第52話 特訓開始
「さて……今日の特訓について、ざっと説明しよう」
祭持さんはそう言うと、指を三本立てる。
「いいかい?奥崎君。君が今日、身に付けることは三つだ」
祭持さんは立てていた三本の内、二本を下ろす。
「一つは痛みの耐性。いくら君が卓越した再生能力を持っていたとしても、傷つけられた痛みで動きが著しく鈍ってしまっては戦闘でその能力を活かすことは難しい」
なるほど、痛みの耐性か……耐性ね。ん、耐性? なんだ……何故か嫌な予感がする。
祭持さんが言った単語で、何やら不安な気持ちになってしまう。が、それは杞憂であってほしい。
そんなことを思い、苦い顔をしている俺の前で、祭持さんは言葉を続ける。
「今の君の強みは、ある程度の攻撃を受けても戦闘を続行できることだ。身代わ木を持っている外蘭や、お守りを持っている私は例外だが、普通なら、重傷を一度でも負ってしまえばそこでお終いだ。だけど、君の場合はその再生能力のおかげでどれだけ重傷を負おうが、殺されさえしなければ戦闘を続けられる」
殺されさえ……しなければ?
な、何だ?祭持さんの言う通り、殺されさえしなければ俺は戦えるのだが……祭持さんの言い方が気になるぞ。
「だけど、傷を負った痛みで動くことができなければ、その強みは活かされない。よって、再生能力を戦闘で活かすには、君に痛みを慣れてもらう必要があるんだ。重傷を負っても、足を止めないで動ける……それくらいの耐性をね」
痛みに慣れる……それって、
「つまり、祭持さんに一杯斬られて、痛みに慣れろってことか?」
「そう、そういうことだよ」
ニヤリと笑う祭持さんとは正反対に、俺の顔は笑っておらず、冷や汗が垂れる。
マジかよ……そんな特訓、漫画でしか見たことないぞ。終わるのか?俺の命は今日ここで終わってしまうのか?
痛みによるショック死。そんな結末が俺の頭の中に浮かぶ。
そんな中、祭持さんは二本目の指を上げる。
「二つ目は、佳奈島清に対抗出来るだけの実力を得ること。つまり、霊力を操ることだ」
「霊力?」
なんだ?聞いたことのない単語が出てきたな。
「祭持さん、霊力ってなんだ?」
「昨日、外蘭が霊異者と戦っている時、拳やら足やらに何やら緑っぽいものを纏っていただろ?」
「ああ」
外蘭が俺に止めを刺そうとした時に使っていたオーラのようなアレか。
俺が「なるほど」と呟くと、祭持さんは頷いた。
「アレが霊力だ。霊力の本質は皆同じだが、その使い方は人によって様々。その人自身の個性や特徴が色濃く反映されるんだ。まあ、外蘭は自分の体に霊力を纏って戦うのが彼のやり方って訳だな。もちろん、それだけではないけれどね」
つまるところ、外蘭は霊力で身体能力を上げて戦うスタイルだということなのだろう。
身体強化で超肉弾戦。それが外蘭の霊力の使い方。すると、祭持さんはあれか。声で動きを止めれるあの力が祭持さんの霊力の使い方なのだろうな。
そう思い、俺は祭持さんに尋ねる。
「じゃあ、祭持さんは声に霊力を乗せているんだな」
肯定の返事が返ってくると予想していた俺だったが、予想とは反面、祭持さんは違うとばかりに横に首を振った。
「いや、あれは違う。私の霊力の使い方は別にあるんだ。まあ、私の霊力の話は、今しなくていいじゃないか……話を戻そう。君には今日の特訓で、その霊力を扱えるようになってもらい、霊力を使って能力を使えるようになってもらう。君だけの、君にしかできない霊能力をね」
「俺だけの能力……」
俺だけの能力。世界で俺しか使えない能力が手に入る。それは一体何なのだろうか。
祭持さんの言葉を聞き、俺は僅かに心躍らせた。それを表には出さないが、心の中の俺はニマニマと口元を緩ませており、ちょっとテンションが高くなっている。
俺だけの能力。そんなことを言われたら、俺くらいの年頃の男の子は皆、嬉しくなってしまうだろう。そういうものだからな、男子高校生と言うのは。
誰もが憧れる非科学的な力。それを手に入れれるなんて……なんて、最高なんだっ!
嬉しさを表には出さないと言ったものの、その嬉しさを抑えきれなくなり、俺はつい口元を緩ませる。
だが、それも束の間。次の祭持さんの言葉、いや、ガラリと変わった雰囲気によって、そんな浮かれた感情はかき消えるのだった。
「そして……」
「っっ!?」
言葉を呟いた祭持さんの雰囲気が、突如として変わる。
いつもの穏やかで、それでいて謎めいた雰囲気ではなく、かと言ってさっきの様な冷たく、醒めたような雰囲気でもない。冷徹で尖鋭な刃物で全身を突刺してくるような、そんな雰囲気へと一変した。
それは、昨日、霊異者が発していった雰囲気と同じ……
青ざめ、立ち尽くしている俺に、祭持さんはゆっくりと三本目の指を立てた。
「最後……三つ目は、絶対的恐怖への慣れだ」
「っっ!?」
恐い、怖い!
祭持さんの言葉をしっかり聞いているのに、恐怖から全く頭に入ってこない。
恐い、怖い!寒くもないのに、全身が震える。無意識に脳が俺に『逃げろ』と警報を鳴らしている。
怖い……のに祭持さんから目が離せない。呼吸がままならない。震える足は動かず、恐すぎて漏れそうなまである。
「……ぅぁ……ぁぁ」
震えから、ガチガチと歯を鳴らしている俺に、祭持さんは言葉を投げかける。
「奥崎君。今、君が感じているものは、殺気だ。今、私が君に対して、殺気を浴びせている」
殺……気?
これが、今俺が感じているものは殺気なの……か?
普通の日常では決して感じることのない強烈な圧迫感。呼吸することもままならぬ程の強いこの見えない何かは、祭持さんが俺を殺そうとする意志そのものなのか。
祭持さんは、呼吸が荒い俺に殺気をぶつけ続ける。
「奥崎君……殺気を浴びるというのはね、霊異者と対峙する以上、絶対に受けるものなんだ。いや、霊異者に限らず、霊異の世界に通ずる者の常套の手段だ。戦闘の基本であって極意でもある。霊異の世界では恐怖に溺れた方の負けなんだよ」
「……っっ!」
「特訓が終わる頃には、私の殺気に対して息苦しさを感じなくなる程度には慣れてもらうよ」
何、だよ……それは。痛みの耐性と恐怖への耐性。それを同時につけてもらうって、鬼畜じゃないか。しかも、まだ霊力をどう使うのかすらも教えてもらっていない。
……俺は、教えてもらう人を間違えてしまったのだろうか。
今更ながら、俺の中に後悔の波が押し寄せてくる。もしかしたら、特訓をするよりも死んだ方がマシかも知れないな。これからする特訓は、特訓というよりも拷問に近い。そう思えて仕方がない。
「さあ、今言ったこれら三つを同時に進行して行う……これが私が君に行う特訓だ」
満面の笑みで、地面に突き刺していた懺悔薄刀を抜き、俺に向ける。
「それじゃあ早速、奥崎君。君の特訓を始めようじゃないか」
そう言いながら、祭持さんは楽しそうに声色を弾ませながら、懺悔薄刀を振り下ろしてくるのだった。もちろん、殺気をぶつけながら。




