第39話 師と弟子、弟子と師。激突
目まぐるしく回る視界。三度の破壊音と共に背中に何度か衝撃を受けた後、俺は地面へと叩きつけられた。
何が起こったのか、一瞬、理解できなかった俺だったが、後ろの壁に空いた大きな穴と、遅れてやってきた激痛で、自分が勢い良く吹き飛ばされたことに気が付いた。
「ガハッ!」
体の骨が何本か折れたのだろう。体の内側から痛みが走り、血反吐を吐く。そんな俺に近づく足音。
「おいおぃ、駄目だろぉ……今ので死ななきゃ苦しむのはお前の方なんだぜぇ?」
首の骨を数回鳴らしながら近づいてくる外蘭に、俺は苦しげに尋ねる。
「突然……何するんだよ」
俺の言った言葉が意外だったのか、一度、驚いたように目を見開いた後に、盛大に笑うのだった。
「はっ!はははははっ!おいおぃ、何するって、殺すに決まってるだろぉ? そんな悪臭をプンプン撒き散らしているのに、なぁんで俺に殺されねえと思ってるんだ、あぁ?」
「……臭いだけで殺しにかかってくるなんて、どうかしてんだろ」
さっきから俺を滅するとか言うし、今だって、悪臭を撒き散らしているとか、意味が分からな過ぎる。俺は、毎日シャワーを浴びているし、週に3回は風呂に入っている。まあ、今は学校終わりで汗臭いのかも知れないけれど、それだけの理由で殺されるなんて意味が分からない。
だが、外蘭はそれが当然と言わんばかりに声を荒げる。
「それだけで充分だろうがぁ! それともなんだぁ?霊媒師と一緒なら、人間に擬装してバレずに近付いて大多数の人間を殺せるとでも思ったかぁ?」
人間に擬装?
「何を言ってんだ? 俺は人間……」
「おいおぃぃ!嘘はイケねえなぁ、嘘はぁぁ!祭持なら騙せるだろうが、俺の鼻は特別なんだ。お前が人間じゃねえことなんか、一瞬で分かんだよぉ!」
は?俺が人間じゃない?
外蘭は自分の鼻を人差し指で叩き、俺に見せつけるようにする。
「俺の嗅覚が間違ったことは今まで一度もねえ……俺の鼻が言ってんだ、お前は人間じゃねえってな! 霊異者だってなぁぁ!」
「ッッ!?」
外蘭は床を蹴ると、倒れている俺に向かって一直線に近づいて来る。
俺は避けるために起きあがろうとするも、間に合わず、外蘭が放った蹴りを喰らってしまうのだった。
骨が折れる音がする。ボキボキと複数回、折れる音を聞きながらも俺は壁に衝突した。
内臓が飛び出てしまうのではないかと思うほどの衝撃が全身に走り、俺はただただ苦しみ悶え、床を転がり回る。
「あぁ?まだ死なねえのかよ?普通なら今の一撃で、ある程度の霊異者は消滅するのになぁ?」
俺は霊異者じゃねえっての!
痛みで声を出せない俺は、地面にうずくまって、心の中で叫んだ。
「おかしいな……体は硬いわけじゃねえのに、やけにタフだなぁ」
何を不思議に思ったのか……外蘭は、一度、蹴った方の足をぶらつかせると、考えるようにして俺に近付いて来る。そして、のたうち回っている俺の前髪を掴み、宙に浮かせると、数秒黙り込んだ後に口を歪ましたのだった。
「あぁん?なんだ、お前。再生能力なんて持ってるのかぁ?」
おいおい、これは最高じゃねえかぁ!
外蘭は、奥崎の体、傷がある箇所が徐々に塞がってきているのを見て、思わず笑みが溢れてしまう。霊異者という存在は、誰でも、ある程度は勝手に傷が治っていくが、ここまで速いスピードで治っていくのを俺は見たことがない。
外蘭は奥崎の、その異常な速度の再生能力を見て、これがこいつの能力なのだと判断した。そして、頭を掴んだ状態で、奥崎を頭から壁へと放り投げるのだった。
「四年前。お前のように、やけに再生が早い霊異者と対峙したことがあったなぁ。どれだけ傷を負わせても、ある程度の時間で完治しちまうもんだから、俺はてっきり、『不死身』なのかと思ったんだが、そいつはなぁ、俺が傷を負わせるごとに再生する速度が遅くなっていったんだぁ」
「……ッ! いきなり、何だよ……」
「俺はショックだったよ。『不死身』かも知れない。いや、きっとそうだ!って舞い上がっていたからなぁ。俺のストレスを一心に受け止めてくれる、いいサンドバックが見つかったと思って嬉しかった……でも、そいつの能力が『不死身』ではなく、『超再生能力』だと気付いた時はどれだか落胆したことか……」
「何、意味分からないことを言ってんだよ……」
「……なあ、お前はどうなんだぁ?」
床に倒れている俺に、外蘭は嬉しそうに無邪気に笑う。
「おまえは、そいつよりも再生スピードが速ぇ。期待してもいいよなぁ?お前の能力が不死身だってことに……期待していいんだよなぁ!」
外蘭は、楽しそうで嗜虐的な笑みを浮かべて、勢いよく俺へと向かって来るのだった。
数分前。奥崎が外蘭によって飛ばされてすぐのこと。祭持は、穴が開いた壁の方を見て、頭を抱えた。
「はあ、話くらい聞いてくれてもいいじゃないか」
外蘭は、私の助手の奥崎君を掴んで壁を突き破って行った。破壊音的に三フロア先の空間に居るのだろう。
はあ、やってくれるじゃないか。
私は腰に片手を当て、ここにはいない、私の助手を突き飛ばしたアイツ……外蘭に向けて、ため息を吐いた。
「昔からあいつはすぐに手が出る。いい歳して、やることは子供のそれじゃないか」
あいつは何歳になったら年相応になるのやら。
そんなことを思いながら顔を上げた私は、助手君が殺される前に助けなればと思い、壁の方へと歩き出す……が、数歩進んで足を止めた。
「……何のつもりだい?」
私と壁の間に、立ち塞がるようにして外蘭の弟子である少女が私の前に立つ。その少女は、無表情で何の感情も抱かずに私の前に立ち塞がってるのだろうかと一瞬思ったが、私が一歩前に踏み出すと、少し後ろにのけ反り、片足を後ろに下げた。
私に怯えているみたいだね……怯えるくらいなら、私の前に立たなきゃいいものを。
確か、この子の名前は佳奈島清だったな。ついさっき自己紹介をしてもらったばかりだと言うのに忘れかけてしまっていたが、それもしょうがないだろう。
私が彼女に抱いている印象は、口数が少なく、影が薄い。だからな。
「・・・・」
佳奈島清は、私の問いに何も答えず、ただ黙って私の歩く先に留まり続けた。そんな佳奈島清に、私は脅しを込めて睨みを利かす。
「アイツのことだ。手加減なんかしないだろうから、急いで私が行かないと助手が殺されかねないんだ。だから、そこをどいてくれないかい?」
私のドスを効かせた声に一瞬肩を震わすも、意思は固いようで、佳奈島清はその場を離れない。
「……どかない」
……この少女は、否応にも私を足止めするつもりなのか。
私を睨み続ける佳奈島清を見て、そう思った私は、私が幼い頃から知っている少女、いや、今となってはれっきとした大人の女性か。背筋を伸ばして佇んでいる斎藤三輪の方に顔を向けた。
「斎藤君……君も私の邪魔をするのかい?」
「祭持さん、知ってるでしょう?私はただの外蘭様の身の回りのお世話役です。戦闘には参加しません」
斎藤君は、私の問いかけに首を振って答えた。どうやら、この数年間は、ただひたすらに外蘭の世話役として過ごしていたみたいだ。つまり戦闘能力はからっきしなのだろう。
「……そうか」
私も鬼じゃない。幼い頃を知っている知人を痛めつけるのは気が引けていたんだ。戦闘能力があるにしろ、ないにしろ、斎藤君が介入してこないのは私としてもありがたいね。
「……師匠のとこには行かせない」
心の中で安堵していると、立ちはだかっている少女、佳奈島清が拳を構える。
なんとしてでも足止めをする。無表情なのは変わらずだが、雰囲気からして、そのくらいの強い決意がこの小さな女子高生から感じられた。それは私との実力差を感じてか、それとも外蘭への信頼の強さ故なのか。
どちらにせよ、高校生という、まだまだ未熟と言ってもいい少女が放つには異彩過ぎる雰囲気に私は高揚感を感じ、思わず口角の端を吊り上げるのだった。
「……へえ、やってみろ。幼女」
「幼女……違う」
私はゆっくりと腕を上げ、小さく勇敢な少女に手の平を向ける。そして、はっきりと言葉を口に出した。
「落ちろ」




