第54話 耽る。オモイ。
その後、しばらくして祭持さんは服を手に持って戻ってきた。その服を俺に手渡してくる。
「はい、服」
「ありがとうございます」
俺は深く頭を下げて、服を受け取る。敬語になってしまっているが、決して興奮している訳ではない。決して興奮で自分を見失っている訳ではないのだ。
俺は手渡された服を広げる。白い長袖のシャツに灰色のズボン。それらは随分と俺の思う祭持さんの印象とはかけ離れているが、まあ、気のせいだろう。
俺はシャツを着て、ズボンの上から灰色のズボンを履いた。
「ん?」
履き終えた時、ふと、何かおかしいことに気づく。
「んんっ?」
俺のサイズにフィットしすぎなのだ。長さはもちろん、ウエストまで。
おかしい……何かがおかしいぞ。まるでこの服は俺が着る為にあるような……
「……ま、まさかっ」
特訓で服がボロボロになってしまった俺は祭持さんの服を借りて家へと帰る。そう意気込んでいた俺だった……だったが、これは……
「これは……男物?」
少なくともこの服は女性服ではない。男女共用か、男性服だろう。それと何より綺麗すぎる。日頃着ている服ならば、多少なりともシワがあってもいいものだが、シワは一つも無かった。つまり、この服は……
俺の言葉に、祭持さんはニヤニヤと口元を緩ませた。
「そうだよ。君の服がボロボロになるのを見越して、私が事前に買っておいた服だ。もちろん、君用に買った服だから新品だよ?」
俺の予想は当たっていたらしい。どうやら、この服は祭持さんの服ではなく、俺用に買っておいた服。
祭持さんの言葉で、今着ている服が祭持さんの物ではないことが決定付けられてしまった俺は、ショックのあまり、肩を落としてしまう。
「……そうか」
てっきり祭持さんの服を着れると思っていた。祭持さんの服を着て、家に帰れる……なんて思っていた。そうだよな?そんな都合の良い展開なんか来ないよな……分かってたよ。
「……はぁ」
ああ、勝手に期待していた俺が馬鹿だったよ。淡い期待を抱いた俺が……
「あれ?なんだか残念がっているように見えるのは私の気のせいなのかな?もしかして、私が日頃、着ている服を貸す……と、奥崎君はそう考えていたのかい?」
祭持さんは腕を組み、笑いを堪えて俺の顔を覗き込む。その顔を見て理解した。祭持さんはわざと期待させるようなことを言ったんだと。
「服を貸してあげるよ」と言えば、純真無垢な男子高校生である俺が期待すると分かっていた。だから俺の反応を見る為だけにわざわざ事前に服を用意しておき、特訓で俺を半裸にしたのだ。
なんて……なんって、悪質な意地悪……なんだ。
俺はショックから、悔しげな表情でも動揺した表情でもなく、ただただ無の表情になってしまう。
「……思って……ないです」
突然、死んだ顔になった俺を見て、祭持さんは若干、引き気味になり、小声で「えぇ?そんなに期待してたの?」と俺には聞こえないように言っているが、そんなに距離が離れていない為、俺には丸聞こえである。
「そ、そうか。じゃ、じゃあ、服も着たことだし、奥崎君。君はもう帰りなよ。明日に向けてゆっくり休むんだよ」
祭持さん、なんでそんな引き攣った笑みを浮かべているんだ?申し訳なさそうにぎこちない笑みを浮かべているけど、淡い期待を抱いてしまった俺が悪いんだよ?
俺が切ない瞳で見つめていると、祭持さんは俺の肩に手を置いた。
「そ、そうセンチメンタルになるなよ、奥崎君。明日は大事な日だ。そんな落ちこんだまま明日を迎えたら、成功する作戦も成功しないよ?」
「……はい」
「・・・・」
「・・・・」
「ほ、ほら! 帰ったらゲームでもして気持ちを高めたら良いんじゃないか?」
「……ゲームは今、没収されてます」
「そ、そうなのか。それは……ま、まあ……うん……」
気まずい雰囲気が流れる。いや、ちょっと前から流れてはいたが、祭持さんは掛ける言葉が見つからないのか、申し訳なさそうに目を逸らしている。
「それじゃあ、俺……帰ります」
「あ、ああ!それじゃあ、明日も今日と同じ時間に来てくれ。明日はちゃんと私も準備をしておくよ」
「……はい」
「じゃあ、また明日。奥崎君」
「……はい」
手を振る祭持に軽く会釈してから、俺は庭から出ていくのだった。
あぁ……何がとは言わないが……着たかった。
祭持さんの元を去った俺は、そのまま迷いの道を出て、寄り道せずに自分の家へと帰った。
帰り道。途中まではセンチメンタルな気持ちになってはいたが、歩いている内に落ち込んだ気持ちは段々と癒えていき、家に帰る頃にはすっかり治っていた。
あんなに落ち込んでいた気持ちも今はもう元通り。明日までは落ち込み続けると思っていたが、案外大丈夫だった。人間、不思議なものだな。
俺は家の鍵を開け、自室に戻る。
勉強机の前に置いてある椅子に座り、だらしなく、椅子の背もたれに寄りかかった。
「ふぅー、疲れた」
特訓の疲れで全身が鉛のように重い。手足を脱力させ、椅子に全体重を乗っける。
「はあ…………ん?」
このまま目を瞑り、寝てしまおうかと思った時、ふと、机の上に何気なく置いてある一冊の本に目がいった。その本は、佳奈島が貸してくれた本。
祭持さんと出会った時に読んでいた本。その後は色々あったから、その日から読めておらず、まだ途中までしか読めていない。
その本を見ていると、佳奈島が頭に浮かぶ。
あの感情をむき出しにして睨んでくる佳奈島。それに続いて、学校にいる時の無表情な佳奈島。読書部の部室で本に囲まれ、微かに口元を緩ませながら本に没頭している佳奈島が頭に浮かんだ。
俺は一度目を逸らし、立ち上がろうとするも、何故かは分からないが読まなければいけないような気がして、再度、机に置かれている本へと目を向ける。
「……しょうがない。暇だし、読むか」
何でだろうか、今日読まなきゃ佳奈島と会えなくなる気がする。
俺はそんな思いに駆られ、姿勢を正すと本を手に取る。それから俺は、夜ご飯までずっと思いのままに読書に耽るのだった。




