第49話 迷いの館の庭にて。
どこにでもあるような住宅街を一人歩く。何度も何度も同じ道をまわり、迷いの道へと入って行く。相変わらず音もしない道を進み続け、祭持さんの家、迷いの館へと辿り着くのだった。
門のついていない入り口を抜け、庭を歩く。無造作に伸びている雑草が少し気になるが、祭持さんは雑草を刈ったりとかはしないのだろうか?
そんなことを考えながらそのまま玄関に行き、扉に付いている大きめの輪、ドアノッカーを叩いた。少し遅れて祭持さんが出てくるのだった。
「……ふわぁ……いらっしゃい、奥崎君。今日は珍しく朝早い訪問だね。一体、何の用なんだい?」
……祭持さん、もしかして昨日俺に言ったことを覚えていないのか?それとも寝ぼけているのだろうか。
「……祭持さん。昨日、九時に特訓をするって俺に言っていただろ」
若干、呆れの混じった俺の言葉を聞いて、祭持さんは少し考える仕草をした後、思い出したのか、手の平を叩いた。
「ああ!そうだったね。そう言えばそう言ったね」
「そうだったって……」
やっぱり覚えていなかったのかよ。俺に「遅れないで」とまで言っていたのにな。
「じゃあ、ちょっとそこで待っててくれ。今着替えてくるから」
祭持さんはそう言って扉の奥へと消えていった。俺は素直に従い、玄関の前で祭持さんが出てくるのを待つのだった。
十分後、扉が開き、いつもの服を着た祭持さんが出てきた。顔を洗ったのか、さっきの眠たげな表情とは違い、スッキリした表情をしている。
「待たせたね。それじゃあ行こうか」
十分……まあ、女性の準備は時間が掛かると言うし、急いだ方か……
ちょっとだけと言われたから二、三分。遅くても五分くらいで戻ってくると思っていたんだけどな。
俺の渋い表情を見ても特に何とも思っていない様子の祭持さんは俺に「ほら、行くよ」と急かしてくる。
祭持さんがどこに行くのかを言わずに歩き始めた為、俺は尋ねた。
「行くって、どこへ行くんだ?」
特訓だから、どこか開けた場所に行くんだろうけど、その場所がどこか気になる。流石に迷いの道で特訓はしないだろう。人が居ないとはいえ、少しでも道を外れてしまったらもう戻れないからな。だからと言って、この庭で戦闘の特訓をしようにも少しばかり狭いと思う。
歩いていた祭持さんは俺の言葉を聞くと足を止め、顔をこちらに向ける。振り返った祭持さんの表情は楽しそうに笑っており、口を歪ませて俺に言うのだった。
「私の武器を取りにだよ。私の……ね」
……武器?
今、思えば、これまで祭持さんは霊異者と対峙している時でも手ぶらだった。カラスの霊異者の時も競斗さんの件の時も。それが祭持さんの戦闘スタイルだと勝手に思っていたが、どうやら違っていたらしい。口ぶりからするに祭持さんには祭持さんだけの武器があるみたいだ。
「ここだよ」
祭持さんの後ろをついて行き、辿り着いた場所は、玄関から大して離れていない庭の中の一つ。俺が前に来た時に気になっていた犬の石像の前だった。
祭持さんはその犬の石像を撫でながら、俺にドヤ顔をしてくる。
「これが私の武器だ」
「…………は?」
それが……武器?
どうだと言わんばかりに胸を張る祭持さんには悪いが、俺には祭持さんの言っていることが理解出来ない。だって、
「武器って……ただの石像じゃないか」
今、俺たちがいる場所には石像以外、特にこれと言って置かれていない。あるとしたら雑草ぐらいだ。
祭持さんが石像を撫でながら言っているからして、石像のことを指しているのだろうが、どう見たってそれは武器ではなく、犬を模した石像にしか見えない。
この石像をどうやって武器として使うんだよ。
俺は、祭持さんが冗談で言ってるんだと思ったが、祭持さんは否定することなく、ドヤ顔で首を縦に振る。
「いいや、これが私の武器だよ」
「いや、どう見たって石像じゃないか」
流石に無理があるだろ。その石像を振り回して武器として使うのか?それとも、投擲して使うのか?いやいや、ふざけているにも程がある。
「まあ、見てなって」
未だ疑っている俺にそう言うと、祭持さんは石像から少し距離を取り、手をかざすようにして前に出した。そして一度、深呼吸をした後、言葉を発する。
「……戻れ」
すると、犬の石像が変形し始めた。まず始めに灰色だった石像の色が漆黒へと変わり、それと同時にグニャグニャとまるで粘土のようにうごめき、次第に細い形状へと変わっていく。
その細い何かは、形を変えながら宙に浮いた。漆黒の一色だけだったそれは、端の方から徐々に深い青色が帯びてゆく。漆黒と藍色。その二つの色は真ん中から混じり、グラデーションのような色合いへと変化した。最後に、長い、とても長い刀の形へと変わると、ゆっくりと祭持さんの手の方へ引き寄せられるようにして向かって行き、祭持さんの手に収まると同じに完全に形を変化し終えるのだった。
「これが私の武器、懺悔薄刀『ザンゲハクトウ』だ」
それは、異常なまでに細く、それでいて頑丈。見るからに切れ味の良い『懺悔薄刀』と呼ばれたその刀は、祭持さんの身長の二倍はあるであろう長さの刀だった。俺はその刀が、ただひたすら斬る為に作り出された、そんな気がして止まない。
呆気に取られている俺の前で、祭持さんは刀身を上に向けるように持つと、『懺悔薄刀』の腹を指でなぞる。
「この武器はね、遠い昔に存在した、とある霊異者が所有していた物だ。その霊異者は持っていた能力とこの刀を所持していた故に厄介な存在だったみたいでね、その当時は数多くの除霊師を困らせていたらしい。あまりにも除霊師達の手を煩わしていたから、当時、名を馳せていた除霊師が大勢集結して、その霊異者はようやく滅せられた。けれど、その霊異者が消滅してもこの武器、懺悔薄刀だけは消えずに残ったみたいなんだ」
そう語る祭持さんの表情はどこか楽しそうだ。
「その後、何十年もの間、数多くの霊媒師や除霊師の手に渡り使われてきた。何人、何十人の人の手を転々とし、現在、私が所有しているという訳だ。今は私だけの刀、私専用の武器さ」
祭持さんは言い終えると、『懺悔薄刀』を下に下ろし、引きずるようにして歩き始める。
「じゃあ、奥崎君。行こうか」
犬の石像が刀に変わる。そんな意味の分からない事象に呆気に取られている俺を置いて、祭持さんはそのままスタスタと行ってしまう。俺は数秒遅れて我に帰り、駆け足で祭持さんの後を追うのだった。




