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ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第2章 大学編

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第7話「降ろされるための投球」

その日の相手は、露骨だった。


帝京中央の先発が夏目孝太郎だと分かった瞬間から、

相手ベンチは“勝ちに行く”よりも、

“降ろしに行く”という選択をしているのが見えた。


一球目から、振らない。

二球目も、振らない。

追い込まれてからは、当てるだけのスイング。


ファール。

またファール。

粘る。

とにかく粘る。


(……そう来るか)


夏目はマウンドで、淡々とボールを受け取っていた。

苛立ちはない。

怒りもない。


ただ、分かってしまう。


これは「打てない」じゃない。

「打たない」選択をされている。


初回から球数は増えた。

三者凡退でも、二十球近く投げさせられる。

二回、三回と同じ展開が続き、

気づけばスコアブックに、無視できない数字が積み重なっていた。


——球数。


ベンチからは声が飛ぶ。


「いいよ、そのまま!」

「焦らなくていい!」


捕手も、ミットを低く構えたまま言う。


「無理するな。

 カウント作れれば、十分抑えられる」


十分。


その言葉が、なぜか胸の奥に引っかかった。


抑えている。

点は取られていない。

チームは優位だ。


でも、この時間は何だ。


打者は勝負していない。

夏目とも勝負していない。


ただ、時間を使い、球数を増やし、

“エースを降ろすための作業”をしているだけだ。


(……埒が明かない)


六回。

二死。


また粘られた。

ファールが四球続き、カウントはフル。


夏目は一度だけ、深く息を吸った。


(……一球だけ)


サインは見ない。

確認もしない。


右腕に、ほんの少しだけ力を込めた。


——ズン。


白球が、空気を切り裂いた。


音が違った。

捕手のミットが、明らかに弾かれる。


167km/h。


バットは、振り遅れたまま空を切る。


三振。


スタンドが、ざわめいた。


しかし、そのざわめきが拍手に変わる前に、

マウンドへ声が飛んできた。


「夏目!」


捕手が近づく。


「今のはいらねえ!

 お前にそういうの求めてない!」


ベンチからも、監督の声。


「おい!

 誰が全力でいけって言った!

 怪我したらどうする!」


夏目は、何も言わなかった。


言えなかった。


自分でも分かっている。

今の一球は、チームに求められてない。


でも。


(……じゃあ、俺は何をしてる)


七回。

球数は、すでに九十を超えていた。


まだ投げられる。

肩も、肘も、問題ない。


それでも、ベンチは動いた。


「交代だ」


マウンドを降りるとき、

スタンドから拍手が起きる。


「ナイスピッチング」

「さすがエース」


褒め言葉ばかりだった。


でも、夏目の胸の奥は、ひどく静かだった。


ベンチに戻る途中、

ふと、視線を感じる。


伊藤が、ベンチの端で立っていた。


声は届かない。

表情も、はっきりとは見えない。


ただ、こちらを見ている。


何も言えず、

何もできず、

ただ、見ている。


そのことだけが、分かった。


(……俺は)


席に座り、タオルを首にかける。


(勝つため?

 チームのため?

 怪我をしないため?)


全部、正しい。


正しいはずなのに。


(……楽しくないな)


ふと、そんな言葉が浮かんで、

夏目は自分に驚いた。


野球は、勝つものだ。

結果を出すものだ。


そう思ってきた。


なのに今、

何のために投げているのかが、分からない。


マウンドに戻りたいとも思わない。

このまま終わりたいとも思わない。


ただ、宙ぶらりんだった。


伊藤は、最後まで何も言わなかった。


その日、

彼女は“見ることしかできない”立場にいる自分を、

初めて、はっきりと自覚していた。


そして夏目は、

野球が嫌いになったわけでも、

諦めたわけでもないまま、


——理由だけを、見失っていた。

 

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