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ヘネラリーフェのほとり  作者: 蘭鍾馗


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3/5

3.市場にて

 グラナダ王国の命運が尽きる日より、遡る事百数十年ほど前の出来事である。


 ◇


 悪魔は、放浪の旅をしていた。


 元はクロアチアの山中で暮らす、不老不死で翼を持つ異形の種族であったが、里に暮らす人々とは、そんなに悪くない関係を保っていた。里の人々に頼まれると、持ち前の怪力で家を建てたり、水路を掘ったりして、その対価に貨幣や小麦、酒を貰ったりしていた。また、鍛治や木地引きの技術を持ち、鍬や食器などを作っては、里に出て売り歩いたりして暮らしていた。


 ところが、キリスト教が広まってから、黒い翼を持つその姿が、聖書に出てくる悪魔に似ているとされ、迫害を受けるようになった。

 そしてある日、国王が兵隊を送り込み「悪魔の討伐」を始めた。山に入った里の子供が帰って来ないため、「悪魔に攫われたのではないか」と噂が立てられた。それを口実に、国王が兵を差し向けたのだ。

 結局、その子供は迷子になっただけで、翌日になって村へ帰ってきたのだが、悪魔討伐は中止されることなく実行された。

 異形の種族は、里の人々との戦いを望まず、散り散りに逃げ去った。


 その一人である女の悪魔は、背中の黒い翼を体の中に隠し、人に化けると海沿いを西へと逃げた。


 ◇


 それから、さらに数十年程の月日が流れた。


 ある日、とある市場を歩いていると、花売りの女が、酔った三人の男に絡まれていた。その服装から、三人の男は戦場帰りの兵士のようだった。

 ふん、除隊になったばかりで女に飢えているのか、みっともない。正直、関わりたくはなかった。

 だが、女を無理矢理連れ去ろうとするのを見て、黙って見ていられなくなった。


「おい、みっともないな。どこの軍人だ?」


 兵士が驚いて振り返る。だが、そこにいたのは若い女が一人だけ。なんだ、獲物が増えただけじゃないか。そう思った。


「お前も攫われたいのか?」

「やってみろよ。」


 襲いかかる兵士を直前で一人躱し、後頭部に手をかけて地面に引き倒す。その勢いのまま、もう一人を足払いで倒す。最後の一人は、怯んだ所へ真正面から股間に蹴りを入れた。


 襲われていた女に駆け寄り、無事を確認する。

「大丈夫か?」

「ありがとうございま……」

 礼を言おうとした女の表情が変わった。

「後ろ!」


 兵士の一人が、剣を抜いて斬りかかって来た。

 女の肩を引き寄せて、かろうじて避ける。

 もう一人、起き上がって剣を抜いた。


 まずい。女を抱えていては逃げきれない。

 悪魔は、背中から翼を出して、大きく一度羽ばたいた。


 バァン!


 聞いたこともないような衝撃音がして、兵士たちは吹き飛ばされてひっくり返った。

 悪魔は、女を抱えたまま、近くの家の屋根に飛び移っていた。


 ◇


 人が集まってきた。

 翼をしまおうとしたが、もう遅いようだ。

 それに、この女を抱えて下へ降りるには、どのみち翼を出して飛ぶしかないではないか。


 下手を打った。


 女は、驚きと恐怖で声も出ないようだ。

 仕方ない。また飛んで降りよう。そう思った時。


「降りて来ぬか?」

 誰かの声がした。


 ◇


 それが、グラナダ王国の王、ムハンマド五世だったのだ。五人の衛兵を引き連れた王は、続けてこう言った。


「お前が悪い悪魔ではないことは先ほどから見て知っている。市場の女を助けてくれた礼がしたい。王宮へ招待しよう。茶と蜂蜜とナツメヤシを振る舞おう。どうじゃ?」


 そういって、王は悪魔を王宮に招いた。


 話すうちに、王は悪魔の知性にも驚いた。これほどの腕っぷしと頭があれば、参謀役が務まるのではないか?そう思った王は、悪魔を王の直参の参謀として雇い、砦の衛兵の指揮役にもした。「家がない」というので、それではと砦に住まわせることにした。


 ◇


 以来、砦や王宮を、黒い翼を背負ったまま歩き回る、参謀役の悪魔の姿が知れ渡り、グラナダのアルハンブラ宮殿には「黒翼の守護天使」がいるとの噂が立つようになった。


 ◇


 それからおよそ百年。ダンタリオンは代々の王に仕え、明日、その最後の日を迎えることになった。


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