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第71話 傷。

 「くそっ!」


 作戦が失敗に終わってしまった。もうこれ以上の作戦はない。


 俺は近くにあった長い間放置され、錆びれてしまった自転車を持ち上げる。


 少し重いが投げれないことはない。


 「うおぉ!」


 俺は自転車を投げようと反動をつける。が、その時気付く。佳奈島は既にさっきの位置には居らず、俺の足元、ゼロ距離にまで近付いていたことに。


 「なっ!」


 いつの間に!?


 佳奈島の手が伸び、俺の首を掴む。強く掴まれたことで呼吸できなくなるが、佳奈島にとってはそんなことなど、どうでもいい。


 一度、捻りを加えて俺の体勢を崩すとそのまま地面へと叩きつけるのだった。


 「がぁっ!」

 

 脳が揺らされ、視界が、意識がぼやける。痛みやら体の感覚やらが曖昧になっていき、意識が落ちかかっているのだと理解する。そんな俺の視界に、俺が持ち上げていた自転車が映った。

 

 あ、やばい。


 大の字で倒れている俺目掛けて自転車が落ちてくる。ボヤける視界の中、落ちてくる自転車を見つめていると、自転車が途中で止まる。


 どうやら佳奈島が、自転車が俺に当たる前に掴んだみたいだ。


 佳奈島は掴んだ自転車を地面に置くと、動けず、倒れている俺の上に跨る。


 佳奈島の右手には『消滅』が宿っている。


 これはもう、お手上げだな。


 佳奈島の『消滅』を見て、そう悟った俺は諦めから、こちらを見つめる佳奈島を見てつい笑ってしまう。


 流石にもうどうしようもない。祭持さんと練った作戦も失敗に終わってしまったし、俺の手の内も残っていない。祭持さんのお守りがあるから、一回の致命傷はなんとかなるだろうが、それ以降の状況を切り抜ける方法が思い浮かばない。


 俺は目を瞑り、『消滅』が振り下ろされるのを待つ。もう俺は助からないんだ。せめて痛みがないように大人しくするしかない。


 そう思い、待ち続けるが、一向に佳奈島は手を振り下ろさない。


 不思議に思い、目を開けると、佳奈島が俺をじっと見つめていた。

 

 佳奈島は目を開けた俺の瞳を見て、口を動かした。


 「ねえ、奥崎……蓮。さっきは、なんで手を止めたの?あの時、そのまま振り下ろしていれば私に一撃を入れることが、できた筈でしょ?」


 俺は一瞬、佳奈島の言う『さっき』とはいつのことなのだろうと思うが、すぐに理解する。


 佳奈島の問いに答えた。


 「俺は別にお前を傷つける為に戦っていた訳じゃないからな」


 まあ、つい切羽詰まって手が出そうになってしまったがな。


 「……そう」


 俺の言葉を聞いて佳奈島は一言呟くが、無表情だから俺には佳奈島が何をどう思っているのかが分からない。


 そんな佳奈島が再度、俺の名前を呼ぶ。


 「奥崎、蓮」


 「なんだ?」


 「私が、鎖に縛り付けられた時、攻撃できた……でしょ?なんで、攻撃してこなかった……の」


 「だから、俺はお前を倒す為に戦っていた訳じゃないって。俺はお前を説得しにきただけだ」


 「奥崎、蓮」


 「なんだよ!……って……」


 何回質問してこれば気が済むんだ。そう思い、佳奈島を怒鳴ろうとしたその時、佳奈島が右手の『消滅』を解除して、俺の胸を叩いた。そして、そのままうずくまる。


 佳奈島は俺のシャツを強く握りしめ、体を震わせている。


 突然のことだったのと、そんなことをされると思っていなかった俺は呆気に取られ、ただただ、俺の胸を叩いて叫ぶ佳奈島を見ることしかできない。


 苛立ち、悔やみ。それは俺に対しての感情なのだろうか。それとも自分自身に対しての言葉なのか。佳奈島は感情的に叫ぶ。


 「なんで、あなたは私を攻撃してこなかったの!あなたが私を攻撃してきていれば、私は……私はっ!あなたを消すことに躊躇うことなんてなかったのにっ!」


 「・・・・」


 嗚咽が聞こえる。俺のシャツを握る力が更に強くなったのが分かり、俺の上で小刻みに肩を震わせている佳奈島は泣いているのだろう。


 佳奈島は声を絞り出しながらも言葉を続ける。


 「私は……霊異者が憎い……私は自分以外を信じることができない。あの日から、どんなに強くなっても裏切られることが怖くて、心の底から他人を信じれない。信じてみたいけど、信じれないっ!私は……私はっ……」


 本当は殺したくなんか……ない。


 ほんの微かだが、佳奈島が小声でそう言っているのを俺は確かに聞いた。消え入りそうな声。その声が佳奈島の本音なのだろう。


 俺は空を見上げる。


 こんな時、どんな言葉を掛けてあげるのが正解なのだろう。女子が長年の悩みを口にして泣いている場面。


 俺は今までの人生でこんな場面になったことも、立ち会ったこともない。それに加えて、他の人よりも女子と話す機会が少ない俺には到底思いつかない。


 だけど、このまま黙っているのは違うよな。


 「なあ、佳奈島」

 

 俺は空を見上げながら佳奈島に話しかける。泣いていた佳奈島だったが、俺の言葉で泣くのを止め、返事をする。


 「…………何?」


 「俺は霊異者じゃないんだ」


 「嘘」


 速攻で否定の言葉が返ってくる。だが、俺は首を振る。


 「嘘じゃない」


 「そんなの、信じれない」


 佳奈島の声は弱々しい。まるで小さな子供のような幼なさが言葉の端々から感じられる。


 俺はなるべく、優しい声で言う。


 「信じなくたっていい。騙されたと思ってくれよ」


 「……無理」


 頑なに頷かない佳奈島。でも、俺は諦めない。今にも消え入りそうな佳奈島に力強く言う。


 「佳奈島、俺はお前の敵じゃない。裏切らないし、絶望もさせない。なんなら困っていたら助けるし……って言っても、俺の方が弱いからそんなことにはならないか。だったらせめて、佳奈島の盾くらいにはなってやるよ。それじゃあ駄目なのか?」


 そんな俺の言葉を聞いて、俺のシャツを握っている佳奈島の指がピクリと動いた。佳奈島は少し時間をおいた後、俺に尋ねてくる。


 「……それ、本当なの?」


 「え?佳奈島の盾になるってことが?」

 

 「違う。私を裏切らないってこと」


 佳奈島の言葉に俺は頷く。


 「ああ」


 「本当に本当なの?」


 「そうだ。本当に本当だ」


 「……そう」


 それからまた、佳奈島はしばらく俺の胸に顔を埋めたまま黙るのだった。


 俺に泣いている顔を見せたくないのか、それとも何か自分の中で決心をしているのか。


 他人である俺には佳奈島が何を考えているのかは分からないが、少なくとも後ろ向きなことを考えている訳ではないだろう。


 しばらくして、佳奈島はようやく顔を上げた。その目は腫れてはいるが、涙は止まっている。そして、心無しか晴れやかな表情をしているように見えた。


 今まで抱えていた悩みがスッキリした、そんな感じに。


 佳奈島は俺から離れると、少し歩いた後に大の字になっている俺に言った。その顔はいつもの無表情だが、どこか柔らかい。


 「奥崎蓮。近くに公園がある。そこのベンチで話を聞かせて」

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