第42話 昼間の霊異者 再び
なんだ、何がどうなっているんだ!? 突然の出来事に理解が追いつかない。軽いパニックに陥っていると、ふと、外蘭の後ろに誰かがいることに気がついた。
薄暗い穴の先、外蘭の後ろに誰かがいた。よく目を凝らすと、その人物は黒いマントを羽織っている。外蘭の腹に、突然、腕が生えたと思ってしまった俺だったが、その腕はその人物が外蘭の後ろから、貫通させていることに気付いたのだった。
「が、外蘭!!」
外蘭が宙に浮く。抵抗する為か、腹を貫通しているその腕を両手で掴む外蘭だったが、特に意味は無かったらしく、振り解かれるようにして壁へと飛んでいった。そして、外蘭の後ろにいた存在が露わになった。
その存在は、俺が見たことのある存在だった。
「………するナ」
壁に空いた穴。外蘭がいた場所には、俺が下校の時に遭遇した霊異者が立っていた。ボロボロなマントを羽織っている青白い肌の男。気怠そうに背中を丸ませ、ほんの少し顔を傾けている。そいつは、顔を歪ませ、大きく裂けた口を開いた。
「オ前ら……邪魔をするナ」
低く、冷たい声色で発せられたその言葉は、空間に響き渡り、俺の体を強張らせる。
「……ぁぁ」
あの霊異者を見ているだけで恐怖心が煽られ、足が震える。寒気が止まらず、隣に祭持さんがいなければ逃げだしてしまいそうだ。
真っ青な顔をして震えていると、祭持さんが俺の肩を数回、軽く叩いて、笑みを見せる。
「ああ、ちょうどいいタイミングだね」
「は? 何を言って……」
「あの男の霊異者。あいつが今回、外蘭と共に倒すべき霊異者だ。君が下校時に遭遇した霊異者っていうのはあいつのことだろう?」
祭持さんは、突然、緊張感の無い声でそんなことを言い出し始める。外蘭がやられ、危機的状況だと思っている俺は、つい声を荒げてしまう。
「そうだけど、そんなこと悠長に言っている場合じゃないだろ、祭持さん! 外蘭がやられちまったんだぞ!」
何で、そんなに落ち着いていられるんだよ。人が、外蘭が殺されてしまったんだぞ!
焦ったように捲し立てるが、俺の言葉を聞いても祭持さんは、慌てた様子は見せない。
「ああ、あいつなら大丈夫だよ。あいつ、外蘭は特別な道具、『身代わ木』という霊具を持っているからね。まあ、効果はこれから分かるよ」
「ほら」と言って、祭持さんは外蘭が飛んでいた方を指差す。そっちの方を見ると、やられてしまったと思っていた外蘭が眉間にシワを寄せながら立っていた。
「え?」
確かに外蘭は、あの霊異者に腹に穴を開けられていたはずなのに、その腹には穴どころか傷一つついていない。服は破けてしまっているが、体は無傷で血一つ出てやいないのだ。
「おい、てめえ。卑怯じゃねえか」
そう言うが否や、外蘭は両拳にオーラを纏わせる。重心を低くし、前方に体重を掛けるような姿勢を取った。数秒、そのままの姿勢で固まったと思いきや、床がミシミシと悲鳴を上げ、次の瞬間には霊異者へと殴りかかっていた。
鈍い音が鳴る。俺はその音を聞いて、外蘭の拳が霊異者にクリーンヒットしたと思ったが、どうやら、腕で防がれたようで、霊異者の澄ました表情を見るに、大したダメージは与えられていないみたいだ。
外蘭は、そのままもう片方の拳にオーラを込め、顔面へと一撃を入れようとするも、これもまた腕で防がれてしまう。そして次は、霊異者の方が外蘭へと拳を振るった。だが、その拳は当たることは無く、外蘭が体を捻って回避したが為に空を切る。外蘭は、そのままその捻りの勢いを利用して、回し蹴りを繰り出し、その蹴りが霊異者の横腹に当たったのだった。
「ッッ!」
まさか、自分が押し負けるとは思っていなかったのだろう。数歩下がった霊異者の顔に驚きの色が浮かんだ。だが焦った様子はなく、気怠そうに丸めていた背中を正しただけで、特にこれといった変化は無い。
「霊異者って奴は、どいつもこいつも卑怯なんだよぉ!弱ぇからって小癪なことばかりしやがってぇ!!」
綺麗に穴が空いた上着を見てそう言う外蘭を、霊異者は冷たい目で睨む。その目は外蘭が鬱陶しいと言いたげで、それ以外の感情は見受けられない。
「殺ス……邪魔」
「お前こそ邪魔なんだよぉ!今から俺は帰るところなのに、その邪魔をするんじゃねぇよ……それに、俺の服をダメにしやがってぇ!」
叫びながら霊異者へと突っ込む。それに合わせて、霊異者も外蘭の方へと飛び出して行くのだった。
「……何がどうなってるんだ?」
腹に穴を開けられ、殺されてしまったと思っていた外蘭が無傷だった。普通に考えてあり得ない様な光景に俺は首を傾げる。
確かにあの白い腕が、外蘭の腹を貫通していた筈だ。なぜ、外蘭は傷一つ無いんだ?
そんな俺の疑問に、隣にいる祭持さんが答えてくれた。
「身代わ木の効果だ。外蘭が持っている身代わ木は、所有者の傷を肩代わりしてくるという代物なんだよ。さっきのような大きい傷だと壊れてしまうけど、浅い切り傷や少しの骨折くらいなら何回使っても壊れない。すごい霊具だよ。私も欲しいくらいにはね」
そんな物があるのか。自分の傷を肩代わりしてくれる便利アイテムだなんて、ゲームくらいでしか聞いたことがない物だ。
「欲しいって……祭持さんも似たようなの持っているじゃないか」
「君にあげたお守りのことかい?」
「ああ」
俺にくれたあの紙のお守り。あのお守りは、外蘭の強力な攻撃を防いでくれた。そのお守りと外蘭の霊具はあまり違いは無いように思うのだが。
そのことを伝えると、祭持さんは肩をくすめて首を振った。
「あれは効果は強力だけどね、本当に命が脅かされる時にしか発動しないんだ。それも一回きり。私のは使い勝手が悪いのだよ」
ある程度の傷なら壊れず、何回でも傷を肩代わりしてくれる外蘭の霊具と、命を落としかねない超強力な一撃を防げるが、一度使ったら消滅してしまう祭持さんのお守り。俺にはどちらにも違った良さはあると思うが、汎用性の高さで言ったら、外蘭の霊具が圧倒的に上みたいだな。
「まあ、でも、外蘭の霊具は強力すぎる攻撃は肩代わりできないんだ。防御の強力さでは私のお守りの方が上だよ」
そう言うと、祭持さんは一瞬、勝ち誇った顔を見せたが、すぐに表情を戻して、霊異者と外蘭を見る。
「さて、奥崎君。私たちが今日、ここにやってきた理由は、あの霊異者を滅する為の作戦会議する為だったんだ」
話し合いというのは、それのことだったのか。
話し合いをする、とだけ聞かされていたから、肝心の内容を知らなかった俺は、なるほどと頷いた。
「そうだったのか。でも、あの調子だと、外蘭が倒してくれるんじゃないか?」
俺と祭持さんが話している間にも、外蘭と霊異者はずっと戦っていた。互いに攻撃しては防いで、一歩引いては、また近づいてを繰り返している。そんな外蘭と霊異者の戦いは、戦いの素人の俺から見ても、外蘭の方が優勢に見える。
霊異者の攻撃は、全て外蘭に防がれるか、躱されるかしているが、外蘭の攻撃は時折当たっており、その度に鈍い音が響いている。
このままいけば勝てる気がするのだが。
そう思う俺だったが、祭持さんは違うみたいで、首を横に振る。
「それはどうだろうね。あの霊異者は既に除霊師を一人殺しているからな」
「なっ!?」
一人、殺されている!?




