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第95話 外蘭の方は

 時は遡り、奥崎達が霊異者を倒す、もっと前。

 

 ちょうど奥崎蓮と竹一改が行き止まりに辿り着いた頃、その頃には既に、外蘭は霊異者である麦原の分身と戦っており、決着もあと少しとなっていた。


 暗く狭い路上で、黒いマントをなびかせた霊異者が必死の形相で拳を振り上げる。


 殺意を向けられている当の本人である外蘭はつまらなそうにしており、だるそうにしながらその拳を払い除け、霊異者の青白い腹に拳を食い込ませた。


 「っ!がハっ!」


 端から見れば、軽いパンチ。適当な佇まいから繰り出されたそれは、単なる弱いパンチのように見えるが、実際にはとんでもない程に威力が籠った殴り。


 そんな拳をもろに腹に喰らった霊異者は苦痛のあまり、膝をついた。


 この時点で霊異者は既に満身創痍で、体中に打撲痕があり、このやりとりの前にも何度も拳を受けたのを物語っている。


 「あーあ、弱ぇな」


 腹を抱えてうずくまる霊異者を、冷めた目で一瞥した外蘭は、一度ため息を吐くと、霊異者の頭を掴んだ。


 そして拳に緑色の霊力を込め、苦痛に歪んでいる霊異者の顔面へと振り下ろす。


 「おぅらあ!」


 今の一撃で霊異者の頭が凹み、霊異者の全身から力が抜け、腕はだらりと下りた。


 瀕死。


 しかし、外蘭には霊異者に対する慈悲など存在しない。


 外蘭はダメ押しと言わんばかりに再度、顔面へと拳を振り下ろしたのだった。


 「おらぁっ!」


 その攻撃が決定打となり、霊異者は粒子となって霧散した。


 霊異者が完全に消えるのを確認した外蘭は、だるそうに腕を回転させる。


 「あーあ、つまんねぇ、弱すぎんだろぉ」


 外蘭は物足りないとばかりに顔を顰める。そこに、少し遠くで外蘭の戦いを見ていた三輪がやってきた。


 「お疲れ様です、外蘭様」


 「おうよ。もうあっちも終わってるかも知れねぇが、一応行くかぁ」


 「はい」


 自分の役割が終わった外蘭は、三輪と共に祭持と弟子である佳奈島の方へと歩き出し始める。


 ここはつまらなかったが、あちらでは楽しめるかも知れねぇ。


 そんな淡い期待に胸を膨らませて、口元をニマつかせる外蘭。


 だが、唐突に後方から声をかけられ、動かしていた足を止めたのだった。


 「ねぇ、お兄さん……あ、それともおじさんって言った方がいい?」


 「あ?」


 それは少女の声。


 振り返ると、黄色と白の合わさったワンピースを来たピンク髪の少女が後ろに立っていた。


 全然……気付かなかったなぁ。このガキ、何者だぁ?


 大抵の者が近づいてきても、気配で気付くことのできる外蘭だが、目の前にいる少女には気が付くことができなかった。


 それは少女が普通ではないことを意味している。


 外蘭は少女を見て、驚きの表情をするも、それも一瞬。すぐさまいつも見せている険しい表情へと戻し、動揺を隠す。


 見た感じ、こいつは霊異者ではなさそうだが……霊異者でも見た目は人となんら変わりない姿をしている奴もいるからなぁ、コイツはどっちだぁ?


 外蘭は目の前の少女が人間かどうかを確かめるべく、鼻から息を深く吸い込んだ。


 外蘭の敏感な嗅覚は、息を吸い込むことで感じる匂いで周りに存在するものが何なのかを教えてくれる。


 草木の匂い、小さな昆虫の匂い、暗闇で見えないコンクリートの壁の先にいる犬の匂いまで感じ取れるが……


 「……はぁ?」


 なんだ、この匂いはぁ?


 外蘭は目を見開く。


 目の前にいる少女からは霊異者の匂いはしないが、人間の匂いもしない。


 漂ってくるのは今まで嗅いだことのない、不吉で怪しい匂い。


 その時、隣にいる三輪が耳打ちをしてきた。


 「外蘭様。あの子は祭持さんが言っていた少女なのではないですか?」


 祭持が言っていた少女ぉ?


 その言葉を聞き、改めて少女を見る。確かに祭持から聞かされていたあのガキを変えたとかいう少女の見た目と一致するなぁ。


 外蘭は眉を吊り上げ、威嚇するかのように尋ねる。


 「何の用だぁ?ガキ」


 それを聞いた少女はわざとらしく唇に手を当てる。外蘭の強い言葉を受けても、ニヤニヤと口元を緩ませ、まるで笑いを堪えているようにしか見えない。


 「何の用?うーん、そうだなぁ……仕返しって言うのが正しいかも?」


 「あぁ?仕返しぃ?」


 はぁ?俺はこんな少女の恨みを買うことなんてしてねぇ……というか、俺はこんな少女知らないぞぉ。


 外蘭は目を細める。意味の分からないことを言っている目の前の少女は、言動も匂いも謎。少なくとも外蘭には少女の一切が理解できなかった。


 外蘭に疑うような目で見られた少女は、当然と言わんばかりに大きな瞳で外蘭を見つめる。口は笑っているが、その瞳には全く感情が見受けられない。


 「うん、そうだよ?だっておじさん、私のお気に入りのお兄ちゃんを壊そうとしたでしょ?私、知ってるんだから」


 お気に入りのお兄ちゃん。それはあの祭持のとこのガキのことを言っているんだろう。


 数日前に俺はあのガキを殺そうとしたからなぁ。

 

 片眉を顰める外蘭を前に、少女は手を出した。少女は、ねだるように上目遣いで見る。


 「……ねえ?」


 呟く少女の表情はとても無邪気で、邪悪に満ちており、不気味。その小さな口を大きく歪ませて、言葉を続けるのだった。


 「その腕……ちょーだい?」


 「はぁ?」


 ドクンッ!


 「っ!?」


 少女が言い終えると同時に、外蘭は突如、片腕を失った感覚に陥る。もぎとられたような喪失感を感じて、急いで右腕を見るも、腕は付いている。


 しかし、服の中から身代わ木が落ちた。その身代わ木には腕が片方無く、役割を終えたために灰になり、風に仰られて消えていった。


 「あれれー?おかしいな?なぁんで、もらえなかったのかなぁ?」


 外蘭の腕が無事なのを見て、不思議とばかりに無垢に首を傾げる少女。頭にハテナを浮かべて、自分の手を開いたり閉じたりを繰り返し始めた。


 「私、欲しいって言ったのに、貰えなかったのは初めてだなぁー。ねえ、おじさん……どうやったの?どうやって、防いだの?」


 興味津々に問い詰めてくる少女。外蘭は冷や汗が止まらず、思わず後退ってしまう。


 「なんで黙っているの?教えてくれないの?……ねえ、聞いてる?私、おじさんに聞いてるんだよ?」


 なんとしてでも防がれた訳を聞き出そうと、外蘭に問い詰める少女。あまりにも異次元で理解が及ばなすぎる力に、外蘭は開いた口が塞がない。

 

 「・・・・」

 「無視?無視するの?おじさん、ひどいなー。聞かれたら、答えるのって当たり前だと思うんだけどなぁ」


 外蘭の直感が告げる。


 こいつははヤバすぎる……自分一人では絶対に太刀打ちできないと。


 少なくとも、俺に祭持、それと同等以上の実力者がもう二人くらいはいねぇと、こいつをどうこうはできねぇ。


 「ちっ!逃げるぞ、三輪ぁ!」


 「え?逃げっ!?え!?が、外蘭様!?」


 外蘭は三輪を抱き上げると、すぐさま走り始めた。霊力を全力で脚に込め、逃走に全力を注ぐ。


 「えー?逃げるの?逃げちゃうのー?」


 背を向け、その場を離れようとする外蘭に対して、少女はケラケラと笑う。そして、さっきと同じように手を前に出すと、呟くのだった。


 今度はピンク色の霊力を込めて。


 「ねえ、おじさん。おじさんの心臓……私にちょーだい」


 ドクンッ!


 「っっ!?」

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