第45話 「世界が本気で恐れ始めた夜」
試合が終わった瞬間、
甲子園は“歓声”ではなく“ざわめき”で満たされていた。
右腕が限界に近づき、球速は142km。
誰もが「終わった」と思ったその時――
夏目は、県大会で一度だけ見せた左腕を解禁した。
ただの左ではない。
160km/h。
ジャイロ回転で伸びながら僅かに沈む“魔球系ストレート”。
スタンドは混乱し、誰も状況を理解できなかった。
(なんで左も速いんだよ……)
(いや、これ左の方が打てねえんじゃねえか?)
(ジャイロボールって漫画だけの話じゃねえの?)
その驚愕の余韻が残ったまま、佐藤が逆転サヨナラヒットを放ち、試合は幕を閉じた。
しかし観客の脳には、まだ“夏目の左腕”しか残っていなかった。
◆ Tmitter ― トレンドが崩壊する
1位:夏目孝太郎(17)
2位:ジャイロボーラー
3位:二刀流?
4位:県大会の伏線回収
5位:両腕世界最速候補
6位:佐藤サヨナラ
7位:完全にゲーム
8位:相手が気の毒
9位:スカウトの寿命
10位:野球物理崩壊
タイムラインはもはや実況ではなく“怪談”に近い。
《右がダメなら左でジャイロボール投げてくる高校生》
《今日の試合、情報量が多すぎて胃もたれする》
《佐藤がヒーローのはずなのに、夏目のせいで“エンディングBGM”扱い》
《いやサヨナラ打ったの佐藤なんだが?》
《でも160出した左腕のせいで全部吹き飛んだ》
《夏目の人生、普通に漫画家泣かせの展開》
◆ なんB
スレタイ①
【悲報】夏目、右170キロ→左で160ジャイロ【甲子園3回戦】
1 :風吹けば名無し
ジャイロボールって実在したの?
11 :風吹けば名無し
たぶん漫画のキャラが憑依してるわ
18 :風吹けば名無し
右が壊れそうになると左が覚醒ってゲームのバグ技か?
22 :風吹けば名無し
てか左のジャイロが意味わからん。伸びながら沈むって何?
33 :風吹けば名無し
佐藤のサヨナラめっちゃ熱かったのに
完全に夏目の成長イベントに飲まれてて草
47 :風吹けば名無し
スカウト「右が壊れても左がいるから安心」
↑安心するな
スレタイ②
【朗報】佐藤、実は普通にすごい【主人公の被害者】
3 :風吹けば名無し
キャッチャーで173キロ受けて打撃も強いの普通にやばい
10 :風吹けば名無し
夏目のせいで全部霞んでるけど、佐藤って高校トップクラスの天才だよな?
29 :風吹けば名無し
今日の佐藤は普通にスカウト案件
ただ夏目の存在がデカすぎて誰も覚えてない
スレタイ③
【悲報】南浦の監督、心が折れる
5 :風吹けば名無し
南浦の監督、左で投げた時の絶望した顔よ……
18 :風吹けば名無し
夏目のあの球、カットしてた選手達も凄かったがな
◆ 海外掲示板
スレタイトル
「A Japanese high schooler just threw 100mph LEFT-handed」
Topコメント
・This kid literally switches arms like switching weapons in a video game.
・He threw 100mph right-handed last week. WHAT IS HAPPENING.
・Stop evolving mid-game, bro.
・Are we sure he is 17?
・He hasn’t even graduated, yet pro teams at the highest level are already battling for him.
外国人がGIFで夏目のフォームを解析し始める。
「左腕の回転が理解不能」
「日本の高校野球にX-MEN混ざってる」
「佐藤のwalk-off is amazing but Natsume stole the entire movie」
◆ スポーツニュース(国内)
《夏目孝太郎(17)、左腕で160km/h。ジャイロボーラーに各界震撼》
《“伏線の左腕”の魔球が凄すぎて対策不能》
《名将率いる南浦、ジャイロボールに粉砕される》
《開明の佐藤、値千金のサヨナラ。しかし情報量が渋滞》
さらに別紙はこう書いた。
《夏目はまだ完成していない。成長曲線が“上を向いたまま”だ》
◆ スカウトの反応(地獄)
「右が崩れて左が覚醒……?そんな仕様ありえるか?」
「いや“右左どちらもドラ1級”って言葉、初めて使った」
「人間の成長速度の範囲からズレてる」
「次も投げるなら……まだ上がる可能性がある」
評価書の備考欄には、こう残された。
《理解不能(good meaning)》
《説明できないが、とにかくすごい》
《観測を続けることが唯一の手段》
◆ 試合後の宿舎
全員まだ興奮で眠れない夜。
薄暗い部屋で、夏目は静かに考えていた。
(……右、まだ重い。たぶん左で投げた方がいいな)
しばらくして、小さく独り言が漏れる。
「……仕方ない、左だな」
それを聞いた中村は、布団の中で泣きそうになった。
(仕方ないのレベルじゃないんだよ……)
その横で佐藤はひっそりと拳を握っていた。
(……次も打つ。怪物とバッテリー組んでるんだから、俺も活躍しねぇと)
怪物の影響は、味方にも確実に広がり始めている。
甲子園3回戦。
終わってみれば――
“高3の夏の1試合”とは到底思えないほど、
世界に衝撃を与えた一日だった。
怪物はまだ成長途中。
その事実を、世界が本気で恐れ始めていた。




