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ヘネラリーフェのほとり  作者: 蘭鍾馗


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4.アイシャとダンタリオン

「ダンタリオンというのはお前か?」



 衛兵の訓練中に、突然声を掛けられた。


 振り向くと、簡素だが一目で王族とわかる高貴な格好をした若い女が立っている。


「失礼ですが貴方は?」

「私を知らんのか。アベン・ハサン王の妃アイシャじゃ。」

「それは大変失礼いたしました。ダンタリオンは私でございます。」

「まあ、知らなかったのでは仕方がないな。私も砦へは滅多に来ぬからな。」


 この人、意外と素直だ。


「それで、何か御用でございますか?」

「用がなければ呼んではいかんか?」

「私どもは今忙しゅうございます故。」


 衛兵達は、皆ハラハラしながら王妃とのやりとりを聞いている。


「お前のような若い女が、多くの兵の中から選ばれた優秀な衛兵に武芸を教えるなど、本当に大丈夫なのか心配になってな、見に来たのだ。」


 衛兵の一人が、これは少しまずいと思ったのか口を挟む。

「ダンタリオン様は本当にお強うございますよ。私共など足元にもおよびませぬ。」

「お前には聞いておらぬ。」

「は。」


「誰か剣をもて。私と手合わせをしてみよ、ダンタリオン。」


 訓練用の刃を潰した半月刀が用意された。

「要らん。刃のついたやつを持ってこい。ダンタリオンにもな。」

「それは危のうございます。」

「いいから持ってこい。」


 刃のついた真剣が二人に手渡される。


「何時でもかかってこい!この腰抜けめ。」


 アイシャがダンタリオンを挑発する。

 衛兵達は、意外に冷静に見守っている。ダンタリオン様が相手ならば、滅多なことにはなるまい。皆、そう思っているようだった。


「来ないのならば、私から行くぞ!」

 アイシャが振り下ろす剣を右に左にと捌き、今度は上に跳ね上げたかと思った次の瞬間、ダンタリオンが大きく踏み込み、懐に飛び込む。


 ダンタリオンの剣は、アイシャの喉元を捉えていた。


「ま、参った。」


 この一件以降、アイシャはダンタリオンを気に入り、深く信頼するようになった。



 ◇



「あれから二十年じゃ。」

「もう、そんなになりますか。」

「私も年を取った。だが、お前は本当に若いまんまじゃな。」

「すみません。」

「ははは。」



「あの。」


 若い衛兵が訊ねる。

「ダンタリオン様は、本当に年を取らないのですか?」

「うん、取らないよ。」

 ダンタリオンが笑顔で答える。


「儂が証人になろう。あのアイシャ様との手合わせの時、真剣を持ってこさせられたのが儂じゃ。ダンタリオン様は、その時から全く変わっておられぬ。若いまんまじゃ。」

「本当に?」

 若い兵は半信半疑だ。


「本当じゃ。」

 アイシャが答える。

「まこと、羨ましいかぎりじゃな。」


 ◇


「ダンタリオン。」

 真剣な顔に戻ったアイシャが、ダンタリオンに話しかける。


「お前に鍵を渡しておく。『井戸の門』の鍵じゃ。」

 アイシャはダンタリオンの手を取り、その掌に大きな黒い鍵を握らせた。

「私とムハンマドが門を出たら、これで門の鍵を閉めよ。そして、お前はこの鍵を持ったまま、そこから飛び去れ。」

「え?それはフェルナンド王に渡すものなのでは?」

「なに一本くらいいいじゃろう。」

 アイシャが笑う。


「ムハンマドは、フェルナンド王に、アルハンブラ宮殿を明け渡す代わりに、城内すべての者の助命を約束させた。じゃが、その約束を守らせるための担保が何もない。そこでムハンマドは、フェルナンド王にこう云ったんじゃ。『もし約束を違えたならば、必ずや悪魔が飛んできましょうぞ』とな。」


「あやつは、あれで信心深いからの。悪魔の存在も信じておる。そこで、明日、お前が宮殿の上空を飛んで見せれば、あやつは肝を潰して、約束を守る気にもなるじゃろう。」

「なんと。」

「全く、ムハンマドも面白いことを考え付くものよ。」

「本当に。」

 そう答えた後、ダンタリオンの目から、また大粒の涙が零れ落ちた。


「泣くなダンタリオン、泣いてはいかん。泣けば、またお前は小娘に戻ってしまう。」



 ◇



「そう言う訳じゃからな、蜂蜜は残さず全部食べてくれよ。」

「分かりました、アイシャ様。」


 外からは、まだカスティーリャの歌が聞こえる。

 明日、皆でここを去るのだ。


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