第33話 気付かない
そこから部室までの道のりは話すことなく歩いた。トコトコと歩く佳奈島の後ろを俺がついて行く。階段を登り、二階に上がる。そのまま廊下を歩いて、突き当たりの一番端に位置する扉の前まで来たのだった。
その部屋の扉の上には『読書部』とネームプレートが貼ってある。
昔から使われているのだろう、全体的に黄ばんでおり年季が入っているのがぱっと見で分かる。
佳奈島はその扉を開け、入っていく。それに続いて俺も部室の中へと足を踏み入れたのだった。
「相変わらず、ここは凄いな」
入って早々、俺は天井の高さまでびっしりと並んだ本の数々を見て、驚嘆の言葉を溢した。
漫画や小説、実用書から専門書まで。
この部室には、数多くの様々な種類の本が四方の棚に敷き詰められている。それらは学校の備品ではなく、歴代の読書部の先輩の私物や、佳奈島の私物。
本好きにとってはまさに楽園のような場所なのだ。
俺が部屋の真ん中にあるイスへと向かうと、佳奈島は、入り口のドアを隙間なく閉める。その一連の動きを見ていた俺は何だ?と片眉を顰める。
やけにきっちり閉めるな。佳奈島はそんな几帳面なやつだったか?
そう思うも、それ以上のことは考えることもなく、俺は部屋の中央に置かれている二つのイスと机。その片方に腰掛けると、大きく息を吸った。ゆっくり、じっくりと味わうように。
「すぅーー……はぁ、ここはやっぱり落ち着くな」
本特有の良い匂い。その匂いが充満しているこの部屋はいつ来ても落ち着く。
そんなことをして、己の体と心をリラックスさせていると、ふと、棚に並んでいる一冊の本が目に止まる。
結構この部屋にはお邪魔させてもらっているのに、今まで見たことがない本があるな。
見たことのない本に興味が湧き、俺は立ち上がると棚へ向かう。そしてその本を棚から抜き取り、表紙を見た。
「ん?何だ?変わったタイトルだな……『パンプキンはエレガントに』? 俺の知らない本だ」
聞き覚えのない題名に、首を傾げる。
いわゆるエッセイと言うジャンルの本なのだろうか?パラパラとページをめくって中身を軽く確認していると、佳奈島が俺に言う。
「個人が出してる本だったから、発行部数が少なくて手に入れるのに苦労した」
個人で?そんなことが可能なのか。
「へえ、そうなのか。ちなみに発行部数は何冊なんだ?」
「百冊」
「……よく手に入れたな」
勝手に三千部くらいかなだなんて思ったが、個人で何千部も出すとなると莫大な金が必要になることは少し考えれば分かること。三千部なんて、それこそ商業出版で出ないと出せないか。
しかし、百冊しか出回っていない希少な本をどこで見つけてきたのやら。
そんな疑問が湧いてくるが、そこまで知りたいわけでもない為、忘れることにして本を閉じる。
俺がそっと『パンプキンはエレガントに』を棚に戻し終えた時、佳奈島が俺の横にある棚の一番上の段を指差した。
「ねえ、あれ……取って」
佳奈島が指を指した方を見る。そこは佳奈島が背伸びしてもギリギリ届かないくらいの高さの段。その棚へと向かった俺は、恐らく佳奈島が指しているであろう本を指差す。
「これか?」
「違う」
この本だと思っていたが違かったらしい。次に俺は、隣の本を指差す。
「これ?」
「違う」
「……どれだよ」
確かに佳奈島はこの本の辺りを指差していたはずなのだが。それからも手当たり次第、指差していくが全部「違う」と言われる。
そんなやり取りにげんなりしている俺の後ろで、佳奈島があることをしようとしていることに俺は気が付かなかった。
「はあ、じゃあこれか?」
「……違う」
佳奈島が奥崎の背後に近づく。そのままゆっくりとその小さな手を伸ばし、俺の首元へと近づけていく。次第にその手には何やらオーラが纏い始めるが、棚の方を向いている奥崎が気付くことはない。
その手が奥崎の首に触れそうになった時、勢い良く入り口の扉が開けられたのだった。
「お、いたいた!奥崎、こんなところで何をしてるんだよ」
そこに立っていたのは竹一改だった。先生からの呼び出しが終わったのだろう。手には何枚かのプリントを持っている。
そんな改を見た佳奈島は手を引っ込めた。そして奥崎と距離を取ると、何も無かったかのように壁に背を預ける。
「見たら分かるだろ。今、本を取ってあげてるんだよ。佳奈島、これか?」
「……うん。そう、それ」
どうやら、佳奈島が取ってほしかった本はこれだったらしい。俺はその本を棚から抜き取ると、佳奈島に手渡す。
「ありがと」
本を受け取った佳奈島が喜ぶかと思ったが、いつもと同じ無表情。嬉しいのかどうかは俺には読めない。が、いつもこんな感じの反応だから、顔に出てはいないが喜んでいるのだろう。そう思うことにする。
無事、佳奈島に本を渡すことのできた俺は改の方を向いた。
「改、用事は終わったのか?」
俺の問いを聞き、改は手に持っているプリントをヒラヒラとなびかせ、力強く笑う。
「おお、終わったぞ。それと一週間ぶり! きよちゃん!」
俺への返事ついでに佳奈島に白い歯を見せた改だが、それを見た佳奈島は何を思ったのか、一歩後ろへと下がった後、引き気味で頷いた。
「……ん。おひさ」
その返事には若干のタイムラグがあった。だがそれに気が付くことのなかった改は満足そうに頷くと、俺に親指を立てる。
「じゃ、帰ろうぜ奥崎!きよちゃん、悪いけど奥崎連れてくぜ?」
「……、……ん」
「じゃあな、きよちゃん!」
こうして、俺は改に連れられてる形で読書部の部室を出たのだった。




