第87話 託された
俺は霊異者に蹴りを喰らわしている佳奈島の近くまで行くと声を掛けた。
「すまない、遅くなった!」
その声を聞いた佳奈島は、俺の存在に気付き、目を細める。
「……遅い」
そう言うと、佳奈島は自身に殴りかかろうとしていた霊異者の顔面に回し蹴りを入れ、その後、どこから出したのか、青白いナイフを使って霊異者を滅多切りにした。
大方、服のどこかに忍ばせていたのだろう。そのナイフで切り刻まれた霊異者が消滅すると同時に、佳奈島は俺の元へと飛んでくるのだった。
見たことのない青白いナイフ。微かに光を帯びているのは霊力を纏わしているからだろうか。
「佳奈島って、そんなの持ってたのか。俺と戦った時は使っていなかったよな?」
「奥崎蓮、あなたとの戦いの時には使う必要が無かっただけ」
「あっ……そうかよ」
俺との戦いの時は、別に武器なんかに頼らなくても勝てると踏んでいたらしい。
言い返してやりたいが、佳奈島が素手で俺を制圧できるのは揺らぐことのない事実なのだから俺は黙ることしかできない。
佳奈島の言葉になんとも言えない顔をしていると、突如、俺目掛けて近くにいた霊異者が拳を振り上げてきた。
「おわっ!?」
焦って避けようとするも、もう遅い。気付いた時には霊異者が目の前で拳を振り上げるモーションをしている時だったからだ。
俺の微弱な身体強化と、この距離では俺にはどうやっても攻撃を避けることはできない。できることといえば、これから自分は吹き飛んでいくんだという覚悟を持つだけ。
くそっ!吹き飛ばされるっ!
今吹き飛ばされたら、もう一度、大量の霊異者の包囲網を切り抜けなければいけない。俺が再度、あの霊異者達を掻い潜ってここに戻れる保証なんてない。
そう思い、思わず目を瞑ってしまう俺だったが……いつまで経っても、痛みも衝撃もやってこない。
恐る恐る目を開けると、俺の前に佳奈島がおり、その佳奈島が俺目掛けて振り上げられていた霊異者の拳を足で受け止めていた。
「ぐギギ……」
殴りかかってきた霊異者が悔しそうに歯軋りをしてみせる。そんな表情を見せる霊異者の首を、佳奈島は持っているナイフで勢いよく切り飛ばした。
「……油断しないで」
「あ、ああ、すまん」
間一髪のところを佳奈島に助けられた俺は冷や汗を垂らしながらも謝る。
ちゃんと周りに気配りをしていれば、俺でも今の霊異者の攻撃は避けることができた。佳奈島の言う通り、俺の油断が原因。
しっかりしろ、俺。
俺は深呼吸をして、表情を引き締ませる。
もう油断はしない。
「ようやく目を覚ましたのかい?奥崎君」
突然、祭持さんが遠くから大勢の霊異者を対処しながら俺達に話しかけてきた。流石にこちらに目配せをする余裕はないのか、こちらに体を向けることはなく、霊異者達を捌いている。
「君がいつまで経っても起きないから、朝まで目を覚ますことはないんじゃないかと思ってたよ」
そう言い、笑いながら霊異者達を切り刻んでいる祭持さん。端から見たら、祭持さんは狂った戦闘狂のように見えるだろうな。
「は、ははは」
ふと、祭持さんの言葉で俺は自分がどれくらい気絶していたかを知らないことに気が付いた。
俺は佳奈島に小声で尋ねる。
「……なあ、佳奈島」
佳奈島が首を傾げる。
「何?」
「俺が気絶してからどれくらい経ったんだ?」
「うん……と、大体、十五分くらい?」
考えるようにしてそう言った佳奈島の言葉に、俺は驚きを隠せない。
「まじかよ……俺はそんな長い時間、気絶していたのかよ」
「うん、そう」
……改に起こされていなかったら、もっと長い時間、気絶していたな。
驚きの事実に唖然とした表情をしていると、祭持さんが遠くから俺と佳奈島に言った。
「なあ奥崎君、佳奈島君。私は分身達を相手にするから、君達二人は本体を倒してくれないかい?」
それを聞いた俺は思わず眉を顰めてしまう。
「え?俺と佳奈島がか?普通は逆じゃないのか?俺と佳奈島が分身達を相手にして、祭持さんが本体を……」
「それは無理。私と奥崎蓮では、この数の霊異者を相手に戦えない。今は祭持営がこの場にいる大半の霊異者を受け持っているからなんとかなっているだけ……私一人では十体同時に相手することすら難しい。私だけでは分身達全員を相手にできない」
「おい……最後の方、俺が戦力に入っていなかったぞ」
俺が戦力外だと言われた気がして、目を細めて佳奈島を見る。
その言葉に返事をしたのは佳奈島ではなく、祭持さんだった。
「それはそうだろう?今の奥崎君では、分身一体も倒せないと思うよ?」
祭持さんの言葉に佳奈島が同意を示す。
「うん、私もそう思う」
「それは俺が一番分かってるよっ!」
まだ霊異者の存在を知って数日の俺があんな化け物を倒せる訳ないだろ。実力も経験も全く足りてない。
「多分……私、奥崎蓮なら二十人は同時に相手できる自信ある」
「なんの自信だよ」
軽く腰に手を置いて、ムフッと息を荒げる佳奈島に、俺は呆れた目で見る。
「それで?どうなんだい?」
「・・・・」
「俺と佳奈島で本体を倒す……」
「ちなみに言っておくけど、君達二人に拒否権はないよ……やれるかい?」
本体を俺と佳奈島が倒す……それは本当に可能なのか?別に佳奈島の実力を疑っている訳じゃない。だが、この数の分身を生み出すような強い霊異者に俺と佳奈島が立ち向かっていっても……
俺の中で不穏な気持ちが渦巻く。
できるのか?勝てるのか?というか、そもそも俺が霊異者に攻撃を当てれるのか?
焦り、不安。それらによって周りの音が遠く聞こえーーーー
「奥崎蓮」
佳奈島が俺の小指を握った。
指を握られたことにより、ハッとして現実に戻ってきた俺は、佳奈島の方を見る。佳奈島はその大きな瞳で俺を見つめていた。
「大丈夫、私達ならきっとできる」
そう言う佳奈島の瞳には何の濁りもない。本気で二人なら勝てると思っている目だ。
「でもっ……」
「大丈夫、私を信じて」
はっきり、真っ直ぐに向けられる瞳。
その瞳に映る自分の表情が、一昨日に佳奈島が見せた表情を連想させた。
決して同じ表情をしている訳ではない。けれど、どこか似通っているものを感じさせる。
それが何のかは分からない。だが……
信じて欲しいと言った俺が佳奈島を信じなくてどうするんだ。
俺は喉元まで出かかっていた弱音を呑み込んだ。不安や焦り、恐怖を押し込んで強く頷く。
「……ああ、分かった!」
その言葉を聞いた祭持さんは口元を綻ばせた。
「良い返事だ。それじゃあ、本体は任せるよ。私は分身達を蹴散らしてこようじゃないか」
そう言うと、祭持さんは懺悔薄刀を水平に構える。
目を閉じ、ゆっくりと大きく息を吸って……一息に吐いた。
直後、祭持さんの姿が消える。そして俺達の目の前に現れたかと思うと、俺の肩に手を置いた。
「行っておいで、奥崎君。君なら……君達ならきっと倒せるはずだよ」
その言葉が言い終わると同時に、さっき、祭持さんがいた場所にいた霊異者と、今俺たちがいる場所の直線上にいた霊異者達が一斉に消滅した。
俺は瞬時に何が起きたのかを理解した。そう、祭持さんが、
ここに来ると同時に切り捨てたのだ。
「分身のことは気にしなくて良い。私が絶対に君達二人には近づけさせないからね」
祭持さんは後方にいる分身達へと突っ込んでいく。そのまま霊異者達を誘導するように駆けていき、俺と佳奈島の周りには分身一体もいなくなった。
懺悔薄刀を華麗に振り回している祭持さんの背中に俺は頷いた。
「ああ!絶対に本体は倒す。だから祭持さん、分身を頼んだ!」




