第58話 衝突。
「く、くそっ!」
佳奈島の蹴りが目前に迫る。
咄嗟に避けれないと判断した俺は、顔を庇うように両手で防ぐも、勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまい、壁に勢いよく衝突した。
コンクリートの粉塵が頭にかかるが、そんなことを気にしている余裕はない。
俺はすぐさま立ち上がり、佳奈島を見た。佳奈島は俺に殺気を放っており、俺を本気で殺そうとしているのは一目瞭然。
やっぱり駄目だったか。戦わずに話し合いができれば一番良かったのだが……予想通り、戦う羽目になってしまった。
最初の説得は失敗に終わってしまったのだ。
「お願い、抵抗しないで。そしたら苦しませずに殺してあげれる」
俺に近づいてきながら、そう言う佳奈島には悪いが、俺は殺されるつもりなんて毛頭無い。
「すまないな、佳奈島。そのお願いは聞けないな」
「そう……だったら、苦しむだけ」
交渉は決裂。
佳奈島は地面を蹴って突進する。それと同時に手を前方へと突き出し、途轍もない速さで俺の心臓を貫こうとしてくる。
その動きは一昨日までの俺だったら見えておらず、あっさりと心臓を持っていかれていただろう。だが、祭持さんの鬼畜な特訓を終えた今の俺には、佳奈島の動きを捉えることもできるし、対応することもできる。
俺は心臓へと突き出された手の方の腕を掴むと突っ込んできた勢いを利用して、背負い投げの要領で佳奈島を遠くに投げた。
俺に向かってきた佳奈島の勢いが強かったのと佳奈島自身の体重が軽かったため、少ししか力を入れていないにも関わらず、思っていた以上に吹っ飛んでいった。
できればそのまま背中から地面に落ちて倒れて欲しい。だなんて思うが、そんなことはなく佳奈島は空中で姿勢を戻し、綺麗に着地する。
「・・・・」
顔にかかった紫色の髪をかき分ける。見えた佳奈島の表情はさっきとほぼ変わらない。だがほんの少し驚きの色が見えるのは俺の気のせいではないだろう。
「こんな、動けたの?」
「動けた?……ああ、昨日、特訓をしたから動けるようになったんだ」
俺の言葉を聞いて、佳奈島はピクリと指を動かした。どうやら俺が言った言葉に憤りを感じたらしい。少し首を傾け、目を見開いて俺を見てくる。
「昨日?……奥崎蓮。あなたは一日特訓をしたくらいで、私に勝てると、思ってるの?」
それは除霊師としてのプライド。何年もかけて死に物狂いで積み重ねてきた努力に、素人同然の者がたった一日の努力だけで勝とうだなんて冗談も甚だしい。
見たことのない佳奈島の表情に冷や汗を垂らしながらも、俺は火に油を注いでいく。
「どうだろうな。案外、勝てるんじゃないか?」
「……そう」
何か言い返してくる。俺はそう予想していたが、そんなことはなかった。佳奈島は俺に何か言ってくることも無く、ただ怒りの表情から無表情へと変え、だらりと腕を下ろす。
ん?いつもの佳奈島の表情に戻った?……いや、違う。目はさっきと変わっていない。ただ冷静さを取り戻しただけだ。
その瞬間、佳奈島が消えた。佳奈島が立っていた場所には靴がめり込んだ跡だけが残っている。その靴の跡に不思議に思うも、考える前に佳奈島が目の前に現れた。
「なっ!?」
速っ!?全く見えなかった!
そこで気付く。佳奈島が行った、相手との距離を一瞬で詰める技。その動きには見覚えがあることに。
そう、一昨日、廃墟のビルで見た外蘭と同じ動きだ。佳奈島は外蘭の弟子。外蘭と同じ技を使えても不思議ではない。
だが、外蘭とは決定的に違う部分もあった。それは、外蘭の技は現れたと同時に攻撃が飛んできたが、佳奈島は現れてから攻撃へと移っているという部分だ。
飛んでくる拳を腕で防ぎながら思う。
佳奈島は外蘭とは違って、一瞬で間合いを詰めるのと攻撃するのを同時にはできないのだと。
「ぐっ!」
挑発したからだろうか。初撃の蹴りより攻撃が重たい。
咄嗟に腕を構えた為、しっかりと防ぎきれなかった俺は吹き飛び、不格好に地面を転がるとゴミ箱へとぶつかる。
「がっ!」
祭持さんとの特訓で痛みで動きが鈍くなることはなくなったとはいえ、背中を強打したせいで呼吸ができなくなり、すぐには起き上がれない。が、それも一瞬。俺は地面に手を着き、上体を起こす。
カサッ
「ん?」
手に何かが触れる。見ると、一枚の紙が俺の手と地面の間にあり、手を退けるとそこには一文が書かれていた。
『ごめん、用ができたから一人で何とかしてね〜 by祭持』
……は?
一瞬、思考が停止する。俺は一度、その手紙から目を逸らした。
この置き手紙は誰が誰に対して置いたのだろう?はは、まさか祭持さんが俺に対して残していった手紙じゃないよな、ははは。
再度、置き手紙を見る。
『ごめん、用ができたから一人で何とかしてね〜 by祭持』
うん、これは祭持さんが俺に向けて残していった置き手紙だ。
マジかよ……どうやら、今ここに祭持さんはいないみたいだ。
祭持さんという、もしもの時の助けが無くなってしまった。これからはもう作戦を成功させるしか俺が生き残れる道は無い。
本当に俺一人でどうにかしなくてはいけなくなってしまったじゃないか!と、言うか祭持さん、こんなゴミ箱の影なんていう分かりにくい場所に置き手紙を残していくなよ!もっと気づきやすいところに置いといてくれよ!
そんな思いから乾いた笑いが出てしまう。
「……はは、ははは……っ!?」
だが、佳奈島は待ってくれない。
しゃがみ込んでいる俺に向かって蹴りを入れてくる。回転力を活かした素早い蹴り。
俺は佳奈島の蹴りを、耳を掠めながらも躱し、立ち上がって何とか距離を取る。
落ち着け、俺。
祭持さんがいるから何とかなるだろう。なんていう安心要素は無くなったしまったが、やることは祭持さんが居てもいなくても変わらないだろ。
作戦通りしっかりやれば、勝てる、いや勝つんだ。
「容赦ないな」
ほんの少し前までは部室で本を見る仲だった。佳奈島はどう思っているかは分からないが、俺は佳奈島とは仲が良い方だったと思っている。少なくとも俺は佳奈島を攻撃するのには躊躇が出てしまう。
佳奈島も、おれと同様にそうであると思っていたのだが……
佳奈島は、俺の言っている意味が分からないとばかりに首を傾げる。
「え?私、霊異者に手加減なんかする訳ない」
「……そうかよ」
佳奈島の瞳からは、迷いというものが微塵も感じられない。どうやら今の佳奈島は、俺のことをもう同級生としては見ていないらしい。
人ではなく、霊異者。
それが今の佳奈島に見えている俺の姿のようだ。
少しだけ……少しだけ、悲しいな。
佳奈島の中では、もうあの頃の思い出は無い物として扱われてしまったのだろうか。佳奈島とは交わした会話こそ少ないが、それでも部室で二人で黙々と本を読み漁った時間はかけがえのないものだった。
俺も迷っていられない。
俺は目を瞑り、集中する。体の奥底でふつふつと湧き立っている霊力を全身へと広げる。
「……霊力」
佳奈島の呟きの通り、俺は全身に微弱ながら霊力を纏わせる。
全身に霊力を纏わせ、身体能力を向上させる。俺が祭持さんとの鬼畜な特訓で得た成果の一つだ。と言っても俺の身体強化は、まだ微弱すぎて通常の身体能力を僅かに上昇させるくらいのものだが。
俺の霊力の色は無色。正確にはほぼ透明に近い白色。そんな霊力を全身に纏わせた俺を見て、佳奈島は構えた。
「……死んで」




