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ステータスALL Sの受験生が170キロで高校野球を終わらせた件  作者: 白峰レイ
第1章 高校編

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第61話「夏の終わりが近づく音」

決勝の空気は、

準決勝までとはまったく違っていた。


鳳来高校の守備練習の音だけが、

乾いた金属音のように球場に響く。


開明ナインは黙って見つめていた。


(……うっま)


山田が思わず口を開く。


ショートの一歩目が速い。

外野の返球が伸びる。

内野は“当たり前”のようにボールを捌く。


強豪の“格”が、ウォーミングアップで伝わってくる。


そんな中。


夏目孝太郎は、ゆっくり右肩を回していた。


甲子園後半はほとんど左で投げていた。

しかし今日、迷いなく右で投げる準備をしていた。


理由は聞かれても答えられない。


ただ――

“右で投げたい気がする”

それだけだった。


胸の奥で、

誰にも言えないもう一つの感覚が膨らんでいく。


(……終わりたくねぇな)


このチームでの野球が終わるのが、嫌だった。


自分でも驚くほど、その気持ちが大きかった。


 


プレイボールのサイレンが鳴り、

夏目は右手で白球を握った。


先頭打者へ初球。


ズバァァァン。


浮き上がるような右ストレート。

左とは全く違う質の球。

それは試合を追うごとにさらに進化していた。


バットは遅れて空を切る。


二球目、三球目。

変化球を混ぜる必要すらなかった。


三振。


二番も三番も、

“初見では打つのは不可能”という顔で戻っていく。


鳳来ベンチに、わずかに焦りが走った。


 

そして一回裏の攻撃。


先頭の佐藤が内野安打で塁に出る。


続いて夏目。


初球、胸元のストレートを

軽く払うように振った。


カキィィン。


打球はレフトスタンドの最前列に吸い込まれる。


実況席がどよめくより早く、

鳳来の外野陣が顔を見合わせた。


「……あれで入るの?」


「いや普通におかしいだろ……」


夏目はベースを回りながら、

少しだけ空を見た。


(……終わりたくないのに、点は取りたいのか俺)


自分でも笑うしかない感情が胸の奥に渦巻いた。



だが――

それでも、彼らは沈まない。


2回表、夏目のスライダーに四番がくらいつく。


ショート渡辺が飛びつく。

止めた。

一塁送球


「アウト!」


セーフかアウトかギリギリのシーンではあったがアウト判定。


次の打者へ淡々と投げ続け、

結局ランナー出さずに終わらせた。


危なげない。

でも、可能性のある打撃だった。

 


そこからは、

ただただ怪物と怪物校の投手戦だった。


鳳来の守備は歴代でもトップクラス。

開明打線は、夏目以外ほとんど出塁すらできない。


夏目は夏目で、

右のストレートを主体に淡々とゼロを並べる。


スコアボードは

2と0がずっと貼り付いたまま動かない。


(……終わるのか?この夏)


マウンドに立っているのに、

胸の奥では別の試合が始まっていた。


“終わりたくない”という感情が、

静かに、でも確実に膨らんでいく。


 


そして五回。


鳳来の打者がファウルで粘り始めた。


まともに当てられたわけではない。

ただ“終わらせない”という意志が見える打席。


夏目はボールを受け取ったまま、

瞬間だけ、ほんの一瞬だけ立ち止まった。


(……なんだよこれ)


胸の奥が苦しい。


苦しいのに、嫌じゃない。


(こんな気持ち、知らない……)


この夏を終わらせたくない。

でも、進まなきゃいけない。


そんな矛盾した感情が、

初めて夏目の“投げる”を揺らした。


佐藤が構えながら気づく。


(……夏目。ちょっと、変だ)


点は動かない。

試合も動かない。


でも――

夏目の胸の奥だけが、

確実に動き始めていた。


 

そのまま五回が終わり、

決勝戦の第一章は静かに幕を閉じた。




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