第5話 霊異の世界で生きるにおいて
こうして俺はこの目、この体質を治す為に祭持さんの助手になったのだった。
「まずは、これから君がどういう風に霊異と関わっていけば良いのかを教えよう。助手として何をするかはその後だ」
再びソファに座り直した祭持さんは、左手の指を三本立てた。
「三つ。今から私が言う三つのことを守っていれば、奥村君が厄介ごとに首を突っ込むなんてことはなくなる」
そして一度手を戻したかと思うと人差し指を立てる。
「一つ目。霊異者と目を合わせてはいけない。
これは単純な話だ。もし目を合わせてしまえば、霊異者に『自分が見えている』とバレてしまうからね」
これは、よく都市伝説界隈でも聞く対策方法だ。視線を落としたり、目を瞑ったりしてやり過ごす。そんな方法。
「まあ、慣れないうちはなるべく視点を変えない。これが一番良い方法だろう」
祭持さんは立てている人差し指のに加え、中指も立て、また口を動かす。
「そして二つ目。霊異者に触れてはいけない。いや、奥崎君。君の場合は、歩いてくる霊異者に避けていることを悟られずに、避けなければいけないと言った方がいいかな?」
ん? 避けていることを悟られずに避ける?
どういうことだ?
そんな俺の疑問に答えるように祭持さんは言葉を続けた。
「霊異者は基本、障害物など気にせず歩いている。そもそも触れられないからね。ある程度、力の強い霊異者は触れようと思えば触れれるのだけど、そこらにいる霊異者にはそれができない」
なるほど。つまり、力が強い霊異者は壁や人といった物体に触れられるけど、それ以下の霊異者は触れることが出来ない……と。そうなるとさっきのあのカラスの怪物は、俺以外には触れられていなかった。それは要するに、そこらにいる霊異者扱いということ。
マジか。あの化け物ですらそこらへんかよ。
さっきのカラスの化け物の顔を思い出し、げんなりする。あれ以上に強い霊異者に出会ったら、俺、今度こそ死んでしまうんじゃないか。
そんな俺の考えなどお構いなしに、祭持さんは言葉を続ける。
「だから霊異者は、どれだけ人が歩いてこようが、車が正面から勢いよく走ってこようがお構いなしだ……だけどもし君が、霊異者と正面同士歩いたら?」
もし、俺が霊異者と正面からぶつかったら?……そんなの決まっている。俺は霊異者に触れられるのだから。
「霊異者に触れることのできる俺は霊異者とぶつかってしまう」
俺の回答を聞いて祭持さんは深く頷いた。
「そうだね。そして触れられると言うことは、認識されていると同義。ぶつかられた霊異者は、君を『見えている存在』として認識するだろう。かと言って、不自然に避けたら疑問を抱かれるかも知れない。だからなるべく自然に避けるんだよ」
そして三本目の指……人差し指を上げる。
「……最後に3つ目。霊異者の前で、霊異者が霊異者になったルーツの単語を話してはいけない」
「ルーツ?」
「そう、ルーツ。霊異者が霊異者になったきっかけになった言葉や、単語。そしてその時を彷彿させるシチュエーション」
「そんなの分からないだろ」
そう、分からない。そして理不尽。
例えば、霊異者が霊異者になったきっかけが階段から転んだことだとしたら、『階段』と言うワードを霊異者の前で言うな。と言っているようなものだ。階段なんてそこら辺にあるし、「階段」やら「転んだ」なんてワードは日常的に聞く言葉だ。
俺が霊異者が霊異者になったきっかけを知っているならまだしも、これから見かけるであろう霊異者達の霊異者になったきっかけなんか俺は知らない。
理不尽すぎることを言っている自覚があるのだろう。祭持さんは、ニヤリと笑うと頷いた。
「そうだね、確かに分からない。だからその時にはなるべく喋ることなく、その場から退散すればいい」
そもそも災いの元に行かなければいい。もし霊異者が近くに来ていたら、その場から知らぬ顔で去ればいいだけ……うん、確かに。
なんでそんな簡単な考えが思い浮かばなかったのだろう。
「さっきも言ったけど、霊異者は強い想いで生まれてしまう者だ。もし、意識も曖昧な弱い霊異者が想いに関連するワードを聞いてしまったら、暴走してしまうだろう」
強い想い……それはどれだけ強いのだろうか。ただ単語を耳にしただけで暴れ回る程なら、その感情はまだ俺は味わったことがないだろう。
「……物に干渉出来ない霊異者がどんなに暴れても、一般人には何の被害も及ばない。だけど、霊異者に触れることの出来る君は別だ。間違いなく殺されるだろうね」
『殺される』、祭持さんはその言葉を強く低い、重みのある声で言った……まるで脅迫みたいに。その重みのある言葉は、俺に気を付けさせるには十分だった。
あぁ……俺はこれから、死と隣合わせの生活を送らなければいけないのだろう。化け物が日常に居て怯える生活。気を抜くと死んでしまうそんな日々を想像してため息をつく。
「分かった……気をつけるよ」
もうさっきまでの日常はないのだと自分に言い聞かせた俺は、諦めたように後頭部を掻く。
そんな俺の何が面白かったのだろうか? 何故かは分からないが、祭持さんはニマニマと笑ってこちらをみてくる。
「なんだよ?」
今の会話に面白いことなんてあったか?
純粋に疑問に思って聞いてみるが、はぐらかされてしまう。
「いや何も?」
はあ、そうですか。
答えるつもりがないと見た俺は、追求するのをやめ、肩を落とす。
そんな俺を見て上機嫌で頷くと祭持さんは喋り始めた。
「……じゃあ次は、君が助手として何をすればいいかーー」
ジリリリリ!!
仕切り直しと言わんばかりに祭持さんが一際大きい声で喋ろうとした瞬間、突然電話の音が空間に響いた。
なんだ? と思い、音のした方を向くと、そこにはさっきまで無かった筈の黒電話が置いてあり、小刻みに震えていた。そんな黒電話を見てソファから起き上がる祭持さん。
「おっと、もうこんな時間か。奥崎君、助手の話はまた今度にしよう。」
黒電話が鳴り響く中、祭持さんは俺の元へと歩いてくる。
「今日はもう遅いし、君はもう帰るんだ」
そう言い、祭持さんは俺に小さな紙を渡してきた。見ると紙には謎の模様が描かれている。
「来た道は覚えているかい? 行きと同じ道を歩いたら帰れるよ」
「覚えてるけど…… 何だよ、この紙は」
なんか、ゴミを押し付けられたようにしか思えないんだが。
「お守りだよ。だから肌身離さず持っておくんだよ」
お守り。そう言われ、じっと見てみるも、ただ紙に落書きしたようにしか見えない。
そんなお守りか怪しい紙を透けさせたり違う角度から見たりしていると、祭持さんは思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ奥崎君。君が帰る前に一つ忠告しておこう」
「ん?」
まだ、何かあるのか?
「もし、霊異者が誰かに取り憑いていたとしても、君一人で解決しようとはしないで私に言ってくれ。それがたとえ身近な人が危機に陥っていたとしても……取り憑くことができると言うことは干渉できると言うことだからね。奥村君、分かったかい?」
それはつまり、人に取り憑いている霊異者はあのカラスの怪物よりも強い霊異者だと言うことか。
そんな化け物に自分から首を突っ込む訳ないじゃん。
俺は祭持さんの言葉に頷いた。
「それじゃあ、また後日。私の方から君の元に出向こうじゃないか。帰りは寄り道せずに帰るんだよ」
手を振る祭持さんを背に、俺はその部屋から出た。
さっきの忠告。祭持さんは、恐らく知っていたのだろう……俺の身近な人に、霊異者が取り憑いていることを。そして俺が出て行く時、祭持さんの口角が上がっていたのを俺は気付くことはなかった。
不気味で不可思議。そんな言葉しか似合わない屋敷を俺は出たのだった。




