーヒーを淹れながら、今日は仕事がはかどりそうだと考える。アイデアも次々と浮かび、頭の中でスケジュールが完璧に組み立てられる。机に向かう前から、文章や絵を描く自分の姿がはっきりと想像できた。心が軽やかすぎて、少し怖いくらいだった。
だが、同時に胸の奥で小さな違和感がくすぶっていた。何かが「いつもと違う」と警告しているような、言葉にならない不安だ。昨日までは、普通に感じていた些細なことが、今日は妙に輝いて見える。通りを歩く人々の声、電車の音、スマホに届く通知…すべてが、自分の感覚を刺激しすぎている気がした。
会社に向かう道すがらも、歩く足取りは軽く、頭の中は整理され、どんどんアイデアが膨らむ。「今日は誰よりも仕事ができるかもしれない」と心のどこかで思う自分がいる。それと同時に、「でも、これがずっと続くわけじゃない」という、微かな恐怖も感じた。理由はわからない。けれど、直感的に「この高揚は長くは続かない」と思ったのだ。
午前中、デスクに向かって作業を始めると、確かに集中力は異常なほど高かった。メールの返事も早く、資料の整理も普段よりスムーズに進む。思考はクリアで、次々と問題を解決できる感覚。自分でも驚くほどだった。「こんなに調子がいいなんて、何か悪いことが起きる前触れなのではないか」と、頭の片隅で警戒心が生まれる。
家に帰る頃には、体は疲れていないのに心がやけに昂ぶっていた。料理をしながら、テレビをつけ、SNSをチェックし、メールに返事を書き、さらに明日の予定を立てる。すべての行動に、どこか異常なスピード感があった。「こんなに自分が動けるのは珍しい」と感じながらも、その裏で、心のどこかが「このままではいけない」と警告していた。
その夜、布団の中で、「もしかして自分、何かの病気かもしれない」と思った。日中の異常な高揚、集中力の異常さ、そして同時に感じた小さな恐怖。この違和感は、ただの疲れや偶然では説明できない。自分の心と体が、普段とは違うリズムで動いていることに気づいた瞬間だった。
波の開始
次の日の朝、目が覚めると、昨日とは違う感覚が体を包んだ。胸の奥に重たい鉛が沈み込むような感覚があった。体は動かしたくないのに、頭の中はぐるぐると考えが回り続ける。「昨日はあんなに元気だったのに、今日はどうしてこんなに動けないんだろう」と、心の中で自分を責めた。
朝食の準備すらできず、台所で立ったり座ったりを繰り返す。コーヒーの香りやパンの焼ける匂いは昨日と同じなのに、全く心に届かない。視界の端で夫が出かける準備をしている音が聞こえるが、声をかける気力すら湧かない。「仕事に行けるだろうか」という恐怖が胸に刺さる。
会社に向かう途中、駅までの短い距離ですら疲労感に押し潰されそうになる。電車の中でスマホの画面を眺めるが、文字は頭に入らない。会社に着いても、机に座るだけで精一杯。手元の資料は山のように重く、簡単なメールさえも送れない。孤独感と絶望が胸を覆う。
昼休みも食欲はなく、おにぎりを手に取りながらも口に運ぶことができない。周囲が笑っているのに、笑えない自分。孤独と絶望が混ざり合い、胸の奥で小さな声が「もう終わりにしたい」とつぶやく。午後も状況は改善されず、頭は真っ白で、会議中の言葉も理解できない。帰宅の道では、街の景色が灰色に見え、世界から切り離されたような感覚に襲われる。
夜、布団に入っても心は休まらない。昼間の無力感が頭をぐるぐる回る。なぜ昨日は元気だったのか。自分は変なのか、病気なのか、それとも怠けているだけなのか。答えは出ない。ただ、胸の奥に漠然とした不安と孤独が残るだけだった。
自己観察
翌日も心の波は静まらなかった。朝の微かな高揚と沈滞が混ざり、胸の奥で小さなざわつきが続く。そこで、初めて「自分を観察する」という行為を意識する。ノートを取り出し、体調、気分、仕事の効率、食事、考えたことすべてを書き込む。
最初は面倒で途中で投げ出したくなる。けれど書き続けるうちに、少しずつ自分の心の動きが見えてくる。ある日は朝から元気で、思考が加速し、仕事も捗る。昼過ぎには急に沈滞し、体は重く、何もできなくなる。波の差が日に日に大きくなるのを、自分の手で記録しながら理解しようとした。
自己観察は、単なる記録ではなく、心を整理する行為になった。波に振り回される自分を眺め、受け入れる練習。完璧には理解できなくても、観察することで少しだけ自分が主体的になれた気がした。
病名との出会い
ある日、パソコンで「気分の波」「極端な気分の変化」と検索する。画面に現れた症状が、自分の体験と重なった。高揚感、思考の加速、無力感、何もできない日々…。そして目に飛び込んできた言葉――「双極性障害」。
胸の奥でざわつく感覚と同時に、小さな光が差す。「私の感じていたことには名前があるのかもしれない」。言葉にすることで、目に見えない心の波が形になった。だが同時に恐怖も生まれる。「この状態は病気なのか…。治るのか?」
夫に少し話すと、手を握ってくれた。孤独の中に、小さな安心が生まれる。ノートを見返し、躁と鬱の波を視覚化しながら、少しずつ自分が何に苦しんでいるのか理解できるようになっていった。
最初の相談と葛藤
病名を知った後、医師に相談するかどうかで葛藤する。恐怖、孤独、自己嫌悪が交錯するが、生活に支障が出る現実が相談への勇気を後押しする。夫の静かな支えもあり、ついに病院へ。
診察室で自分の言葉で症状を説明すると、胸の奥の重みが少しずつ和らぐ。まだ安心できるわけではないが、恐怖に押し潰されずに前に進もうとする自分を感じる。夜、家に帰って布団で手帳を開くと、小さな達成感と不安が混ざる。しかし、孤独に押し潰される日々は少しずつ終わりに近づいていた。医師、夫、自己観察――三つの支えが、私の心を支え始めていた。




