第35話 駆け込み館
霊異者と遭遇した後、俺は急ぎ足で祭持さんの家へと向かった。
もしかしたら、追いかけてきているかもしれない。そんな不安から、道中、何度も後ろを振り返るが、いなかった。
結局、特に異常はなく、あの霊異者が何かしてくるなんてことは一度も無かったが、恐怖は薄まることは無く、祭持さんの家の前まで来ても恐怖が拭えない。
少し気を抜いただけで、あの霊異者の顔が脳裏に浮かび、息が荒くなる。
そんな状態で祭持さんの家のインターホンを押し、それから数秒経った後、扉がゆっくりと開くのだった。
「いらっしゃい、奥崎君」
出てきた祭持さんは赤紫の服、祭持さんが言うには仕事着を着て出迎えてくれた。祭持さんは俺に笑みを見せ、挨拶をするが、俺の顔を見ると怪訝そうに眉を顰めた。
「ん? 顔色が悪いようだけど、何かあったのかい?」
どうやら、俺の顔色があまりにも悪いらしい。自分では分からなかったが今の俺の顔は青白くなっていたみたいだ。
俺は、重い口を開く。
「……気味が悪い霊異者に……遭ったんだ。今
まで見た中で一番……不気味な奴だった」
あんな恐怖心を煽られるような霊異者は初めてだった。思い出しただけでも手が震える。昨日の、競斗さんに取り憑いていた霊異者の何倍も怖かった。
恐怖から、小刻みに震える俺を見て、祭持さんは目を細めた。
「へえ、それで私の家に来たんだ?」
「いや、そういう訳じゃ……ここには競斗さんのことについて聞きに来たんだ」
そう、ここに来たのは競斗さんのことについて聞きたかったからだ。……急ぎ足で来たのは祭持さんのところに行けば安全だと思ったからだけどな。
「競斗さん? まあ、とりあえず入りなよ」
俺の言葉を聞いて、僅かに目を見開いた祭持さんは、俺に入るように促し、俺はそれに従うのだった。
「お邪魔……します」
いつもの場所。黒と赤で彩られた広い一室に招かれ、祭持さんはいつも通り、中央のソファに座る為、向かう。
「それで? 競斗くんの何が聞きたいんだい? 面識が少ない私よりも君の方が知っているだろうに」
ソファに深く腰掛けた祭持さんは、頬に手をついて、上目遣いで聞いてくる。
「あ、いや。聞きたいことっていうか……」
そんな仕草につい目を逸らしてしまいながらも、俺は言葉を続ける。
「今日、学校に競斗さんが来ていなかったんだ。先生が言うには家庭の事情で四日間休みみたいなんだが……」
「ふむ」
「霊異、いや、まだ競斗さんの内にいる霊異者のせいではないよな?」
霊異者に取り憑かれ、その次の日に学校を休む。昨日、祭持さんはまだ競斗さんの内側に霊異者が残っていると言っていた。
いつもは、ほぼ休むことがない競斗さんが今日に限って休んだ。まあ、正確には今日から四日間なのだが。
そんな、休むことが全く無い競斗さんが霊異関係のことがあった次の日に休むなんて、あまりにタイミングが良すぎないか?
そう思い、祭持さんに尋ねた俺だったが、祭持さんは、まるで何を言っているんだ?と言わんばかりの表情をした後、額に手を当て、大きくため息を吐いた。
「……奥崎君。君は私が何でも知っていると勘違いしてはいないか? 私は競斗さんの家族でも何でもない。競斗芽井の家の予定など全く知らないのだけれども……まあ、いい。奥崎君、私の勝手な推測で言わせてもらうと……本当にただの家庭事情じゃないか?」
祭持さんは、呆れた表情を見せる。
ただの家庭事情。推測なのだから、何かそれを裏付ける理由があるのだろう。それを知りたい俺は聞き返す。
「……何故だ?」
「いいかい? 競斗さんの内にいる霊異者が、昨日の今日で競斗さんに何か影響を及ぼすことは不可能なんだよ」
そう言いながら、祭持さんは唐突に足を組んだ。そして前屈みの姿勢で腕を組む。胸が強調される形になり、男子高校生の俺には少々刺激が強い。
「昨日も言ったけど、私があの少女の霊異者が持っている力はほぼ散らした。仮に競斗芽依に良からぬことをしようと力を蓄えていたとしても、こんな半日ちょっとでは、競斗君に危害を与えれる力なんか戻らない。当分は競斗さんに何もできないよ」
ちょっと、いや、結構えちえちな姿勢に、動揺をしてしまう俺だったが、ここ数日の祭持さんのセクハラじみたことをされたからだろうか、動揺を顔に出すことはなかった……顔には。
頭の中ではちょっとばかり違うことを考えていた俺だが、もちろん、祭持さんの話はしっかり聞いている。
「………………俺の杞憂って訳か」
「そうだね。君の杞憂だ、奥崎君」
……まあ、霊異に詳しい祭持さんが言うんだ。競斗さんが学校を休んだのは霊異関係のせいではないのだろう。
「分かった。祭持さんの言葉を信じるよ」
これ以上、俺が考えてもしょうがない。競斗さんが休みから明けた後に何をしていたか聞けばいいだろう。




