第24話 「夏目、ついに国家レベルで扱われ始める」
完全試合を達成した翌朝。
開明高校には、早朝にもかかわらず妙な気配が漂っていた。
校門前で男子生徒がざわつく。
「なんか……スーツの大人めっちゃ多くね?」
「え、今日って学校説明会?」
「いや、全員黒スーツで腕時計が高そうなんだけど」
女子たちもひそひそ声を漏らす。
「え、芸能人来るの?」
「もしかして夏目君……スカウト来たとか……?」
というより――
校門前が“就活フェア”みたいになっていた。
ズラリと並んだスーツ姿の大人たち。
手にはバインダー、胸には名札。
『○○ホークス スカウト部』
『○○ジャイアンツ 編成部』
『○○バファローズ 育成担当』
『○○海軍省(?)』
『厚生労働省(??)』
中村が登校してすぐ叫んだ。
「なんで野球と関係ない省庁が混ざってんだよ!!?」
スーツ集団は、夏目の姿が見えると一斉に身構えた。
「――来たぞッ!!」
「本物だ!!」
「記録映像よりデカい!!」
「生きてるのが不思議だ……」
夏目は、コンビニ袋を持って普通に歩いていただけだ。
それでも、周囲の空気は完全に“怪獣観察モード”だった。
夏目が歩み寄ると、スーツ軍団が一斉に名刺を差し出した。
「夏目くん!ぜひうちの球団へ!」
「高校生ドラフト1位指名確定レベルだ!」
「いや、今すぐ契約でもいい!!」
「契約金は希望額で!!」
「二億!?いや三億!?言ってくれ!!」
「夏目くん日本代表入りも視野にだね!!」
「まずは身体検査を――」
「うちのスカウトに握手を!!」
夏目は真顔で言った。
「……今日、数学の小テストがある」
スカウト一同が固まる。
「えっ……?」
「えっ、テスト?」
「プロ入りの話より優先……?」
「巨人より数学……?」
「この男……価値観が……健全すぎる……!」
中村が慌てて駆け寄る。
「夏目ぇ!!なんで断るんだよ!!プロだぞ!?プロ!!?」
「俺、大学行くし」
「学生の鑑かよ!!!」
伊藤も静かに近づいてきた。
「夏目君、学校に遅れるから無視していいわよ」
その一言で、スカウトたちがざわつく。
『誰だこの子……?彼女か……?』
『近い……夏目くんとの距離が近い……』
『夏目くんの心を掴める人物……!?恐ろしい……』
伊藤は無意識で夏目の袖をつまんだ。
「ほら行くわよ。授業始まる」
「……ああ」
その自然すぎる動作に、スカウトたちは震えた。
「こ、心を掴んでいる……完全に主導権を握っている……」
「彼女さんに嫌われたらうちの球団は終わりだ……!」
伊藤は振り返って冷静に言った。
「私、彼女じゃないし。あと、夏目君は勉強優先よ」
スカウトの目が一斉に光る。
「――“まだ”じゃないのか……?」
「“まだ”と解釈できる!」
「ワンチャンあるということでは!?」
「いや、恋愛事情に深入りしてる場合じゃない!!」
中村だけがパニックだった。
「なあ夏目!?プロ行こうぜ!?甲子園どころじゃねえぞ!?世界だぞ!?世界!!」
夏目はコンビニ袋からパンを取り出しつつ淡々と答えた。
「……俺は帝大理Ⅲ目指してるしな」
「怪物なのに志望校がガチ理系!!最強かよ!!!」
⸻
ホームルームが始まる頃、教室には“取材陣の殺気”が滲んでいた。
窓の外でカメラを構える新聞社。
扉の向こうで待ち構える雑誌記者。
担任が頭を抱える。
「夏目……お前……何したんだ……?」
夏目は淡々とノートを出した。
「投げただけです」
「投げただけで全国がざわつくか普通……!」
伊藤がプリントを配りながら、ちらりと夏目を見る。
(……この人、本当に“普通”の基準が違いすぎる)
しかし、そんな怪物でも。
自分がそばにいるだけで、
落ち着いた顔を見せることがある。
伊藤は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
(……困った人ね。
けど、嫌いじゃないわ)
⸻
夏目が弁当を持って屋上へ向かう途中、またしてもスーツ軍団が現れた。
「夏目くん!!!」
「せめて話を!!!」
「契約は卒業後でいい!高校生活は自由にしてくれ!!」
「大学行ってもいいから!!でも最終的にうちへ!!!」
「お願いだ!!球界を救ってくれ!!」
夏目は困惑した。
「……俺、野球そこまで好きじゃないんだが」
スカウトたちが絶望する。
「えっ……」
「この才能で……?好きじゃない……?」
「努力じゃなく才能……?いや才能でも説明がつかない……!」
伊藤が割って入る。
「すみません、彼、今から昼食なんで。邪魔しないでください」
その瞬間――
スカウト全員が礼をした。
「「「申し訳ありませんでしたァァァ!!!」」」
夏目がぽつりと言った。
「……なんで伊藤だと通るんだ?」
「あなたが言わないからよ」
「そうか」
(……そうなの!?と伊藤が内心叫んでいた)
⸻
昼食を広げた瞬間、いつもの半透明ウィンドウが開いた。
―――――――――――――
特殊クエスト
『スカウトを撃退せよ』
プロ球団があなたを狙っている!
だが今は受験が最優先!
うまくかわして学業を守り抜け!
報酬:振り分けポイント 30
失敗:記者会見に強制参加
―――――――――――――
「……また厄介なものが出たな」
伊藤がパンを齧りながら言う。
「でもあなたならできるわ。
スカウトを避けるなんて……走力Sの得意分野でしょ?」
夏目は苦笑した。
「それ、そういう意味の走力じゃないだろ」
「どっちも同じよ。逃げればいいだけだもの」
「……お前、本当に俺の扱い雑になってきたな」
伊藤は小さく微笑んだ。
(雑なんかじゃない。
ただ……あなたと話すのが楽しくなってきただけよ)
胸の奥がまた、ほんの少し熱くなる。
⸻
その日の放課後
校門を出ようとすると、道路の向こうに再びスーツ軍団。
夏目はそっと呟いた。
「……逃げるか」
伊藤が横で言った。
「走力Sが本領発揮ね」
中村が叫ぶ。
「おい待てぇぇぇ夏目ぇぇぇ!!!
話だけでも聞けぇぇぇえええ!!!」
スカウトたちも叫ぶ。
「ま、待ってくれぇぇぇええ!!!」
「球界の宝ぁぁぁぁああ!!!!」
しかし――
夏目が地面を蹴った瞬間、
ドッ!
という爆発音じみた足音と共に視界から消える。
スカウトたちが呆然とつぶやく。
「本当に人か……?」
「足が……光ってた……」
「いや、あれは疾風……いや風神……?」
伊藤は静かに髪をかき上げた。
「……あの人、本当に自由ね」
その瞳はどこか楽しそうだった。




