第35話『怪物、聖地で173キロを解き放つ』
また、更新予約を忘れておりました……
申し訳ありません。
2話更新させて頂きます。
一回裏。
佐藤が四球で出塁し、球場の空気がざわついた。
そして二番――夏目孝太郎が、ゆったりと打席へ歩く。
その歩幅だけで、全国から集まった観客の空気がピリッと張りつめる。
夏目は、いつものように淡々とバットを構えた。
相手エース・志摩は全国屈指の技巧派。
普段はほとんど四死球がない、桜阪の柱だ。
その志摩が――なぜか謎のポーズで深呼吸している。
「あれ……?無のポーズ第7式……?」
相手ベンチから謎の単語が聞こえたが、佐藤はツッコミを飲み込んだ。
志摩がセットに入る。
初球。
インハイのストレート。
夏目は、迷いなく振った。
カキィィィィィィィンッ。
打球は甲子園のレフトスタンドへ一直線。
実況の声より先に、観客席の悲鳴が落ちる。
「入った!!」
「嘘だろ初球!?」
「軽く振っただけじゃん!!」
夏目はゆったりとダイヤモンドを回り、小さくつぶやく。
(……軽い)
本当にそれだけの感想だった。
桜阪ベンチでは、謎のポーズを決めていた隊長格の男子たちが崩れ落ちた。
「む……無のポーズが破られた……」
「志摩、集中してたはずなのに……!」
「これは……第3形態に移行すべきか……!」
どこの帝王だ、と佐藤は思った。
二回表。
夏目が淡々とマウンドへ戻ると、桜阪の四番が打席に立つ。
その瞬間、観客がざわついた。
理由は一つ。
四番の構えが意味不明だった。
足をクロス。
腕を掲げ。
なぜか仰向け気味。
(なんの構えだよ……)
佐藤の脳が処理を諦める。
四番は堂々と名乗るように叫んだ。
「俺こそ真の隊長……第四戦士!!」
完全に意味がわからない。
夏目は興味なさそうに投げた。
ズバァァァァン。
ボールがミットに収まった瞬間、四番は口をパクパクさせた。
「い、今の……見え……」
言い終わる前に二球目。
沈むカーブ。
「無理無理無理!!」
三球目。
ストレート。
四番は三球三振で崩れ落ちる。
桜阪ベンチでは隊長たちが真剣な顔で肩に手を置く。
「第四戦士……よく戦った……」
「敗北のポーズに移行しろ……」
(敗北のポーズってなんだ……)
以降も桜阪の打者は、
意味のわからないポーズを決めては、あっさり散っていった。
異様に揃った統率力でポーズを決め、
綺麗に三振していく姿は、もはや芸術だった。
観客も悟る。
――あ、これ完全試合ペースだ。
五回終了。
開明のリードは広がり、夏目の奪三振は二桁に届いていた。
夏目が肩を回しながら漏らした一言。
「……軽いな」
「さっきから、軽いってなんなんだよ!お前!!」
中村が悲鳴を上げる。
佐藤は夏目の背中を見つめ、胸がざわついた。
(こいつ……マジで全国を変える気だ……)
伊藤はスコアブックを握りしめる。
夏目の球速は、まだ上がっていた。
九回表。
スコアは9ー0。
球場全体が“記録の瞬間”を待っている。
桜阪最後の打者――隊長Zが、両手を天に掲げて打席へ。
「我が……終焉のポーズを見よぉぉぉ!!!」
観客から笑いが漏れた。
夏目は淡々とセットに入る。
投球。
ズバァァァァァァン。
173km/h。
隊長Zのバットが空を切る。
帽子まで飛んだ。
悲鳴と歓声が混ざった。
隊長Zは震えながらミットを指差す。
「……消える……ことあるんだな……」
二球目。
外角低め。
完璧なストレート。
三球目
内角高めのストレート。
バッターが思わず仰け反る。
ミットが破裂したような音を立て、審判の右手が上がる。
「ストライーク!! バッターアウト!!」
甲子園が揺れた。
実況が叫ぶ。
『完全試合!!
夏目孝太郎!!
なんと世界最速更新、173キロ!!
甲子園初登板で完全試合達成です!!!』
観客の歓声と悲鳴の渦の中、
桜阪の隊長たちは整列し、謎の敬礼ポーズを決めていた。
「隊長Z……よく散った……」
「我々の誇りだ……」
「敗北のポーズ……発動……」
何が起きているのか、誰にもわからない。
夏目は淡々とマウンドから降りた。
(……ほんと、軽いな)
“準備運動”でもしていたかのように。
こうして開明高校は圧倒的すぎる完全試合で、
初の甲子園勝利を手にした。
怪物は――
聖地でも、怪物だった。




