第86話 動かなければ何も変えられない
そんな戦闘を見ていた俺は思う。
佳奈島は自分に向かってくる分身の霊異者達を相手にするので精一杯。祭持さんは本体へとごり押しで向かうことは可能だが、それは無茶をすれば可能だということ。
また本体へと無理矢理に詰めることができるのだろうが、一度接近された本体が警戒していない筈がない。
近づいてきた時点で距離を取り始めるに決まっている。
つまり、互いに決定打の無い状態。
さっき考えていた通り、霊異者の霊力切れか祭持さんと佳奈島の体力切れのどっちが先に訪れるかの戦いなのだ。
しかし、このまま戦い続けた先の結末は目に見えている……祭持さんが無理矢理に本体を滅そうとしたということは、このままでは先に二人の体力が尽きてしまうということを示唆している他ならないからだ。
今、この現状を変えるには誰かが変数としてこの戦いに加わらなければならない。
霊異者に立ち向かっていける人物……あの二人とまではいかなくても、戦える存在。
今、この場でそれができるのは、俺しかいない……そう、俺しか。
「俺も行かなきゃな」
そう呟くと、俺は拳を強く握り、立ち上がった。
祭持さんの作戦では、『片方が作戦を終えても、作戦実行中のもう片方の方へ手助けに行く』という内容が入っていない。
外蘭のことだ。自身の作戦が早く終わっても、俺達の作戦の手助けをしに来てくれる確率は低いだろう。
まあ、もし外蘭が手助けに来てくれたとしても、それがいつになるかは分からない。
来ないかも知れないし、すぐに来てくれるかも知れない……あるいは一時間後に来てくれるかも知れない。そんな漠然とした期待はするべきではないだろう。
立ち上がった俺の言葉を聞き、横で座っている改はあり得ないとばかりに目を見開く。
「は?何言ってんだよ!?あんなところに飛び込むのなんて自殺行為だろ!それに……奥崎、お前は吹き飛ばされて万全の状態でもないだろ!?」
それは心配から掛けてくれた言葉。語尾が強いのは、それほどまでに心の底から引き留めてくれているということならない。そんな改に俺は嬉しく思う……が、
俺が行かなければ二人が危ないんだ。今の俺には行かないという選択肢は無いのだ。
「怪我ならもう大丈夫だ。とっくに完治している。改が俺を心配してくれているのはすごくありがたいが……それでも俺は行くよ」
これは改のためでもあって、俺自身のためでもある。それに……
ここ数日の出来事が目に浮かぶ。祭持さんのこと……佳奈島のこと、そして競斗さんのこと。
俺は改に意地悪そうに笑った。
「それに俺は、祭持さんの助手兼弟子だからな」
「……はぁ?」
もう覚悟はできている。怖くないといえば嘘になるが、怖がって突っ立っているだけではいられない。
俺は弱いが、役に立たないわけではない……俺にも何かできることがある筈だ。
そして俺がきっと、現状の打開策になる。
「じゃあ行ってくる!改はそこで待っててくれ!」
「あっ、おい!」
俺は改の制止を振り払って走り出す。できる限り、後ろで見ている改が不安を抱かずに安心できるように、胸を張って走る。
そんな背中に改が声をかけてくる。
「っ!……奥崎っ!」
「なんだ?」
また引き留められるのか?
そう思って振り向くも……どうやら違うらしい。
改は俺に親指を立てて、笑顔を作っていた。その顔は今にも泣きそうで、恐怖に負けそうだが、それでも負けまいと無理に笑顔を作っている、そんな表情。
「奥崎……頑張れよ!」
奥崎、行くな!
本当はそう言いたいだろうに……その言葉をぐっと堪えて、俺の覚悟を尊重して俺を後押ししてくれる親友。
……改、手が震えてるじゃないか。
霊異者に対する恐怖と死の恐怖……それと同じくらいの心配。それらで震えてもなお、笑顔で見送ってくれる改を見て、俺は思わず口元を緩ませてしまう。
改、お前って最高の親友だな。
俺は強い意志を持って、改の言葉に頷くのだった。
「ああ!」
俺は走る。祭持さんと佳奈島が戦っている霊異者の群れへと飛び込むために……自分ができる最大限の身体強化をし、突っ込んでいく。
俺がある一定の距離まで近づくと、手前の数体の霊異者が俺に気付いた。体をこちらに向けると襲いかかってくる。
死人のような肌に、突き刺さるような恐怖の気……霊異者達は俺を殺さんと凄んでいる。そんな奴らが複数でこちらに飛びかかってくるのだから身震いをしてしまうが、そんなものでは俺の足は止まらない。
別に立ち向かわなくていい……霊異者の攻撃を避けて祭持さんと佳奈島の二人の元に行ければいい。霊異者を攻撃するのはその後だ。だから、辿り着くまでに受ける多少の怪我はどうってことはない。
そう……ただ、捕まらなければいいだけ。
俺は歯を食い縛る。たとえどんな傷を負おうとも、強烈な痛みが襲ってこようとも足を止めぬように確固たる意志を持って走る。
飛びかかってくる霊異者達の狭い隙間を掻い潜るようにして走った。その最中、霊異者の爪が俺の頬を掠め……また、他の霊異者の手が俺の手甲の薄皮を掴み、剝ぐも……俺は足を止めない。
霊異者の横を通り過ぎる。霊異者が繰り出した蹴りを避け、無数の手から逃げる。
そうしてようやく俺は、何とか複数体の霊異者を突破することに成功するのだった。そして一息つくこともなく霊異者の群れへと突っ込んでいく。
大勢の霊異者の隙間を潜り抜ける。時には押し出し、時には躱す。途中、俺に気付いた霊異者が手を伸ばしてきたりもしたが、霊異者がうじゃうじゃといるこの場所では服の袖すら掴めやしない。
こうして中心地である場所に辿り着いたのだった。




