第19話 ネットが震えた夜――拡散される「県大会の怪物」
県大会初戦――
夏目がレフトでレーザービームを放ち、
170キロの豪速球で三者三振を奪い、
ボール球をホームランにした、
あの試合。
その全てを。
誰かが“撮っていた”。
いや、“複数の誰かが撮っていた”。
そしてその夜。
Tmitter・TrikTok・YourTubeショート・なんB。
ありとあらゆるSNSで、謎の動画が一斉に伸び始めた。
⸻
【拡散中】県大会に化け物現れるwww(動画あり)
動画①:レフトの化け物レーザービーム
・キャッチ → 助走ゼロ → 本塁ノーバウンド
・再生数:32万
動画②:170キロ投球(スピードガン写り込み)
・「ハイ170(ピッ)」→ 打者のバットが空を切る
・再生数:200万
動画③:ボール球ホームラン(解説不能)
・ワンバウンドのボールにフルスイング
・再生数:120万
動画④:敬遠からの二塁三塁盗塁
・ベンチの中村の「なんで戻ってきてんだよ!!」が人気
・再生数:51万
動画⑤:最後の三者三振でベンチがざわつく
・夏目の背中が“バケモノ演出”で切り抜かれている
・再生数:102万
動画⑥:キャッチャーの股間に150キロの高速フォークが直撃
・キャッチャー佐藤が倒れて動かなくなっている(※のちに無事確認)
・再生数:254万
コメント欄は、地獄のように盛り上がっていた。
⸻
動画コメント抜粋
「高校野球のレベルじゃねえ」
「メジャーの中継速度で草」
「フォームに無駄がなさすぎる、誰の教えだよ」
「ボール球をホームランは笑った」
「むしろ打ったボールが可哀想」
動画⑥のコメント欄には、こういった声が集中していた。
「キャッチャー死んでるやんww」
「腹抱えて笑ったわww」
「金カップ越しでも痛ぇだろ」
「これ150キロ股間直撃って普通に事件だろ」
「佐藤の悲鳴、クセになる」
「佐藤、全国の男に同情されてて草」
「“ぅおおっ……”の声、音質良すぎんだろ。ピンマイク付けてんの?」
さらには、佐藤を“称える”声も妙な方向で増えていく。
「てか佐藤、よう捕ってるよな。あれ普通そらすぞ」
「佐藤のキャッチング、実はプロレベル説」
「夏目の球受け切ってる時点で、身体能力も根性も相当やばい」
「佐藤いなかったらこのピッチャー完成しないだろ。相棒やん」
TrikTokでは、なぜか佐藤関連のタグまで生まれていた。
#佐藤大丈夫か
#キャッチャーの鑑
#フォークで即死
#痛がり方プロ向き
YourTubeショートでは、もはや夏目より佐藤の名前のほうが多い動画まで現れる。
さらには、誰かがこんなものまで作っていた。
【MAD】佐藤の股間に花が咲くシーン集
・再生数:38万
※本人は泣いている。
まさかの一番バズ動画が、夏目ではなくキャッチャー佐藤であった。
⸻
◆ なんBスレもさらに加速
1 :風吹けば名無し:
【動画あり】県大会にバケモン出たwwwwwwww
2 :風吹けば名無し:
動画見た。アニメやろこんなん
3 :風吹けば名無し:
170キロ→草
レーザービーム→草草
ボール球HR→草草草
4 :風吹けば名無し:
どこの強豪校かと思ったら今年創設てwww
5 :風吹けば名無し:
これ甲子園行ったら伝説なるやつやろ
6 :風吹けば名無し:
スカウト絶対騒いでるわ
7 :風吹けば名無し:
夏目ってやつ、プロ志望届いつ出すん?
8 :風吹けば名無し:
逆に大学行きそうな顔してる(知らんけど)
9 :風吹けば名無し:
女マネ普通に可愛い(重要)
10 :風吹けば名無し:
化け物×美人マネ×弱小野球部=売れる(確信)
──ここから、話題は徐々に“もう一人の被害者”に移っていく。
11 :風吹けば名無し:
佐藤の悲鳴で腹ちぎれた
12 :風吹けば名無し:
スーパープレーより股間に意識いく野球動画初めて見たわ
13 :風吹けば名無し:
あれ150キロフォークらしいな?
普通に事故
14 :風吹けば名無し:
佐藤くん、あれ受けて起き上がるの普通に英雄やろ
15 :風吹けば名無し:
よく見たら着弾の瞬間、目ぎゅってつぶってて草
かわいい
16 :風吹けば名無し:
「うっ」とか「ぅおおお…」とか声、妙に音質良いのなんなんだよ
誰かピンマイク付けた?w
17 :風吹けば名無し:
佐藤MADできてて笑った
股間に合わせて花咲くの天才の発想
18 :風吹けば名無し:
佐藤の“股間だけ全国区”とかいう称号ほんまやめろwwwww
19 :風吹けば名無し:
てか受け方うますぎん?
普通あれ止められんて
根性プロだわ
20 :風吹けば名無し:
佐藤の立ち上がりかけてまた崩れる動き、2回見たらクセになる
21 :風吹けば名無し:
佐藤のスペック
・捕手能力:★★☆☆☆
・根性:★★★★★
・悲鳴:∞(殿堂入り)
22 :風吹けば名無し:
夏目:才能の暴力
佐藤:根性の暴力
23 :風吹けば名無し:
なんだかんだで佐藤のこと一番覚えたわ
こういうやつが後から人気出る
ネットは今日も、誰かを笑い者にしながら、勝手に英雄にしていく。
⸻
◆ 翌朝、学校で
夏目が校門をくぐった瞬間。
ひそひそ、ざわざわ。
隠しても隠しきれない視線。
「え……あれが動画の……?」
「本当にデカい……」
「170投げてたってマジなん……?」
夏目はうんざりして歩く。
(……めんどくせえ)
そこへ、松葉杖を鳴らしながら中村が大声で突っ込んできた。
「夏目ぇぇぇ!!お前、昨日のネット見たか!?
お前もう全国デビューしてたぞ!!!」
夏目は額を押さえつつ、ぼそっと返す。
「汗かくより疲れるんだが」
その横から、伊藤がすっと現れた。
いつもの真面目な顔、しかしわずかに口元が緩んでいる。
「見たわよ。あなたの動画、あちこちで話題になってるわ。
“県大会の怪物”って呼ばれてたわね」
「呼び名いらねぇよ」
夏目は顔をそむける。
伊藤は肩をすくめながら続けた。
「まあ頑張って。どうせこれからもっと騒がれるわよ?」
「……なんで嬉しそうなんだお前」
不満げに夏目がぼやく。
「別に。珍しいものを見るのは好きなだけよ」
中村が割って入り、両手をぶんぶん振りながらまくし立てる。
「お前ら!夏目の価値観のズレより、世間の反応の方がヤバいからな!?
スカウト絶対動くぞこれ!!!」
夏目は(……本当に面倒だ)と心の中でつぶやいた。
⸻
教室へ向かう途中、夏目たちは見覚えのある背中を見つけた。
壁に向かって体育座りしている男子が一人。
肩が小刻みに震えている。
中村が「あっ」と指さす。
「あれ……佐藤じゃね?」
近づいてみると、佐藤は膝を抱え、壁に額を押し付けていた。
「………………俺の股間が……全国デビュー……」
「やっぱり気にしてたぁ!!!」
佐藤は、涙目で振り返る。
「昨日、家帰ったら親父が真顔で言うんだぞ……
“お前、強く生きろ”って……!」
伊藤が少しだけ気まずそうにしながらも、正直な感想を口にする。
「動画、すごく伸びてたわね……その……どんまい」
「慰めになってねぇ!!!」
佐藤は机の脚をバンバン叩いた。
「なんでだよ!!俺は!!普通に!!捕球してただけだろ!!
なんでコメント欄で“佐藤の悲鳴好き”とか言われてんだよ!!
俺は音フェチ用素材か!!!」
中村は笑いをこらえながら、なだめるように肩を掴む。
「いやでも佐藤、“キャッチャーの鑑”って言われてたぞ?
“根性プロレベル”とか書かれてたし」
「絶対バカにしてるやつだろそれぇ!!」
佐藤の叫びは止まらない。
「しかも誰だよ!!“佐藤MAD”作ったやつ!!!
股間に合わせて花咲かせんな!!何の開花だよ俺の人生!!」
夏目は少し申し訳なさそうに言った。
「……悪い。お前がいないと投げられないんだ」
「まず感謝を形にしろ!!!
せめてストレートは優しくしろ!!
150のフォークとか投げんな!!!」
「調整できない」
「じゃあなおさら気を遣えよ!!!」
怒鳴りながらも、どこか涙目で笑ってしまっている佐藤。
その横で、伊藤がぽつりとつぶやく。
「でも……佐藤くん。昨日からフォロワー増えてたわよ。
“痛がり方がプロ向き”って評判だったもの」
「褒めてんのそれ!?俺の将来どこ向かってんの!?!?」
中村がニヤニヤしながら言う。
「元気出せ佐藤。お前……全国に愛されてるぞ」
「愛され方が雑なんだよ!!!」
それでも、佐藤の叫びには少しだけ笑いが混じっていた。
チャイムが鳴る。
「やべ、戻るぞ」と中村が言い、三人は教室へ向かう。
佐藤も大きくため息をつき、立ち上がった。
⸻
◆ デイリーメッセージ
席に着いた瞬間、夏目の視界に、いつもの透明なウィンドウが浮かぶ。
――――――――
◆デイリーメッセージ
“動画バズり:筋トレの邪魔をする可能性あり”
――――――――
「……知らねぇよそんなの」
ウィンドウを無視するように、夏目は手で払った。
今日もウィンドウは、ただの謎のUIで終わる。
しかし――
ネットでの拡散は、
この物語の勢いを、さらに加速させていくことになる。
そして、キャッチャー佐藤はしばらくの間ネットの玩具になるのであった。




