第34話 動揺してはいけない。たとえ唐突だったとしても
教室から荷物をとってきた俺は、改と一緒に学校を出た。そのまま校門を抜け、住宅街を歩く。
「それで?結局、先生からの呼び出しってなんだったんだ?」
職員室に個人的に生徒が呼び出されるなんて珍しい。少なくとも俺は一度も呼び出されたことがない為、改に興味本位で聞いてみる。
「ん? ああ……ただ、風邪で休んでいる間に出された宿題をもらってきただけだよ」
「あー、そういうことか」
なるほど。ただ、休んでいる間に溜まった一週間分のプリントを渡されただけだったのか。多分、そのプリント類は職員室に置いてあったのだろう。それを改自身に取りに行かせた訳か。
「そういうこと。にしても、たかが数日休んだだけでこんなに宿題って溜まるんだな」
改は鞄から分厚いプリントの束を取り出すと、その束を俺に見せながらため息をついた。
その束は軽く二十枚はあるのではないのだろうか。ぱっと見だがそう思える程の量。
この量のプリントを土日で終わらせなくてはいけないなんて……俺だったら発狂しているな。
「はあ、少しくらい免除してくれたって良いじゃねえか。なあ、奥崎!」
「俺に言うなよ。不満があるなら先生に言えよ」
俺に不満をぶつけられても困る。
「言えないから、奥崎に行ってるんだよ。先生に文句を言うなんて、俺の性格じゃあ、到底無理だってこと、奥崎なら分かってるだろ」
まあ、コイツは仲が良い人以外には異常な程、優しく接するところがある。
遠慮があるというかなんというか……距離が遠い人にほど、そういう傾向で接する面があるんだ。人当たりが良いというか、誰にでも優しいというか……様子を見るに、本人もそれで困っている。
「はあ、しょうがないな。それくらいの愚痴ならいくらでも聞くよ」
俺の言葉を聞いて、改は目を見開き、笑顔を見せる。
「おおー!流石は奥崎だぜ!」
改にはいつも頼らせてもらってるんだ。たまには俺が改を支えるのも悪くない。
「じゃあ早速、近所のおばあちゃんが外に置いている物干し竿に自分の下着を掛けている件からーーーー」
「いや、その話はどこから来たんだよっ!」
突然始まった、改の意味の分からない愚痴についツッコミを入れてしまうのだった。
それからは、別れ道が来るまでずっと改の愚痴を聞いていた。
最初は真面目に聞いては相槌を打っていたが、次第に阿保らしくなり、後半はただ「うん、うん」と話半分に聞き流していた。
「ーーーで、道端に上半身裸でヨガをしているおっさんが突然、俺に声を掛けてきてさ、『君も一緒にヨガらないかい?』とか意味の分からないことを言ってきたんよ」
「うん、そうか。俺も分からない」
「そうだよな? 意味分からないよな。俺、言われた時、思わず『は?』って言っちゃったもん……って、もう別れ道か」
二手に分かれた道を見て、改は名残惜しそうにする。
「まあ、もうちょっと話したかったけど、仕方がねえか……じゃあ、奥崎。続きはまた今度話そうぜ! じゃあな!」
「……いや、もう良いって」
俺の言葉は改の耳には届かなかったのだろう。そのまま振り返ることなく走っていく。
その後ろ姿を見送った後、俺はため息をつくのだった。
「はあ、それじゃあ祭持さんの家に行くか」
そう独り言を呟いた後、俯いた状態のまま、左の道へと入ろうと体の向きを変える。
そして歩き出そうと顔を上げた俺だったが、突如として俺の視界いっぱいに広がっている何者かの真っ黒な服を見て、思わず動かそうとしていた足を止めた。
なんだ? つい数秒前まで、俺の左側には誰もいなかったはずじゃ……
やけにボロボロな黒い服。
隙間から細々とした白い手が見え、黒い服だと思っていた布はマントだということに俺は気付く。それと同時に、目の前の存在がそ人間ではないことにも気付いてしまったのだった。
そう、俺の前に霊異者が突如として現れたのだった。
おい、嘘だろ……
俺はゆっくりと顔を上げる。恐る恐る上げた視線が、相手の目と交差した。霊異者と目が合ったのだ。
その目は、瞳孔が灰色に濁っており、それ以外の箇所は真っ黒になっている。異常と言うのが相応しいその目の持ち主の肌は、白くカサカサ。口は頬まで大きく裂けており、口裂け女を連想させる。
だが、見た感じ男性の為、口裂け女ではない。
「……ぁぁ」
その異形。目が合った霊異者は、顔をずいっと近づけると、鼻と鼻が触れそうになる程の至近距離で覗き込むようにして俺を見るのだった。
「暗い人間……人、間?」
恐しすぎて瞬き一つもできない。その間にも、霊異者は俺を見続ける。数秒の静寂。その後、口を大きく歪ますのだった。
「……なんだ、『一緒』か」
恐怖で頭が真っ白になっていた俺は、霊異者の『一緒』と言う言葉の意味を考えることなどできなかった。
そんな冷や汗が止まらない俺の反応が面白かったのか、嬉しそうに顔を歪ますと変な笑い声を上げる。すごく不快なその笑い声は、俺の恐怖を更に濃くする。
「いぃーひぃい、はぁぁあ……ひぃ、あはぁぁ!」
俺の目から一切視線を外さずに笑い続けるその霊異者に、俺は捕食者から絶対に逃れらない獲物になったような気持ちに襲われる。
次第に鼓動が速くなり、パニックからか、息が上がり肩が大きく上下する。頭は相変わらず真っ白で何も考えられない。
霊異者はずっと笑っていたが、次第に落ち着いてきたのか、笑い声が小さくなってきた。そして一際大きくため息を吐いたかと思うと、突如、笑顔から一変して真顔になった。
そして、俺に一言告げるのだった。
「邪魔するナ」
霊異者は俺にそう言い放つと、そのまま砂のように消えていったのだった。
奥崎と別れた後、俺、竹一改は、鼻歌を歌いながら呑気に家まで歩いていた。
「ん?」
突如、誰かに見られている感じがして、振り返る。が、そこには誰もいない。
誰かの視線。
それはここ最近、度々感じるものだった。外ではもちろん、家でも。場所、時間に関係なく感じるその視線だが、もちろん感じた方向を見ても誰もいない。
多分、疲れているのだろう。ここ一ヶ月、あのことであまり深く休めていない。この視線も、疲れからくるものなのだろうな。
「はあ……俺、疲れてんのか。帰ったらすぐ寝るか」
そう言葉をこぼし、頭の後ろを掻いた。
「あー、でもゲームもしてえな」
そんなことを呟きながら、俺は歩き続ける。その俺の右側の細道に、黒いボロボロのマントの奴が立っていることに気づかないまま通り過ぎるのだった。
俺はまた呑気に鼻歌を口ずさみながら自分の家へと歩みを進めるのだった。




