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第53話 特訓終了

 特訓は地獄だった。


 最初はただ俺が斬られ続けると言うだけの予想していた通りの拷問。


 斬って、斬って、斬られまくられる。ホントに最初の方は何とか斬られまいと、振りかざされる懺悔薄刀を避けようとするも、戦闘素人の俺が避けれる訳がない。


 避けても、避けた先でただ斬られるだけ。


 途中、斬られた痛みで、何度も意識が飛びかかったりもした。だが意識を完全に手放すこともできず、かと言って痛すぎて悲鳴も上げれない。


 そんな拷問が一時間続いたのち、次は、祭持さんが霊力を全身に纏い、ぶん殴ってきた。


 殴られる度に、俺の中に何かが入り込んできて吐き気が催す。それが何かはすぐには分からなかったが、後からそれが祭持さんの霊力だということが理解できた。


 己の霊力を他人に流して、無理やり自らに宿る霊力を認知させる。


 そんな力技のようなもので祭持さんは俺が霊力を使えるようにする為に、俺をボコすのだった。そんな一方的な暴力と呼ばれる特訓は、八時間にも及んだ。


 はたして、そんな特訓で俺は強くなれたのか?


 結論から言おう。俺は強くなった。


 俺は例え、拳が飛んできても刃物が向かってきても、もう反射的に目を瞑ったりもしない。攻撃手段は……まあ、教えてもらってはいないが、八時間前の俺と比べたら段違いに強くなれた。痛みに強くなったし、恐怖にも慣れた。


 それに俺は、自らの中に宿る霊力を認知し、発現させることにも成功したのだ。

 

 「はい、お疲れ。よく耐えたね、奥崎君」


 祭持さんはここ八時間、ずっと放っていた殺気をようやく鎮めた。そして、俺の血でまみれた拳を祭持さんは何処から出したのかは分からない黒いハンカチで拭き始める。


 対して俺は息が上がっており、もう動く気力も体力も残っていない。ただ立っているだけでやっとだ。まあ、殺気が無くなったってだけで少しは楽になったけどな。


 「はぁ……はぁ、はぁ」


 やっと……終わったの、か?


 休むことなく飛んできた拳が止み、俺の体にのしかかっていた殺気がなくなる。


 「特訓はコレで終わりだ。休んでもらって構わないよ」


 「終わっ……た」


 特訓は終わり。祭持さんがそう告げ、その言葉を聞いて俺は全身に込めていた力を抜き、霊力を消した。


 あぁ……終わった……やっと終わった。


 正直、特訓をやり切ったという達成感よりもやっと特訓が終わったという解放感の方が大きい。


 気が抜けたからか、その場でへたり込んてしまった俺を、祭持さんは満足そうに見下ろし、腰に手を当てる。


 「ふう、何とか最低ラインまでは君を強くできたね」


 「最低……はぁ……ラ、イン?」


 息切れしながらも何とか言葉を口に出す。俺はもう汗まみれ。なのに祭持さんは俺以上に動いていたはずなのだが、汗の一つもかいていない。そんな祭持さんは俺の言葉に頷いた。


 「うん。佳奈島清に殺されないくらい、もしかしたらワンチャンいけるかも知れないくらいの最低ラインにね」


 「・・・・」


 ……つまり確率でいったら俺が殺されてしまう確率の方が高いって訳かよ。


 これだけ地獄のような特訓をしても、『絶対に勝てない』から、『もしかしたらワンチャンあるかも?』くらいにしか上がらないのか。いや、そもそも少し前まで普通の高校生だった俺が、何年も前から霊異に関わってきた佳奈島に、微かな可能性だが、勝てるくらいにまで縋りつくことができるようになったのは凄いことなのかも知れない。


 尻を地面につけ空を仰ぐ俺の前で、祭持さんは体をほぐす為か、腕を上げ、左右に伸び始める。


 「まあ、正直、一日でそこそこ強くなるなんて無理だとは思っていたけどね。私の教えが良いからかな?」


 おい、無理だと思ってたのかよ。


 祭持さんは威張るように腰を反る。ニマニマと嫌な笑みを浮かべ、俺を見てくる。


 「ははは……」


 俺はそんな祭持さんに苦笑いをこぼし、その後、仰向けになった。


 疲れた。本当に疲れた。


 こんなに動いたのはいつぶりだろう……いや、初めてかもしれない。


 「「・・・・」」


 数分。俺は空を見上げる。特訓を始めた時の空は青く澄んでいたのに、今はもう青ではなく赤みを帯びたオレンジ色になっている。もう十七時になっているのではないのだろうか。


 俺は空の色の変化にも気付けない程に集中して取り組んでいたのか。


 目を瞑り、未だ興奮状態になっている体を落ち着かせる。そうしてある程度、体力が戻ってきた頃、祭持さんが声を掛けてきたのだった。


 「奥崎君。今日はもう暗くなってきたし、帰りなよ」


 「……ああ。そうせてもらうよ」


 大の字で寝ていた俺は、祭持さんの言葉で起き上がる。まだ若干、全身に力が入らず、少しフラついたりもするが、ただ帰るだけなら問題は無いだろう。


 ズボンに付いた土を手で落としていると、何故かは知らないが、祭持さんがこちらをじっと見てくる。その視線に耐えられず、思わず手を止めて顔を上げた。


 「……なんだ?」


 「……奥崎君。まさか、そんな格好で帰るつもりなのかい?」


 目を細めて、そう言う祭持さんの指摘に、俺は自分の服装を見る。


 ……まあ、祭持さんの言いたいことも分かる。


 特訓を始める前、俺は長袖長ズボンだった。だが今の俺の格好は上半身裸にボロボロの半ズボンのようになってしまっている。


 鬼畜な特訓で服がボロボロになってしまったのだ。まあ、祭持さんの気遣いからか、見えてはいけない箇所はボロボロになっていないが、こんな服装で歩いたら通報されてもおかしくないだろう。


 だから、祭持さんの言いたいことも分かるのだが……俺は代えの服なんか持ってきていない。このまま帰る他ないのだ。


 俺は祭持さんに言葉を返す。


 「いや、これで帰るしかないだろ」


 止めていた手を再度動かし、土を落とす。そんな俺に祭持さんは何気ない顔で言うのだった。


 「じゃあ、服、貸してあげるよ」


 「…………へ?」


 今……なんて?


 祭持さんの言葉で、動いていた手は止まり、しゃがみ込むような姿勢で固まった。ゆっくりと祭持さんの方へと顔を向け、聞き返すのだった。


 「祭持さん……今、なんて言ったんだ?」


 「ん?だから、服を貸してあげるって言ったんだ」


 なん、だって……服を……貸してくれるだって!?それってつまり、俺が祭持さんの服を着る?年上で大人の女性の服、その服を俺が、き、きき、着る!?


 俺は無意識に唾を飲み込んでしまう。


 祭持さんの言葉で、つい俺の頬が緩みそうになってしまうも、なんとか表情筋を固めて平然を装う。


 「……ぁ、ああ、ありがとう」


 そんな俺の反応が面白かったのか、祭持さんは腹を抱えて笑い始めた。


 「はは、あははははーー!ホント、君は面白いな。最高だよ」


 俺としては今のやり取りで別に面白いと思う要素なんてどこにも無いと思うのだが……まあ今、どんなに笑われようと構わない。何故ならそう、これから祭持さんの服を着れるのだから。


 おっと、勘違いしないで欲しい。俺は決して変態ではない。この考えは健全な男子高校生なら誰だって陥る思考だ。女性の服を着れるなら着てみたい。この考えは決して異常な思考ではない。むしろ、思春期の男子として清く正しい思考なのだ。


 そう、俺は断じて変態男子高校生ではない。


 「ちょっと、待っててくれよ」


 一人頷いている俺に一言そう告げると、祭持さんは踵を返し、迷いの館の方へと歩いていく。そんな祭持さんを見送りながら、俺は心の中でガッツポーズを決めるのだった。

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