第61話 決着??
佳奈島のドス黒い手が俺の視界いっぱいに広がっていく。後ろは壁。そして前からは『消滅』を込めた右手が迫っていた。
絶体絶命のピンチ。だが、今の展開は作戦通り。
あまりにも作戦通りにいっている為、つい頬を緩ましてしまう。そう、
「俺はこの時を待っていたんだ」
佳奈島の霊能力である『消滅』は、右手にしか宿っていない為、腕に触れても問題は無い。そして佳奈島は『消滅』に大多数の霊力を割いている。
従って、今の佳奈島の身体能力は微弱に霊力を纏った俺より下になっている。
今の俺なら、佳奈島を力で勝ることができるのだ。
俺は佳奈島の右腕を両手で掴む。俺の顔に触れる寸前で手は止まり、俺はそのまま、その手を押し出すことはせず、あえて自分の方へと引き込んだ。
そう、俺の後ろにある壁の方へと。
どうする?佳奈島。
お前は壁を壊すことはできない。このままだと『消滅』で壁を壊してしまう。
佳奈島、お前の選択肢は二択だ。
『消滅』を解除するか、体を反転させるか。
『消滅』を解除して、霊力のリソースを身体能力に注げば、俺を殺すことはできないが壁を壊すことなくこの場を切り抜けられる。
体を反転させ、俺と壁の隙間に回り込めば、身体能力は低いままだが『消滅』を維持したまま俺を殺すことができるかもしれない。
普通なら解除することを選ぶだろう。だが、佳奈島。お前は解除なんかしない。『消滅』は発動するのにも結構な霊力を用いると祭持さんから聞いた。
もし解除して、また発動したら、その時は何分持続できるんだ?
二分?一分?いや、持って数十秒だろう。
そんなリスクを冒してまで解除しようだなんて佳奈島はしない。だから、佳奈島。お前は体を反転させ、俺と壁の隙間に入り込む。その選択をする筈だ。
「っ!まだ、終わりじゃ、ないっ!」
読み通り、佳奈島は地面を蹴ると、俺を飛び越えて反対側へと回り込んだ。
それは小柄な体故にできる芸当。
佳奈島は空いている左腕に霊力を集める。『消滅』を維持している霊力以外の霊力を左腕に集め、その強化された左手で右手を掴んでいる俺の手を解こうという算段だ。
佳奈島は右手を掴んでいる俺の腕へと左手を伸ばす。そのまま俺の腕を、
掴……むことはなかった。
佳奈島の左手は途中で止まる。正確には伸ばそうとしているが前に進めない。
壁から生えてきた半透明な鎖が、佳奈島の上半身から腕にかけて絡み付いており、それが佳奈島の動きを制限し、動けなくさせていたのだ。
「くっ!」
佳奈島は鎖を引きちぎろうと力任せに動くが鎖が千切れることはなく、むしろ拘束がきつくなり壁へと磔にされる。
佳奈島は完全に動きを制限されてしまった。
「……やられた」
壁を沿って走り、壁の物を手当たり次第に投げていたのは、私を近づけさせないようにするためだけではなかった。
自然な形で移動しながら壁の物を全て投げることで、自分の手札を切ったと思わせて、私に勝利をちらつかせて突っ込ませる。
そう、奥崎蓮の一連の行動は全てはこの場所に私を誘き寄せるためだったのだ。
佳奈島は鎖から抜け出そうと何度か身じろぎをしていたが、抜けられないと諦めたのか大人しくなる。
「上手くいったな」
俺は半透明な鎖に目をやる。
『一時凌ノ鎖』、それが佳奈島を壁に縛りつけているこの霊具の名前だ。
これは祭持さんが事前に設置しておいてくれていたもの。効果は見ての通り。設置し、罠に嵌った対象を縛りつける。
佳奈島は抵抗する素振りを見せることなく、顔を俯かせた。そんな顔を伏せている佳奈島に俺は語りかける。
「なあ、佳奈島」
「……なに?」
佳奈島は返事をしてくれるも顔を上げることはない。
「もう諦めたらどうだ?」
「……諦める?……私が?何を?」
伏せていて表情は分からないが、俺の言葉に疑問を抱いているのがわかる。
「俺を殺すのをだよ。だって今の縛られた状態じゃあ、もう何もできないだろ?だから……」
「霊異者と話すことはない」
俺が喋っている途中で佳奈島は食い気味に言葉を被せ、遮ってくる。だが俺は、途中で遮られたくらいで対話をやめるつもりはない。
遮られたところから言葉を続ける。
「だから、一回だけでいいから俺の話を聞いて……」
「聞かない。霊異者の話なんか聞きたくない」
また言葉を被せられた。
……どうやら、徹底的に俺の話を聞いてくれないらしい。対話の意思を示さず、俺の顔を見ようともしない佳奈島の頑固さに思わずため息が出た。
「はあ……だから、俺は霊異者じゃない。人間だって言ってるだろ」
「……そんなの信じない……信じないの……信じたりなんか、しない」
独り言のように呟く佳奈島の言葉は、俺に対して言っているのではなく、まるで自分に言い聞かせるように呟いているように見える。
佳奈島は、声を微かに震わせながらも言葉を続ける。
「霊異者にとって、会話は人を騙す一種の手段……私はこの目で沢山見て、きた……。そう、あの時だって……」
佳奈島は強く両拳を握りしめる。肩を震わし、何かに堪えている。
思い出しているのだろうか。祭持さんが言っていた七体の霊異者、彼らを滅する依頼を受けた時のことを。
もしくは、霊異者に関することで辛いことがあったのかも知れない。ひどくトラウマになるような出来事が。
「……佳奈島」
俺の口から無意識に佳奈島の名前が溢れる。深い傷を抱いている目の前の少女を見ていられなくなった俺は、慰めようと手を伸ばす……が、佳奈島の悲鳴がその手を止めさせる。
「霊異者は皆、人を陥れることしか考えていない!私が滅してきた奴らは全員そうだったっ!」
「っ!?」
佳奈島は俯かせていた顔を上げて、声を荒げた。興奮からか肩を大きく上下に揺らしている。その顔には怒りや悲しみ、憎しみなどの感情がぐちゃぐちゃに入り混じっている。
だが、その顔を見せたのは一瞬。俺の驚いたは表情を見て、すぐに俯き、顔を隠した。
そんな佳奈島に、俺は何も言えずに突っ立っているだけ。
その後、少しは落ち着いたのか、荒くなった呼吸を整えた佳奈島が唇を動かした。
「……奥崎蓮。あなたは私に勝てない……何故なら、私はまだ本気を出していないから」
「本気?」
佳奈島の言葉に、俺はつい首を傾げてしまう。
佳奈島はこれ以上どうするというのだろうか。今、佳奈島は『一時凌ノ鎖』によってがっちり拘束されている。
さっきの様子を見るに、もう抜け出せないだろう。仮に抜け出せたとしても、もう『消滅』を解除してしまっているから、下手に『消滅』を使えなくなってしまっている。
言うなれば詰みの状態だ。
だが、佳奈島は俺の言葉に俯きながらも頷き、その後、顔を上げて俺を見た。
その目に諦めの感情は混じっていない。
佳奈島は大きく息を吸う。そして一言、声を発するのだった。
「『霊具解放』」
その言葉で佳奈島の胸元が輝き始めた。正確には上着の内側。そこにある何かが佳奈島の言葉に反応して輝きを放ったのだ。




