1.長生きしたい
不定期でリハビリがてら書いていきます。
国家。主権、領土、人民の三要素を持つ統治機構。
しかし国家と言えど様相は異なる。民主主義や権威主義といった統治者の違いであったり、イデオロギーの違いであったり。
例えば現代日本では民主主義を採用しており自由主義を受け入れている。
自由で民主的な政体。実に素晴らしい。経済活動の自由が認められており、国家に仕事を強制されることもない。政府に対する不満があればそれを表明できるし、それをしたところで捕まることもない。
しかし、そこに住む人々はそれが素晴らしいことであると認識することはあまりない。それが当たり前のものであると思っているからだ。
これは良いことである。何故ならばこれらがお題目ではなく実現されていることの裏返しだからだ。
では権威主義について考えてみよう。
少なくともこんな形態を取っている時点で自由とは言えないだろう。
だが、何も悪い面だけではない。
良くも悪くも素早い判断を下すことができるし、問題があれば大胆な解決策を出すことができる。
統治者が国家を繁栄させるという目的に従順であり、パラノイアを発症することがなければ、自然状態に生きるよりかは遥かにマシである。
どちらかと言えば採用しているイデオロギーの方が大事であり、これによって国内の健全性は大きく変わる。
これは民主主義も同様である。というかそもそも民主主義からも独裁は生まれうる以上はこれらの政体はグラデーションであり、どのようなイデオロギーを国家が受け入れるかによって国家の性質はいかようにも変わる。
そう、重要なのはイデオロギーなのだ。
しかしこいつは大分厄介だ。何故ならどんなものであろうと行き過ぎれば確実に破綻する。そして同じものであっても人々を取り巻く環境によって成功するか失敗するかは変わってしまう。
考えてみよう。
現在あなたが住む国の産業は国外に比べて劣っている。この状況で自由貿易主義を推し進めたらどうなるだろうか。
そう、経済的植民地まっしぐらである。
これは政策レベルの話ではあるので国家の持つ世界観とはまた違う。
別の例を挙げよう。
長い間非常に優秀な王が統治している国で王政廃止を訴えて受け入れられるだろうか?
答えは否。受け入れられない。
民衆に任せるよりも王が統治した方が良いという世界観が壊れていないからだ。
この状況で民主主義を芽吹かせようとしても、その必要性を人々は理解しない。
そして無理に民主的手続きを導入してもただ混乱が生まれるのみである。
つまるところいかに素晴らしい思想であっても土壌が育っていなければ実らないのだ。そして実らない果実よりは不味かろうと実っている果実の方がマシなのだ。
今実っている果実や実りそうな果実から一番美味しいものを食べたいと思うのが、人間というものである。
故に、現代日本に住んでいた人間であっても場合によっては全体主義国家という果実を食べることもあり得るのだ。
◇
死んだときのことは薄っすら覚えている。演説している政治家の近くを通りがかった時のことだ。男が急に政治家の前に飛び出して来た。手に何か持っており、気が付いたら俺の胸から血が出ていた。
おそらく政治家を狙った銃撃事件だったのだろうが、あろうことかその弾丸は俺に当たってしまったのだ。
そして目が覚めると知らない場所にいた。いや正確には知識としてはどこかは知っているし、今まで何をしていたかも分かる。だが体感としては未知だった。
ルシュ・カルプス。それが俺の名前である。というよりも弱冠九歳だったルシュ君に俺が乗り移ったというべきか。
では元のルシュ君はどこへ行ったのかと思うが多分消えた。というのも目覚めたのはベットの上なのだが、ルシュ君の記憶は転んで頭を強打したところで終わっている。
つまり頭を打って人格が吹っ飛んだのだろう。
そこで俺の意識が転がり込んできたのだ。
話を戻してここがどこなのかと言えばグラン魔導国。自由なんて存在しないクソみたいな国だ。
だが、マシなクソだ。
幼いころから国家に奉仕することが刷り込まれ、日用品や食料も配給制。とはいえ、まぁ闇市的なものはあるのだが。
それはさておき、進路も自由に決められず適性検査のち勝手に割り振られる。
まぁ端的に言えばディストピアだ。
そしてびっくりするのがこれを近代以前の文明感でやっているのである。なんせ電気なんて通ってないからな。
一体どんなからくりを使っているのだろうと思うが、それは単純にこの世界には魔法があるのでそれで何とかしているのだろう。
魔法があるのとディストピアを築くのになんの関連があるのかと言われれば知らないが、大事なのは事実としてそれが築かれているという一点のみである。
そして何故それが維持されているのかも分かる。周辺国が終わっているからだ。
超実力主義で覇権主義の魔王国。宗教国家で神の降臨を目指しありとあらゆる犠牲をいとわない神聖フェリアス教導国。
前者は国家と名ばかりの野蛮人の集まりでただ力によってのみ統治される。つまり法なんてない。後者は神のための生贄として自国民を捧げ全世界に聖戦を仕掛けている狂信者集団である。
そりゃこんな国家に囲まれていたら国民に自由なんて認められない。いかに効率的に国家を運営しこの脅威を取り除くかを至上命題にするだろう。
少なくともこの国は法に従っている限りは生きていく上で危険は殆ど無い。自由を対価として安全を得ることができる。故にマシなクソなのだ。
一般市民の生活はギリギリだけどね。
では俺はどうなのかというと、そこそこ裕福な暮らしをさせてもらっている。
魔法に関して類まれな才能があったからだ。
適性検査があると言ったが、それは主に魔法の素質に関する検査である。
十歳ごろに行い、魔力量、魔力操作などなどを総合して適性を判断する。
魔導国を名乗っているぐらいなので当たり前だが、この国ではこの素質が最も重要視される。
大体素質ありとされるのは十人に一人ぐらいらしい。
そして魔法の才能は基本的には遺伝で決まるらしいが、生憎親に魔法の才能はない。にも関わらず突然変異なのか知らないがどうやら俺は一万人に一人ぐらいの素質を持って生まれた。
ここまで才能があるとディストピア国家と言えど相当の優遇があり、そのおかげで自分だけでなく家族も余裕のある暮らしを送ることができるようになった。
そんなこんなで国から学校に行くように強制され、なんだかんだ卒業し国家魔導士として働いている。
この国家魔導士という職業の仕事内容は多岐に渡り、技術開発であったり、教員だったり、軍人だったりと全然違う職務についているのでこの肩書だけだと何をやっているのかは分からない。
そのため技術魔導士とか軍務魔導士だとかそんな感じで呼び分けている。
俺は軍務魔導士だ。研究の適性が絶望的になく、有り余った魔力を活かすことができるのは戦いだろうということで割り振られた。
魔導士からしたら一番嫌がられる割り振りである。
せっかくエリートになったのに命の危険があるからね。
とはいえ、貴重な魔導士を簡単に失う訳にもいかないので相当慎重な運用をされている。
そういった点でやはり合理的なのだ。
現在十八歳。この世界に来てから九年が経った。
できれば死なずに長生きしたいものである。
人の命を奪いながらそう願うのは何たる皮肉だろうか。




