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第70話 混乱と悲しみと。

 「……ぐすんっ……だれ?」


 少女、正確には少女の右手を見た男は思わず驚愕した表情を見せた。


 それもその筈。振り向いた少女の右手は、どす黒い何かに包まれていたのだから。


 「なっ!?」


 それは『霊能力』。幼い少女にはあまりにも似合わない『霊能力』が、少女の右手に宿っていたのだ。


 「……マジかよ」


 普通、霊能力者の指導の下で『霊能力』は目覚める。それ以外に目覚めるケースは無い。男はそう思っていた。


 何せ、男は「誰にも教わらずに自ら霊能力を目覚めさせた人間』なんて、見たことも聞いたこともなかったのだ。


 恐らくだが、少女は精神的に強いショックを受けたのだろう。それがきっかけで霊能力に目覚めてしまった。


 霊異者に両親を目の前で殺された強い衝撃によって。


 それは、少女が体験するにはあまりにも惨く悲しすぎる。


 男は奥歯を噛み締めた後、その少女の元へと近づいていく。


 向かってくる男に対し、少女は怯える仕草を見せながらも強く睨む。

 

 「嫌だ!来ないでよ!」


 その目には憎しみが宿っている。霊異者に対して異常な程までに。


 その瞳は死んでいる。もう誰も信用できない。そう告げるように。


 だが男は足を止めない。男には少女の痛みがよく分かってしまうから。


 このまま一人にさせてしまうと、少女がどうなってしまうのかを酷く理解しているから。


 一時はその道へと踏み込んでしまった自分のようにさせる訳には行かない。


 男は少女の元までやってくると、少女の目線までしゃがんだ。


 「……おい」


 「ひっ!」


 少女は追い払おうとその右手を振りかざす。男が避けなかったが為に男の頬を掠める。


 男の顔に抉り取ったような綺麗な切り傷ができるが、その傷は瞬く間に消えてゆく。


 「……お前ぇ」

 「嫌だぁぁぁぁ!来ないでよぉぉ!」


 錯乱状態に陥っている少女。あんなことがあったのだ。今の少女には目に映る人全員、敵に見えるだろう。


 少女は右手を男に突き刺す。その手は男の横腹をいとも容易く貫いた。


 「外蘭様!?」


 入り口にいた女の子が、男が貫かれたのを見て叫んだ。


 「……あっ」


 混乱していた少女だったが女の子の叫び声を聞いて、今、自分が何をしてしまったのかを理解したのだろう。


 少女は一瞬固まると、男の横腹に刺さっている右手を抜いた。


 少女は震える。人を刺してしまった罪悪感。自分のせいでこの人は死ぬのだと。自分が犯してしまった事の重大さに押しつぶされそうになる。


 「ごめんなさい……ごめんなさい」


 掠れた声で何度もそう呟く少女。その顔は青ざめており、今にも消え入りそうになっている。


 そんな少女を男は抱き寄せた。


 「大丈夫。大丈夫だぁ」


 震える少女の顔を胸に埋める。落ち着かせる為に背中を何度か叩く。


 そうしている最中、男の腹の傷が癒えていく。何事も無かったかのように、徐々に確実に。そして完全に傷が塞がったと同時に、男の懐から頭に切り傷と横腹が綺麗に切り取られている藁人形が落ちた。


 「きついだろ、辛いだろぉ。その記憶はなぁ、死ぬまでずっと消えねぇんだ。お前はこの先、一生、トラウマという傷を抱えて生きていかなきゃいけねぇ……今日あったこと全てをずっと忘れれないまま過ごすんだぁ。だからお前は人一倍強く生きなきゃいけねぇ。辛い記憶に負けないくらい強く……な」


 「無理だよぉ……私、弱いもん……臆病だもん」


 「そんなもん、どうとだってできる」


 そうだぁ……どうだってできる。俺がそうだったように。


 「俺の元に来い。俺が強くしてやる。どんなことにも押し潰されないくらい……理不尽に抗えるくらいに、俺がお前を、強ぇ奴にしてやるよぉ」


 男は少女を両手でしっかりと抱きしめる。


 強く……けれど優しく。泣いている少女が心から安心できるように。


 かつて、心に大きな傷を負った男が少女を拾った。自分と同じように、心に深い深い傷を負ってしまった少女を。


 昔、道を踏み外していた自分を救ってくれたあの女性のように、男もまた、一人の少女を救う為に弟子にしたのだった。

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