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ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第2章 大学編

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第9話「球数という檻」

伊藤がベンチに座るようになって、しばらく経った。


スコアブックを膝に置く位置。

ペンを走らせる速さ。

ボールが飛んだ瞬間に、視線が自然と上がる癖。


意識しなくても、身体が動く。


それでも――

夏目くんの背中だけは、どこか掴めなかった。


--


ここ最近、どこの大学も夏目くんが投げる時は同じことをしている。

振りに来ない。

打つ気がない。

その代わり、徹底して球数を投げさせてくる。


試合前のミーティングでも、はっきり言われていた。


「粘ってくるぞ。

 追い込んだらボール球を振らせろ」


それは、夏目くんに向けられた言葉だった。


一回表。

先頭打者は初球を見送り、二球目をファール。

三球目も、四球目も当てるだけ。


カウントが深くなり、最後は外角のカーブで空振り三振。


スタンドが、わずかにざわつく。


伊藤はスコアブックに書き込みながら、

その違和感を無視できなかった。


(……最初から、これね)


夏目くんは、表情を変えない。

フォームは崩れず、球速は155前後。

コースは正確で、緩急を使って三振を狙う。


「いい入りだな」


ベンチの誰かが言う。


数字だけを見れば、確かに“正しい”。


二回、三回。

相手は振らない。

ファール、ボール、ファール。


三振を取っても、拍手は小さい。

代わりに増えるのは、球数だけだった。


三回を終えた時点で、球数はすでに40を超えていた。


伊藤は、ペンを持つ手に力が入るのを感じる。


(……このペース)


夏目くんは、何も言わない。

マウンドでも、ベンチでも。


高校の時なら、

ここで一段ギアを上げていたはずだ。


でも今は――上げない。


それが“求められていない”ことを、

彼自身が一番分かっているから。


四回、五回、六回

相手のやり方は変わらない。


当てて、逃げて、数を増やす。


伊藤の背後で、小さな声が聞こえた。


「……また球数か」

「6回までだな、これ」

「最初から決まってる感じだよな」


誰も、悪意を込めていない。

ただ、事実を並べているだけ。


それが一番、冷たい。


六回表。

三者凡退。


無失点。


それでも、ベンチが動いた。


「ここまでだ」


監督の声は短い。


夏目くんは、黙ってボールを捕手に渡す。

悔しそうでも、安堵している様子でもない。


マウンドを降りる背中は、

まるで最初から“決められていた役割”を

淡々と終えただけのようだった。


スコアは、0対0。


「ナイスピッチ」

「十分だろ」

「仕事したな」


称賛の言葉が並ぶ。


伊藤は、その言葉に違和感を覚える。


(……十分、って何)


リリーフが上がる。

少し緊張した顔の2年生投手。


初球。

甘く入ったストレートを、

強く引っ張られた。


ホームラン。


続く打者。

ファールで粘り、フルカウントから四球。


スタンドがざわつき始める。


さらに一打。

外野を抜けるタイムリー。


ベンチが、ざわめく。


伊藤は、スコアブックを見つめるしかなかった。


その後も失点を続け、六失点。


あっという間だった。


試合は、そのまま終わった。

0対6。


誰もが分かっている。

負けた原因は、リリーフだ。


だから――

誰も、表立って何も言わない。


ロッカールーム。


「切り替えよう」

「次、次」


形だけの言葉が飛び交う。


でも、空気は重い。


伊藤は、聞いてしまう。


「……でもさ」

「六回で降りるエースって、どうなんだろ」

「管理されすぎじゃね?」

「結局、あいつだけ特別扱いだよな」


小さな声。

聞こえないふりをしている声。


伊藤は、何も言えなかった。


夏目くんは、ベンチの端に座っている。

ユニフォームを脱ぎ、

静かに水を飲んでいる。


表情は、変わらない。


悔しそうでも、申し訳なさそうでもない。


それが、余計に距離を作る。


(……このままだと)


伊藤は、胸の奥が冷えていくのを感じた。


夏目孝太郎は、怪物ではなくなった。

だが、人にもなっていない。


勝つために管理され、

負ければ責任を背負わされ、

それでも感情を出すことを許されない。


その中で、

彼だけが、静かに取り残されている。


声をかけたい。

でも、かけられない。


今、何を言っても、

彼をさらに孤立させる気がした。


帰りのバス。


窓際に座る夏目くんの横は、空いている。


誰も、そこに座らない。


伊藤は、拳を握った。


(……見てるだけじゃ、ダメだ)


理由は、まだ言葉にできない。

でも、この違和感だけは、確かだった。


この野球は、

このまま続けてはいけない。


そう思った自分の気持ちを、

伊藤は否定できなかった。

 

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