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第4話 未知の世界を知り、どう生きるか

 壁色、装飾共に黒と赤のみで彩られた広い空間。奥に空っぽの大きなグラスが置いてあり、その手前に一人用のソファが置いてあるだけの部屋に俺は招かれた。『迷いの屋敷』、その家の一室に。


 「私の名前は『祭持 営 さいもち えい』、君の名前を教えてくれないか?」


 ドス黒い赤と言うのが相応しい色のソファにどっしりと腰掛けた女性はリラックスしているかのようにゆっくりと喋った。


 祭持 営と名乗ったこの女性は、俺を怪物から救ってくれた本人であり、この家の持ち主。


 そんな女性の問いかけに俺は答えた。


 「俺は……奥崎 蓮だ」


 「奥崎 蓮か……中々に良い名前じゃないか、奥崎君?」

 

 何を思ったのか人差し指を軽く振った後、ソファに預けていた身体を前に傾ける。


 男子高校生には刺激的な胸元の角度に、俺はほんの少し唾を飲み込んでしまう。


 何だよ、良い名前って言っておいて、苗字呼ばわりかよ。

  

 しっかり胸元を見ながらも頭の中では冷静にツッコミを入れ、自分は冷静だと判断する。


 そんな俺の視線に気付いたのか、前のめりな姿勢を元に戻した。そしてどこを見ているか分からない漠然とした目で俺を見るのだった。


 「さて奥崎君。君の……ソレを見るに私と別れた後に何かあったのだろう? それを教えてくれないか?」

 

 「ああ、分かった」


 祭持さんの言った言葉に違和感を覚えながらも、俺は深く頷き、話し始める。この女性、祭持さんと別れた後に起きた出来事。少女のこと、そしてさっきの怪物のことを。


 「なる程……そんなことがあったんだね……奇跡に近い偶然が連続して起きるなんて、奥崎君、君は運が無いね」


 俺が一通り話すと、祭持さんは関心するように頷いた。


 「そんな出来事、宝くじに当選するより珍しいことじゃないか?」


 ……確か宝くじに当たる確率は1000万分の1。日本に何人いるかは忘れたけど、おそらく日本で10人いるかいないかくらいだろう……ってそうじゃないだろ。


 ……宝くじが当選するのは嬉しいが、こんな出来事が起きるのは全く嬉しくない。


 「まあ確率なんてどうでもいいよね。ねえ、奥崎君。ちょっと少女に舐められた方の目、右目を手で隠してみてくれ」


 「ん? 分かったけど、何でだ?」


 唐突なことに俺は頭を捻らせる。


 「いいから」


 祭持さんに促されるままに俺は右手で右目を覆い隠した。


 「したけど……っ!?」


 無い。 そこにあったはずの台と大きなグラスが俺の視界から消えていた。


 「なんっで!?」


 右手を外すと台とグラスが現れた。


 「あれ?」


 「どうしたんだい? もしかして、私の後ろに置いてあるこのグラスと台が見えなくなったのかい?」


 予想通りだと言わんばかりに、祭持さんは口を歪ました。


 「へえ、やっぱりね」


 俺の反応を見て確信したのか、ニヤリと笑う。


 「今、君は両目で見えている世界が違うんだ。一般人が見ている普通の世界と、私が見ている『霊異の世界』」


 『霊異の世界』? つまり見えないものが見える世界と言うことか?


 「うん、考えられる原因としては君が出会った少女のせいだろう。まあ、私はそんな一般人にそんな力を与えるなんて聞いたことないけどね。」


 一人納得し、頷いた祭持さんはソファから起き上がる。


 「あいつのせい……」


 くそ、あの幼女が俺の目を舐めたせいでこうなったと思うと、幼女がとても憎たらしく思えてくる。


 顔は可愛かったけど、許せねえ……顔は可愛かったけど!


 「ねえ、奥崎君。君はどうしたい?」


 憎たらしさと少女の可愛さで葛藤し、拳を強く握りしめていると祭持さんが俺に聞いてくる。


 どうしたいか? そんなの元に戻りたいに決まってる。化け物が見えて触われるなんて非日常、たまったもんじゃない。


 「俺は普通に戻りたい」


 数時間前の、あの元の日常に俺は戻りたい。


 「俺が生まれて17年間過ごしてきた変哲のない日常に戻りたい」


 幽霊が都市伝説のままだったあの日常。友達の少ない俺には息苦しいところだったが怪物よりはまだ断然そっちの方がいい。


 「いいね、その目」

 

 俺の睨まんとする表情を見て祭持さんは気に入ったとばかりに口角を上げる。そして勢い良く手を叩いたのだった。まるで仕切り直しと言わんばかりに声を張り上げて。


 「それじゃあ奥崎君。君にとって今後の人生を左右させるであろう話をしようじゃないか」


 不敵に笑うその顔は、まるで新しいおもちゃを見つけたかのように歪んでいた。


 「まず奥崎君……今、君は本来触れてはならない……いや、知ってはならない世界に半分程踏み入れてしまっている」


 ソファの肘掛けに手を添え、ゆっくりと指を弾ませる。


 「本来、この世界に一般人が途中から踏み入ることはまず無く、生まれつき普通の人には見えない者が見えるかどうかで決まるんだ」


 『この世界』、恐らくさっき言っていた『霊異の世界』。普通の人には見えない世界のことを言っているのだろう……そしてそれが見えるかは先天的なものだと。


 「だから君の様に、ある日突然『霊異者』が見える。なんてことが起きたことがないんだよね。……少なくとも、私の知る限りでは。だから、その解決方法なんてものは存在しない」

 

 祭持さんは大袈裟に肩を落とし、残念がる振りをする。


 「要するに『こうすれば良い』や、『ああすれば良い』なんてマニュアルじみたものが無いんだよ。つまり君のその目の解決方法はないんだ、今のところはね」


 今は方法が無い。そう言われ俺は俯いた。


 「なあ、奥崎君。私から一つ提案があるんだ」


 方法が無いと言われ落ち込んだ俺を哀れに思ったのか? いや、あの表情はそんなものではない。


 「……なんだ?」


 ニヤニヤとしながら祭持さんは俺に手を差し伸べた。


 「私の助手にならないか?」


 「助手?」


 助手? 突然何を言い出すんだ。俺はついさっきまでそこら辺にいる高校生だったんだ。普通の高校生の俺に務まるものではない。それにーー。


 「そうだよ、私の助手だよ。私の手伝いとして『霊異』に関わるーー」


 「それはごめんだ」


 俺は祭持さんの言葉を遮るようにして断る。


 「もうあんな化け物とは関わりたくない。あんたの助手になれば、また化け物と対峙することになるんだろ?」


 俺にはあんな化け物に対抗できる術なんか持ってない。そして祭持さんは体よく『助手』なんか言ってるけど、俺には務まるはずがない。


 何の力のない俺を使うなら捨て駒くらいにしかならない。少なくとも俺だったらそうする。


 「・・・・」


 そして、そんな俺の言葉を聞いた祭持さんは俺の問いに答えない。無言は肯定。それは助手になると嫌でも化け物と対峙することを祭持さんが認めたことを意味する。


 ほら、やっぱりな。


 「祭持さんには悪いけど、もう帰らせてもらう」


 俺は踵を返し、入ってきた扉へと歩き始める。


 大丈夫……後悔は、ない、筈……。


 『今は方法が無い』 そう言われたことが脳裏に浮かぶ。


 もう治せない、不治の病ならばもう諦めるしかない。ただいつもより多くの物が見えるだけだ。目を合わせずにやり過ごせば何も問題はないはず。そう、大丈夫……なんだ。


 ん? だけど祭持さんは『今は』と言っていた。もしかしたら今後方法が見つかるかも知れない。助手をしていたら方法を祭持さん、或いは誰かが見つけるかも知れない。それまで助手を……いや、もう遅い。


 俺は祭持さんの言葉を遮り、もうやらないと言ってしまった。今更やっぱりやりますなんて俺は言えない。


 何で言った後に後悔をしているんだ。何で言った後にこんな頭が回るんだ。何で俺は「お願いします」を言う勇気もないんだ。


 くそ……自分が嫌になる。


 「君はーー」


 背中越しに祭持さんの声が聞こえる。その声を聞いて俺の足が止まった。


 『期待』、そんな感情が俺の中でほんの少しだけ生まれ、遅れて自身の対しての『嫌悪』も生まれる。


 「君は、明日からいつもと変わらない日常を過ごすことが出来ると思うかい?」


 その声は芯の通った声だった。まるで確固たる意思があるかのように。


 「君より少しだけ長い人生を送ってきた私が言おう、不可能だ」


 その言葉に迷いは一切無かった。まるでそれが絶対だと言わんばかりに。


 「このまま帰ったとして、君は見える霊異者達にどう対応するんだ? 目を合わせないで、見えないフリをしてやり過ごす? まあ、それは一つの手だが、ただの先延ばしにしか過ぎないよ」


 考えていたことを読まれ少しドキッとする。


 分かってる、そんなこと分かってるんだよ。


 「いつか絶対、君は霊異者に目をつけられる日が必ず来る。その時、君は何が出来る? 君は自分を守れるのかい? 何も知らない、知識も力もない君が、常識の外の存在に勝てると思っているのかい?」


 勝てないに決まってるだろ。俺は俺を守ることなんか出来やしない。分かってる、けど……


 「……このままだと俺が死ぬと言いたいのか?」


 ああ、自分が嫌になる。分かっているのに、もう答えは出ているのに知らないふりをして答えてもらおうとしている。


 「そうだよ、このままだと君は死ぬ。いずれ想いのままに動く霊異者に喰われ、弄ばれ、死ぬ。まあ、それは明日かも知れないし、一年後かも知れないけどね」


 祭持さんはもう一度俺に向かって手を差し伸べた。それは優しさか興味本位か、はたまた策略か。だけどこの時の俺にとっては何でも良かった。


 「これが最後だよ、奥崎君。私の助手にならないかい? もしここで私の手を振り解いたら、私は君のことを助けることは……ないよ」


 「分かった……やるよ、助手」


 少し間を置いて俺は頷く。


 「うん、良い判断だ」


 それを聞いた祭持さんは微笑み、差し出していた手を更に俺に近づけてきた。

 

 「それじゃあよろしく、奥崎君」


 俺は苦虫を潰したような顔で手を出し、祭持さんは含みのある笑みで俺の手を握った。手のひらと指先から伝わる祭持さんの手はとても柔らかかった。


 あ……俺、初めて女の人の手握ったかも。

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