第21話 「好きじゃない。……たぶん、まだ。」
記者会見から数日。
学校はまだ騒がしかったが、
当の本人――夏目孝太郎は、相変わらず淡々としていた。
授業も、筋トレも、ジム通いも変わらない。
人が何を言おうと、夏目は夏目だった。
ただ一人。
その“淡々とした怪物”の隣に座る少女だけは、少しずつ変わり始めていた。
伊藤玲奈である。
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昼休みの屋上。
風が静かに吹く中、伊藤は弁当を広げながら隣の男を横目で見ていた。
夏目はコンビニパンの裏側に浮かぶ半透明の“何か”を凝視している。
(完全にステータスを見てる顔ね……)
「……今日もクエスト?」
問いかけると、夏目はパンを齧りながら平然と答えた。
「いや、今日は“早弁するな”って怒られた」
「誰に?」
「クエストに」
「なによ、その教育方針……」
思わずツッコミつつも、
最近、自分が夏目を“観察している時間”が増えていることに気付く。
身長210cm超の巨体。
でも不思議と、威圧感より安心感がある。
無表情なのに、ときどき妙に子どもっぽい。
(……なんで私、この人のこと気にしてるのよ)
胸がざわつき、伊藤は視線をそらす。
夏目が何気なく言った。
「最近、俺の周りが騒がしいな」
「あなたが原因よ」
「俺、特に何もしてないだろ」
「してるわよ。全校生徒の価値観破壊してるでしょ」
夏目は本気で理解していない顔をしていた。
その無防備さが、時々ずるい。
「ねえ夏目君」
「なんだ」
「野球、別に好きなわけじゃないのよね?」
「別に好きじゃない」
「なのに、あんなに投げられるの?」
「ポイントがあるからな」
「その単語ひとつで説明終了するの、ほんとやめて」
伊藤の声が少し柔らかくなる。
もちろん夏目は気づかない。
そこで夏目が、ふと思い出したように言った。
「……そういえば俺、ゲームってしたことないはずなんだけどな」
「え? ないの?」
「たぶん。記憶にない。
でも“クエスト”とか“ステータス”って言葉だけ妙にしっくり来るんだよな」
伊藤は一瞬だけ動きを止めた。
「……それ、ちょっと怖いわよ」
「自分でもよくわからん」
夏目は淡々としているが、
伊藤の胸には小さな違和感が残った。
(……夏目君って、ときどき本気で謎すぎる)
その謎が、なぜか目を離せなくなる。
⸻
夕暮れ。
二人でグラウンド横を走るのも、もう習慣になっていた。
夏目がふとつぶやく。
「……伊藤。最近、体力ついたな」
「当然よ。あなたに毎日付き合ってるんだから。
夏目くんも調子よさそうね。何かやってるの?」
「ステータスを上げてるからな。ゲームに影響されてるらしい」
伊藤は思わず笑った。
「……ゲームって言うくせに、やったことないんでしょ?」
「ないはずなんだけど……
まあ、たぶん気のせいだ」
「気のせいで片づけるの!?」
笑いながらも、伊藤の胸の奥に
“答えの出ない違和感”だけが静かに残った。
そんな中、夏目が言う。
「伊藤、もっと腕を振った方がいい」
「あなたに言われると悔しいんだけど」
「効率の話だ」
「はいはい、効率厨ね」
そう言いながらも素直にフォームを直してしまう。
(……ほんと、なによこれ)
胸がじんわり熱い。
⸻
汗を拭きながら歩く帰り道。
夏目が水を飲みながら言った。
「明日も走るのか?」
「当然でしょ?」
「お前、根性あるな」
「褒めてる?」
「事実を言っただけだ」
「褒めなさいよ」
軽く拗ねた声が出てしまった。
自分でも驚く。
夏目はふと言った。
「……そういうところ、かわいいな」
「…………え?」
時間が止まった。
夏目は気にせず続ける。
「走る時、口がへの字になるのが面白い」
「今のなし!!」
伊藤の顔が一瞬で真っ赤になる。
心臓がさっきより速い。
走ってもいないのに。
夏目は首をかしげる。
「消去は無理だ。脳に直接保存されるらしい」
「だからそのゲーム用語やめなさいってば!!」
怒鳴りながら歩く背中は――
どこか嬉しそうだった。
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夜。
ノートを開きながら、ふと手が止まる。
昼休み。
ランニング。
帰り道。
何度も、夏目の言葉が浮かぶ。
(……かわいい、って言われたの、初めて……)
頬がじんわり熱い。
「……どうしよう。
このままだと、私……」
胸の奥で生まれた感情を、まだ認められない。
枕に顔を埋め、叫んだ。
「違うから!!好きとかじゃないから!!
ないったらない!!」
そして、誰にも届かない小さな声で。
「……たぶん、まだ」
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