第11話 怪物、野球を知る
夏目と中村が公園を出る頃、辺りはもう暗くなっていた。
中村は松葉杖をつきながら、少し泣きはらした顔で夏目の後ろを歩いていた。
だが夏目はふと、違和感に気づいた。
(……俺、明日試合なんだよな?)
当たり前のことに、ようやく思考が追いつく。
ルールも知らない。
ポジションの名前すらあやしい。
球場に立ったことすら、もちろん一度もない。
なのに――
(……まあ、なんとかなんだろ)
不思議と焦りはなかった。
理由はわからないが、
身体の奥底が「できる」と言っている気がした。
……いや、言っているというより、
初めから知っていた何かを思い出すみたいな感覚に近い。
そこへ、松葉杖のカツン、という音。
「……夏目」
振り返ると、中村が立ち止まっていた。
「本当に……助かった……」
夏目は肩をすくめる。
「気にすんなよ。明日行けばいいんだろ?」
「いや……お前、本当に大丈夫か?」
「何が」
「いや……その……
お前、野球ガチで知らねぇだろ……?」
「ルールブックは借りた」
「読むの今日じゃん!!!!」
夏目は鞄から分厚い冊子を取り出す。
『高校野球ルールブック(最新版)』
まっさらの新品だった。
「とりあえず家で読んどく」
「“とりあえず”で読む量じゃねぇんだよそれは!」
中村が頭を抱えて苦しんでいると……
「……あら、夏目君」
曲がり角から現れたのは、伊藤だった。
視線を向けられ、夏目は無意識に背筋を伸ばす。
「聞こえたわよ。あなた、明日試合に出るんですって?」
「まぁ、なんとなく」
「なんとなくで試合に出る人、初めて見たわ」
「いやいや、伊藤なんでこんな時間にいんだよ!?夏目も普通に話してんじゃねえ!!」
伊藤はため息をつくと、松葉杖の中村をちらりと見る。
「あなたも無茶するわね」
「うっ……伊藤さん……今は優しくして……!」
「無理よ。あなたが一番夏目君に無茶させようとしてるんだから」
中村は胸を押さえた。
「……す、すみません……」
伊藤はルールブックをじっと見た。
「夏目君。あなたそれ1日で覚える気?」
「なんで?」
「いや、さすがにそんな量暗記できないでしょ」
「いや、2時間くらいあれば覚えれる……」
「……記憶力化け物すぎよ」
伊藤は静かに続けた。
「夏目君が出るなら……
チームはきっと安心すると思う」
その言葉に、中村の目がウルッと光った。
「そ、そうだよな!?
なぁ夏目!!お前がいるだけで戦力が爆上がりなんだよ!!
たぶん!!きっと!!いや絶対!!!」
「根拠は?」
「お前の体格!!!!!!」
夏目は軽くため息を吐いた。
「……じゃあ、明日はちゃんとやるよ」
その言葉が――
中村に本当の笑顔を取り戻させた。
⸻
◆その夜――夏目の部屋
机に広げたルールブックを読みながら、
夏目は時折ストレッチを挟み、
筋トレも欠かさずこなした。
(ふーん……アウトって3つで攻守交代なのか)
(レフトって……どこだ?)
(打ったら走るのか……)
(投げたら捕るのか……)
読むたびに筋トレを挟むが
1ページ読むのに1分もかかっていない。
寝る前、ふと視界の端で“ステータスウィンドウ”が光る。
⸻
球速:170 km/h(S)
コントロール:S
スタミナ:S
変化球-
ミート:S
パワー:S
走力:S
肩力:S
守備:S
捕球:S
振り分けポイント:820
夏目はそれをただ一瞥し、
電気を消す。
(……明日か)
まぶたが落ちていく。
心臓は静かで、
頭の中も不思議と落ち着いていた。
まるで――
“自分の場所に戻るだけだ”
そう告げられているように。
⸻
◆そして、運命の朝
アラームより早く目覚めた夏目は、
妙に身体が軽いと感じた。
試合会場へ向かう途中、
伊藤からメッセージが届く。
『頑張ってね。応援してるわ』
中村からも届く。
『絶対遅刻すんな!!!頼む!!!!』
夏目はスマホをポケットに戻し、
大きく息を吸った。
(さぁ行くか)
ついに――
夏目孝太郎、人生初の野球の試合が始まる。
次はいよいよ……




