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ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第1章 高校編

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第66話「夏目家 家族会議」

夕飯の時間だった。


夏目家の食卓には、いつもと違う光景があった。

湯気の立つ味噌汁。

山盛りの白米。

そして――テーブルの端に積み上げられた封筒の山。


分厚い。

多い。

多すぎる。


父は一番上の封筒を持ち上げ、眉をひそめた。


「……これ全部、孝太郎宛か?」


母は、慣れた様子で頷く。


「うん。今日だけでこれよ。

昨日の分はもう別にしてあるわ」


父は新聞を置いた。


「別にしてある、の次元じゃないだろ」


母は一通ずつ確認しながら言う。


「プロ球団」

「大学の特待」

「推薦」

「強化指定……」


そこで一瞬、手が止まる。


「……海外?」


父が反射的に聞く。


「英語できたか?」


夏目は、白米をかき込みながら言った。


「会話は苦手」


即答。


父は頷いた。


「だろうな」


母は封筒を戻し、少しだけ真面目な声になる。


「孝太郎」

「今日は、ちゃんと話しましょう」


父も姿勢を正す。


「進路の話だ」


夏目は箸を止めた。


母が続ける。


「正直に言うとね」

「私たち、考えが変わったの」


父が補足する。


「甲子園優勝」

「完全試合」

「ここまで来たら……」


母は頷く。


「野球で進むのも、アリだと思うようになった」


夏目は、少し考えてから言った。


「帝大理Ⅲ」


一瞬、空気が止まる。


母が聞き返す。


「……え?」


「帝大理Ⅲ」


父が目を細める。


「医学部の?」


「日本で一番難しいとこ」


母が封筒の山を指す。


「今、野球の話してたの分かってる?」


「分かってる」


「で、理Ⅲ?」


「理Ⅲ」


父は天井を仰いだ。


「話の方向が、直角どころか反転してる」


母が食い気味に言う。


「ちょっと待って」

「理Ⅲって、野球の“ついで”で行く場所じゃないの」


「ついでじゃない」


「じゃあ、野球は?」


「やる」


母の目が見開かれる。


「どこで!?」


「大学」


「……理Ⅲで?」


「理Ⅲで」


父が真顔で言う。


「医学部の野球部、想像したことあるか?」


母も乗る。


「解剖学のあとに素振りしてる人、見たことないわよ?」


夏目は少し考えた。


「……練習着に着替える」


母が吹き出した。


「そこじゃない!」


父はこめかみを押さえる。


「じゃあ聞く」

「なんで理Ⅲなんだ」


夏目は、少しだけ間を置いた。


全員が、理由を待つ。


「……日本で一番、難関だから」


母「…………」


父「…………」


母が恐る恐る聞く。


「それだけ?」


「それだけ」


「医者になりたい、とかは?」


「ない」


「研究したい、とかは?」


「ない」


父が信じられないものを見る目で言う。


「じゃあ何で?」


夏目は、淡々と答えた。


「一番難しいとこ、行きたい」


母が頭を抱える。


「人生の進路決める理由じゃない!」


父は逆に笑い始めた。


「……いや」

「逆に、こいつらしい」


母が父を見る。


「らしいで済ませていいの!?」


父は肩をすくめる。


「こいつ、小学生の頃も」

「“一番分厚いドリル買ってきて”って言ってた」


母は思い出したように言う。


「あ……言ってた……」


夏目は、再びご飯を食べ始める。


「野球も」

「勉強も」

「一番キツいの、両方やる」


母がため息をつく。


「普通は、どっちかにするのよ」


「両方やる」


父は、少し真剣な声になる。


「途中で、投げ出さないな?」


「投げない」


「しんどくても?」


「しんどい方がいい」


母がぽつりと言う。


「……意味分かんないわ」


父は笑った。


「怪物らしいからな」


夏目は立ち上がりながら言う。


「怪物じゃない」


「じゃあ何だ」


少し考えて、答える。


「日本一のガリ勉ノッポ」


母が腹を抱えて笑った。


「なによそれ!」


父も笑う。


「高校最後に、それか」


夏目は廊下に向かいながら言った。


「勉強してくる」


母が呆れる。


「今から!?」


「今から」


ドアが閉まる。


机の椅子を引く音。


母はその音を聞きながら言った。


「……ほんと、ブレないわね」


父は頷いた。


「だから、ここまで来たんだろ」


食卓には、まだ封筒の山がある。


でも、もう誰も気にしていなかった。


夜は静かだった。


日本一のガリ勉ノッポは、

今日も黙って机に向かっていた。


――高校編、完。



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