第93話 良かった
「奥崎ぃぃぃぃぃぃ!本当に生ぎでで良がっだぁぁぁぁ!」
「やめろっ!俺の服に鼻水をつけるな!」
霊異者を倒してから、もう五分以上経っているというのに、改はずっと俺に泣きついていた。
「お、俺っ!もう駄目かと思ったよぉぉぉぉ!」
「それはさっきも聞いた!」
「奥崎がいながっだら、俺……俺ぇぇぇぇ!」
「分かった、分かった!頼むからいい加減に離れてくれ!」
さっきから何度もそう言っているのだが、改は絶対に俺から離れようとはしてくれない。俺の言葉には聞く耳を持ってくれず、ひたすらにしがみついている。
「うおぉぉぉぉん!ズズズズズッ!」
「だから、俺の服に鼻水をつけるな!」
最悪だ……改の涙やら鼻水やらのせいで俺の上着はもうべっちゃべちゃだ。
あーあ、一応、汚れてもいい服を着てきたんだが……この服はもう駄目だな、帰ったら捨てよう……てか、なんで改は離れてくれない?
あまりにも長い拘束時間。怖い思いをしたのは分かるが、それにしても怯えすぎじゃないか?
「はぁ、もう大丈夫だから、ちょっとは落ち着けよ……ん?」
「……あ」
どんなことをやっても離れない改に対して、半分諦めを感じていると、ふと、誰かの声が聞こえた。誰だ?と思い、聞こえた方向に顔を向けると、そこには佳奈島が立っており、目が合った。
「……うわ」
「うん?」
佳奈島は俺と改を見て、一歩、後ずさった。
なんだ?なんで後退りをしたんだ?というか、佳奈島!?
俺は佳奈島がなんで後退りしたかも気になったが、それよりもずっと気になることが。
飛ばされて戻ってきた佳奈島は見た限り、満身創痍に近い姿になっていたのだ。
全身血だらけで、見ているこっちが痛々しく、俺からすれば、佳奈島は立っているだけでようやくのように見える。
「か、佳奈島っ!その怪我……」
「……そっちだったんだ」
心配から言葉を掛けるも、次に佳奈島が見せた表情のせいでそっちに気がいってしまう。
「え?」
佳奈島は若干、引き気味で俺を見てきた。
「佳奈……島?」
並大抵のことでは顔に感情が表れることのない佳奈島だが、今は僅かながらも嫌な顔をしており、それがどれだけ引いているのかを物語っていた。
佳奈島は再度、言う。
「奥崎蓮、あなたって……そっちだったんだ」
「え!?そっち……?」
佳奈島に言われ、ふと、自分が端から見るとどう思われるのかを俺は考えた。
今の俺は改に抱きつかれており、見方によっては、まるで抱き合っているようにも見える。
まあ、実際には一方的に抱きつかれているだけなのが、他の人が見たら、今の俺達はーーーー
「いや、違っ!」
俺はすぐさま首を横に振るも、佳奈島は分かっていると言わんばかりに頷く。
「別に否定する必要ない。今の時代、多様性は尊重される時代、だから」
「だから、違っ」
「うおぉぉぉぉ!きよちゃぁぁぁぁん!」
俺は弁明しようと言葉を発する……しかし、それよりも大きい改の声でかき消されてしまった。
「俺は、そんなんじゃっ」
「生きててよがっだよぉぉぉぉ!」
「俺はっ!」
「俺、きよちゃんが死んだんじゃないかと思ったよぉぉぉぉ!」
「うるせぇよ、改!今、俺が話してるだろ!」
邪魔された俺は改の頬を掴み、無理矢理にその口を閉じようとするも、改は全力で抵抗してくる。
「そんなのっ!モガッ!かんけいっフォガッ!」
霊力で身体能力を上げているはずなのに、何でこんなに力が強いんだよ!?俺か?俺の強化が弱すぎるのか!?
両手で改の顔を押しのけようとするも、それ以上に強い力で押し返してきて、剥がすことなど敵わない。
そんなやり取りをしていると、佳奈島が改に声をかけた。
「竹一、改」
「ふむぎぃぃぃ!……ん?なんだ、きよちゃん?」
「抱きつくのやめたら?見てて……きもい」
佳奈島は俺に向けた目と同じ目を改に向けている。いや、俺を見ていた時よりももっと冷徹な目で見ている。
その目は本気だ。本気で俺と改が抱き合っているのがきもいと思っている。
「……え、ええ?そ、そっ、そうか」
流石の改でも、そんな目で見られてショックだったらしい。
冷や汗を額に浮かべた改は、俺の体に回していた手を離し、ゆっくりと俺から離れていったのだった。
はあ、やっと離れてくれた。
改による抱きつきという長い拘束から解放された俺は背伸びをする。
両手を上げ、体を大きく伸ばし、改の締め付けによって固まった体をほぐしていく。
そんな俺の元まで佳奈島はやって来て、言うのだった。
「奥崎蓮、霊異者……ちゃんと、倒したんだ」
「ああ。佳奈島が考えた作戦はちゃんと成功したぞ……っと、そうだ。ナイフ、ありがとな」
そう言うと、俺は佳奈島から借りていた青白いナイフを取り出して、佳奈島へと手渡した。
ナイフを受け取った佳奈島は頷く。
「うん」
改を狙っていたあの霊異者に止めを刺したのは俺だが、勝てたのは佳奈島と祭持さんのおかげだ。
祭持さんがいなければ、佳奈島が作戦を立ててくれなければ、俺は殺され、また、改も今までの被害者のように惨く殺されてしまっていただろう。
俺は佳奈島の瞳を見つめ、心から感謝を込めて笑うのだった。
「佳奈島の作戦のおかげで勝てたんだ。俺が作戦を立てたら、きっと今頃は殺されていただろうな」
「……うん、たしかに」
「……そこはフォローの言葉をかけるところだろ」
俺の言葉を聞いた佳奈島は分からないとばかりに首を傾げる。
「え?違うよって、言って欲しかったの?」
「いや、そうじゃなくてだな……はぁ……まあ、いいや。なあ佳奈島、その怪我は大丈夫か?すぐにでも病院に……」
「大丈夫。見た目ほど、ひどい怪我じゃないから」
そう言い、無表情で親指を立てる佳奈島。
「そ、そうなのか?」
「うん、そう」
本人がそう言うのなら、そうなのだろうが……それでも大怪我には変わりないと思うのだがな。
あんな強烈な蹴りを入れられて、軽傷なはずがない。
「な、なあ、奥崎……奥崎ときよちゃんは、いつもこんなことしてるのか?」
俺と佳奈島が話していると、会話を静かに聞いていた改が話しかけてきた。
改の言葉を聞き、俺と佳奈島は互いに顔を合わせる。
「ま、まあ、いつもっていうか……俺は今日が初めだな」
「私は初めてじゃない、けど、いつもはしてない……必要な時だけ」
俺と佳奈島の言葉を受けて、改は唾を呑み込む。その額には冷や汗が浮かんでおり、恐る恐ると言いづらそうにしながらもその口を開くのだった。
「そ、その……ゆ、幽霊を退治できるのか?幽霊じゃなくても、見えない何かとかを消したりとか……」
なんだ?改には今回の他にも、何か霊異者関連の悩みがあるのだろうか?
まるで、まだ似たような悩みを抱えているかのような言い方をする改の質問に俺は答える。
「まあ、できるんじゃないのか?」
俺はともかく、佳奈島はな。
俺は佳奈島を見る。佳奈島は当然とばかりに頷いた。
「うん、できる」
「みたいだぞ」
佳奈島は除霊のベテランだ。並大抵の霊異者は滅せるだろう。改を悩ませているその何かも、佳奈島ならきっと難なく解決してくれる。
「そ、そうか」
そう言うと、改は俯く。下唇を噛み、両拳を強く握る。
夜道というのもあって、その表情を見ることはできない。けれども、良い表情ではないことはよく分かる。
凄い悩まされているんだな。だったらこの際、凄腕の除霊師である佳奈島にーーーー
「なあ、奥崎」
改が指名したのはまさかの俺。
「え?俺?」
改は戸惑っている俺の手を両手で掴む。そして一生のお願いだと言わんばかりに真剣に、震える声で懇願し始めた。
「頼む!俺の妹を助けてくれないか!妹が最近おかしいんだっ!」




