第59話 圧倒的実力差
佳奈島が地面を蹴る。薄汚れたコンクリートを駆け抜け、俺に拳を振り上げてくる。
俺は体を横に逸らすことで躱し、後退する。だが佳奈島は、俺が距離を離すことは許してくれず、追随して蹴りを飛ばしてくる。
佳奈島の攻撃を躱しては下がる。俺が下がっては佳奈島が接近している。
そんな攻防が人気の無い路地裏で繰り返される。
だが、それもずっとは続かない。まだ戦闘経験がない俺に攻撃が当たるのは時間の問題だった。
俺目掛けて回転蹴りが飛んでくる。
霊力の強化に回転力を加えた強力な蹴り。
いくら佳奈島のような小さな体から出た蹴りだとしても、そこまで強化されれば俺の微弱な霊力の身体強化では吹き飛ばされてしまうだろう。
俺は横に飛ぶことで佳奈島の蹴りを回避する……が、佳奈島は回転力を保ったまま空振った足で地面を蹴ると、もう片方の足で再度、回転蹴りをしてくる。
二連続で回転蹴りをしてくると思っていなかった俺は、対応することができず佳奈島の蹴りを横腹に食らってしまった。
「がっ!」
嫌な音が響き、肋骨が何本か折れたのが分かった。そのまま吹き飛ばされるも、歯を食いしばりながら何とか受け身をし、すぐさま起き上がる。
佳奈島の動きを逃さまいと顔を上げるも既に佳奈島が目の前に……
「遅い」
「ぐふぅっっ!」
蹴りを顔面にモロに食らう。口の中が切れ、鼻血やらなんやらが飛び散った。
脳が揺れ、平行感覚が一時的に麻痺し、よろけてしまう。その隙を見て、佳奈島は俺に何発も拳をめり込ませると蹴りで吹き飛ばす。
俺は勢いよくゴミ箱がある方へと突っ込み、ゴミ袋の山に埋もれた。
ゴミ袋がクッションになってくれたおかげで衝撃はほぼ無いが、殴りの連打の痛みが半端ない。
つ、強ええ。
別に佳奈島に戦闘で勝てるだなんて最初から思ってはいなかったが、それにしても一方的だ。もう少し善戦すると勝手に思っていたがそんなことはなかった。
俺の実力は祭持さんとの特訓で向上はしたが、佳奈島の実力には遠く及ばないのだ。
やっぱり、真正面から戦っては駄目か。
ゴミ袋に埋もれた体を起こす。この時には既に怪我は治っており、殴られた全身の痛みも消えている。
俺は倒れたゴミ箱に目を向けた。
作戦会議の時、祭持さんが言っていた。佳奈島は公共の物を壊すのに躊躇があると。
もし本当なら、このゴミ箱を投げつけたら佳奈島は壊さずに受け止めるだろう。もしそうなら、俺が公共の物をうまく使えば佳奈島は戦いづらくなる。
「ゴミ箱を見つめて、どうしたの?」
不思議そうに首を傾げる佳奈島。だが、近づいてくる足は止めない。
「いや、なんでもない……よっ!」
そんな佳奈島に俺はゴミ箱を投げつける。霊力で強化したおかげで軽々と持つことができ、すごい勢いで佳奈島の方へと飛んでいく。
それを佳奈島は蹴り壊すのではなく、両手で掴むとそっと地面に置いた。
「悪あがきしないで」
そう言いながら、地面に置いたゴミ箱を指で軽く叩く佳奈島は、どうやら俺がゴミ箱を投げた意図には気付いていないらしい。
これで確信がいった。祭持さんの言う通り、佳奈島は下手に物を壊すことができない。
次にゴミ袋を投げる。空中で袋が破け、ゴミが宙に舞う。佳奈島はほんの少し眉を顰めると自分に降りかかるゴミだけを雑に弾いた。
その隙に俺は壁を沿って移動し始める。壁に沿って移動すれば、佳奈島は下手に攻撃ができないだろう。
ゴミ箱すら壊すことに躊躇するなら、壁を壊すだなんてもってのほかだからな。
予想通り、佳奈島は突っ込んで来ず、その場で俺を目で追っているだけ。俺は片っ端から落ちている物を拾い上げては佳奈島へと投げ続けた。そんなことをしている俺を、佳奈島は目を細めて見てくるのだった。
「戦いづらい……」
佳奈島は、自分の方へと飛んでくる色々な物達をあしらいながら呟く。
ゴミ袋は別にいい。だけどゴミ箱や何かのケースのような物、木の板などを投げられると非常に困る。
師匠に「公共の物を壊すな」的なことを言われている私は、飛んでくるそれらのものを壊さずに対応する必要があった。
地面にぶつかっても壊れないような物は避けても問題ないけど、ガラスやレンガ、それらの脆い物は避けずにキャッチしなければいけない。
こうも色々な物を投げ続けられると近づきようがない。今すぐにでも奥崎蓮に飛びかかって行きたい気持ちを我慢して、私は飛んでくる物をあしらっていく。
その間にも、奥崎蓮は遠くへと移動して私との距離を離していった。
どんなに距離を離そうとも無駄なのに。遅いからすぐに追いつける。それに、もうそろそろ壁際に置いてある投げれるような物は全部尽きて、この悪あがきも終わる。
奥崎蓮が壁際に置いてある最後の一つ、植木鉢を掴む。それを私に投げつけ、私は掴んで地面に置いた。
「……終わり」
私は腕をだらりと垂らす。足裏以外の一切の力を抜いて仁王立ちする。その後、瞬間的に全身に力を入れ、それらを跳躍力へと変えることによって、奥崎蓮との距離を縮めた。
これが師匠に教えてもらった技、『瞬脚』。
私は右手に更に霊力を纏わせる。赤紫色から禍々しい黒色へと変色していく。それはもはや別物。私は霊能力を発現させ、その手を広げると、奥崎蓮の顔面へと迫らせた。
手に宿る私の霊能力。その能力は……
「触れたものはどんなものでも消滅する。だろ?」
「っ!?」
奥崎蓮の顔の大部分は自分の広げた手によって遮られて見えないが、奥崎蓮の口元は遮られていない。私は奥崎蓮が不敵な笑みを浮かべたのをこの目ではっきりと見た。
私の能力が知られている?何故?
疑問が一瞬、私の頭をよぎる。
誰から聞いたの?どこまで把握されているの?
……いや、そんなこと今は考える必要はない。
たとえ奥崎蓮に知られていたとしても何も問題はない。何故なら、私の霊能力は知ったところで対処できる能力ではないから。
手を止めずに奥崎蓮の顔へと近づける。奥崎蓮は避ける素振りもせずに口角を釣り上げたまま。そして私に一言、こう言った。
「俺は、この時を待っていたんだ」




