2.蜂蜜
「今朝申し渡した通り、明日の朝、この城はカスティーリャに明け渡す。儂はアルハンブラ宮殿とヘネラリーフェ離宮の鍵をフェルナンド王に渡した後、ここを立ち去る。皆もここを出なければならぬ。」
ムハンマド王が、砦の衛兵達に、明日の開城について説明する。
「皆、明日は刀と武具をここに置いて、『裁きの門』から城を出よ。城門を出る時、一人ずつキリスト教に改宗するかどうかを聞かれる。改宗すると答えれば、その足で教会へ行き、洗礼を受けるように言われる。その後は無罪放免だ。改宗しないと答えれば、国外追放となるが、命まではとられない。儂がフェルナンド王と交渉して、そのようにしてもらった。皆、それぞれの思うところに従い、どちらかを選ぶが良い。」
衛兵達は、静かにムハンマド王の話を聞いている。
皆、既にどちらを選ぶか決めているように見えた。
「儂は、母と共にここを出てゆく。その際、フェルナンド王に、一人だけ見送りを許してもらった。」
皆、静かに話を聞いている。これも既に聞かされていた事だった。
「ダンタリオン、明日『井戸の門』まで、儂ら二人を見送ってくれ。お前の最後の仕事じゃ。」
◇
衛兵たちが、砦での最後の食事をとる。
ムスリム故酒は許されていないが、代わりに王宮で使われる高価な茶が振る舞われた。
「ダンタリオン様。」
衛兵達が、王の参謀で衛兵の指揮役だったダンタリオンの周りに集まる。
「お名残惜しゅうございます。」
「貴方と共に戦えた事を、生涯誇りに致します。」
「どうかお元気で。」
女の姿をしてはいるが、ダンタリオンは背中に翼を持った悪魔である。その力は人間の敵う所ではなく、動きの素早さも持久力も並外れていた。
「……皆も元気でな。」
ダンタリオンが言葉に詰まる。
その昔、ムハンマド五世の治世の時に、王によりグラナダの市場で見つけ出され、王宮へと連れて来られた、不老不死の悪魔ダンタリオン。その並外れた腕っぷしの強さと頭の良さから、王の参謀兼近衛隊長としてアルカサーバの砦に着任したが、当初は衛兵達から疎んじられていた。しかし、衛兵達は程なくその剣の腕と鮮やかな指揮を目の当たりにすることになり、やがて彼らから、厚い信頼を寄せられる存在となっていった。
その衛兵達とも、明日でお別れなのである。
ダンタリオンの目から、大粒の涙が零れる。
「あっ、泣いてはいけませんダンタリオン様。」
「泣くと貴方は小娘に戻ってしまわれる……」
◇
「ダンタリオーン!」
「アイシャ様!」
「なんじゃ泣いておるのか。仕方がないのう。」
ムハンマド十一世の母、アイシャがやって来た。
「蜂蜜じゃ!お前の為に持ってきた。たっぷり食え、ダンタリオン。」
アイシャが、小さな壺をダンタリオンの目の前に置く。
「よろしいのですか?このような高価なものを。」
「今更何を遠慮しておるか。さ、これに乗せて全部食え!」
アイシャが固いパンを差し出す。
◇
「お前には明日、飛んでもらわないといけないのでな。」




