第36話 頼み事
「さて、君が聞きたかったことはもう良いのかい?」
「ああ、もう大丈夫だ。ありがとう」
俺の質問に答えてくれた祭持さんに、俺は軽く頭を下げる。そんな俺を見て、祭持さんは微笑むのだった。
……ん?祭持さんが微笑んだ?
柔らかい笑顔を見せられた俺は、ここ数日の祭持さんのことを思い返す。
俺が祭持さんと知り合って数日。その間、祭持さんが微笑むことなんて一回も無かった。正確には、悪い笑みを浮かべることはあっても、こんな凄く、物凄く優しげな笑みを浮かべることは無かった。
そんな祭持さんが微笑んだ? なんだ?……嫌な予感がする。
背筋に悪寒が走る。これから、嫌なことが起きる。そんな気がしてきた。
冷や汗を掻く俺を尻目に、祭持さんは、突然、両手を合わせて音を鳴らした。
「さて、君の聞きたいことも終わり、さっきよりも顔色がある程度戻ってきた訳だし、さっき、君が言っていた気味が悪い霊異者について教えてもらえるかな?」
なんだ、話を切り替える為に手を叩いたのか。
俺の予感は外れたのだろうか。そう思うも、貼り付けた優しげな笑顔を見せる祭持さんを見ると、まだ不安は拭えない。
それでも気のせいだと思いたい俺は、気のせいだと自分に無理矢理言い聞かせて納得をさせる。
俺は祭持さんの言葉にぎこちなく頷いたのだった。
「あ、ああ……さっき、学校からこの家に向かっている途中で俺は霊異者に出くわしたんだ。友達と帰っていたんだが、霊異者と出くわしたのはちょうど、友達と別れた直後だった」
「それで?」
「帰っていく友達をある程度の距離、見送ったんだ。そしてその後、ため息がてら目を閉じたんだが、次に目を開けた時には霊異者が俺の目の前に立っていたんだ。たった数秒。三秒、いや二秒も目を閉じていなかったんだが、その一瞬で……」
さっきの出来事を思い出し、一緒に恐怖もむせ返してきた為、少し声が震える。そんな俺の状態を特に気にすることなく、祭持さんは急かしてくる。
「その霊異者の見た目は?」
「えっと、ボロボロの黒いマントに、異常な程に白く乾燥した皮膚。そして口が裂けていた。そ、それで、そいつは俺に顔を近づけ、笑った……すごく不快で狂気的に。そして笑い終えると、こう言ったんだ」
「じゃ「邪魔するな、だろう?」
邪魔するな。俺が言おうとした言葉を、祭持さんは被せるようにして言った。
まさか自分が言おうとしたことを被せて、いや、先に言われると思っていなかった俺は、驚きのあまり目を見開いてしまう。
「なっ!?」
何故、知っているんだ!?
そんな驚いた俺を見て、祭持さんは、してやったりとニヤリと笑ったのだった。
「君も災難だね。よりによって今、そいつと出くわすだなんて。いや、タイミングは良いのか……まあ、君は何かと奇縁が多い。別にそいつと遭遇したところで何ら不思議ではないか」
そんな知っている風に語る祭持さんに、俺は食い入るように聞き返す。
「そいつって……祭持さんは俺が出くわした霊異者を知っているのか?」
俺の問いに、祭持さんは誰かを頭の中に思い浮かべたのか、上に目線を向けながら喋る。
「あー、まあ、会ったことはないけど言付けで聞いてるんだ。それよりも、次は私の話を聞いてくれ。な?奥崎君?」
そう言う祭持さんの表情は、さっきより一層増して優しげな笑みをしてくる。
ああ、やっぱり嫌な予感がする。
祭持さんは足を組み直し、改めて姿勢を正した。
「さて、奥崎君。私から君に、正式に助手としての仕事を頼みたい」
「仕事……」
「……いや、すまない。仕事ではないな。これから奥崎君にやってもらったところで、私は君に対価を支払う訳ではないからね。まあ、軽いお手伝いだと思ってくれ」
確かに俺は祭持さんの助手になった。平穏な生活の為。霊異者という危険から安全を得る為に。だからこの仕事を持ちかけられるのは当然のことだろう。
だが、今、このタイミングで言われるのはどこか不自然さを感じる。
ああ、本当に嫌な予感しかしない。こんなタイミングで言われることは一つしか無い。そう思ってしまう。
どうせ、「その霊異者を倒そう」だなんて言われるのだろうな。
この後の展開を勝手に想像し、一人嫌な気持ちになってしまう。
祭持さんはニヤリと笑うと言葉を発するのだった。
「お手伝いの内容は簡単だよ。ただ、私の付き添いをしてもらいたいんだ」
「は? 付き添い?」
「そうだよ、私の付き添いだ」
自分が考えていた内容と全く違うことを言われ、つい間抜けな声を出してしまう。そんな俺のことを気にすることなく、祭持さんは言葉を続ける。
「これから私は、とある同業者と話し合いをするのだけど、それに私の付き添いとしてついて来て欲しいんだよ」
「なんでだ?」
祭持さんが同業者と話し合いをしに行く。別に、俺がその話し合いに行く必要は無くないか?
俺は、霊異者が見えると言っても、ただ見えるだけの一般人だ。それに霊異のことも大して知らない。俺が行っても、話し合いには参加出来ないんだし、行く意味が無いじゃないか?
そんな俺の問いに、祭持さんは歯切れが悪そうに答える。
「いやあ、その同業者って言うのが私と同期の奴でね。そいつが今回の話し合いの場に弟子を連れてくるみたいなんだ。その……な、なんか私だけ一人って嫌だろう?」
「だから、ちょうど助手になった俺について来て欲しい、ってか」
「そういうこと」
祭持さんは、ソファから立ち上がり、俺に人差し指を向け、ポーズを決めながら言い放った。
祭持さんって、そんなキャラだったっけ?結構、ミステリアスなお姉さん的な感じの人だと思っていたけど、案外、幼い所もあるのかも知れないな。
ポーズを決めて、俺の返事を待つ続けている祭持さんに、内心呆れつつも、俺は頷くのだった。
「分かったよ、祭持さん」
俺の言葉を聞いた祭持さんは俺に背を向け、小声で「よし」と言いながら小さくガッツポーズをする。それに気付かない俺は祭持さんに、
「それで、その話し合いはいつなんだ?」
と言うと祭持さんはすぐに振り返り、腰に手を当てるのだった。
「今からだよ、奥崎君」
「……今から?」
「そうだ。さっき、『これから話し合いに行く』って言っただろう?今から行くんだ」
ああ……そういえば、そう言ってたな。
祭持さんは歩き始めると、扉へと手を掛け、扉を開けるのだった。
「さあ、行こうか。奥崎君」
こうして俺は、正式に祭持さんの助手としての最初の仕事を貰った。「初めての仕事が付き添いだなんて、なんてことないな」と呟く俺だったが、その、なんてことない付き添いで何度も死にかけるだなんて、この時は微塵も思ってもいなかった。




