第3話 彼は不本意にも非日常へ踏み入る
そんな光景を呆然と眺めていると、女性は振り返り、笑って言うのだった。
「さて、次は君だね」
次は俺。
そう言われ、冷や汗が頬を伝う。カラスの化け物を消した後に、「次は君。」と言われ、まさか俺も殺されてしまうのでは? と言う考えが頭をよぎった。
俺は無意識につい身構えてしまう。
そんな俺を見て可笑しかったのか、その女性は笑う。
「そんなに警戒しなくても君を殺そうとなんてしないよ。大丈夫、私はそんな人間じゃない」
まだ出会って間もない人がどういう人間かなんて分からないだろ。
この女性には悪いが、あまり印象は良くない。助けてくれたとはいえ、身体の自由を奪われた上、あの怪物を消すような奴だ。
言うならば未知数。そんな人間を信じる程俺はお人好しではない。
いや、カラスの化け物を軽く消せるくらいだ。俺のことを殺そうと思っていたらもうとっくに殺しているだろう。もしそうならあの時、俺の身体の自由を解いたりはしないか。
そんな考えに至った俺は、身構えていた姿勢を戻す。それを見て女性は歩き出した。
「ほら、行こうか。 私に色々聞きたいことがあるだろう? 歩きながら話そうじゃないか」
女性は灰色の手袋を軽く引っ張り、はめ直すと俺に手招きをする。
「歩きながらって……何処に行くんですか」
まさか人気のない路地裏に連れて行かれるのか? やっぱり俺は殺されるのか?
返ってきた言葉はそんな俺の予想を裏切る言葉だった。
「もちろん、私の家さ」
「さて、歩きながら話でもしようか」
間一髪のところを助けられた俺は、女性に言われるがままについて行くことになった。目的地は『この女性の家』。
「うん、何処から話せばいいのかな」
女性はビニール袋から駄菓子を一つ取り出し、袋を開けた。
「唐突だけど、君……オカルトは好きかい?」
「オカルト?」
「そう、オカルト。都市伝説やら宇宙人やらの超常現象関係のことだよ」
そう言い、女性は駄菓子をつまむ。その駄菓子を見て、懐かしいなと思いながらも俺は頷く。
「まあ、好きだけど」
俺の数少ない友達の一人にそういうのが好きな奴がいて、その影響か俺も多少は興味がある。……本を買うくらいにはね?
「じゃあ、君は……幽霊は存在すると思うかい?」
『幽霊』。その言葉を聞いて、俺はさっきの化け物を思い出す。
「存在する訳ない……と言いたいけど、さっき見たからな……」
そう、見てしまった。この世の生物とかけ離れた見た目。そして壁をすり抜けるところまで、俺は見てしまったんだ。もう存在しないなんて言えない。
「さっきのカラスの怪物は、幽霊だったんだろ?」
人型のカラスの怪物。まるで食い破られたかのように肉や骨が所々見えていたあの化け物は幽霊としか思えない。
「そうだよ。さっき君が見た者、アレは世間一般的に言う『幽霊』だ。まあ、私達の業界ではアレは『霊異者』と呼ばれている者だよ」
俺の回答に頷き、言葉を続ける。
「『霊異者』と言っても君が知ってる、いわゆる幽霊とほぼ同じ認識でいい。彼らは生前に強い未練を残して死んでしまった生物がなる者なんだ」
『霊異者』それが幽霊という概念の正式名称らしい。
「もっと詳しく話すと、死ぬ直前に相当強い思念を持っていると、身体が死んだ時に思念と魂が身体から解放されて……ってこんなこと君に言っても分からないよね」
『霊異者』関連の分野において素人の俺に詳しく説明するのが面倒だったのか、女性は諦めたように首を振った。
「まあ、亡くなる寸前まで強い思いを抱いて死んでしまうと霊体として存在してしまうのが『霊異者』なんだ」
つまり死ぬ寸前に、もしくは寸前まで強い想いや感情を持ったまま死ぬと幽霊、いや霊異者になってしまうのか。
「じゃあ、あれは……元人間だったって言うことなのか?」
俺はさっきの怪物。カラスのような化け物について尋ねた。
「あー、さっき私が使っていた『者』と言うのは、別に人間のことだけを指していた訳じゃなかったんだけど……そうだよ、さっきの怪物は元人間。未練を残して死んでいった男の成れの果てさ」
困ったように首を掻き、女性は俺の方を向いてニヤリと笑う。
「どんな人だったか聞きたいかい? あの男、『沢倉 浩一』が、生前どんな未練を残して『霊異者』になってしまったのか……」
「いや、いいよ……聞きたくない」
どれだけ強い未練がないと霊異者になることができるのか俺は知らないけれど、少なくとも想像を絶するような強い想いや感情を抱いていないと霊異者にはならないのだろう。
そんな霊異者になる程の強い未練なんか俺は聞きたくない。それはきっと胸糞悪いだろうからな。
「うん、それが良い。あまり曰くのあることには首を突っ込まない方がいいからね。今はまだ、知らない方がいい」
元々話す気がなかったのだろうか、俺の返事を聞くと満足そうに歩き始める。そんな女性の後ろをまた俺はついて行くのだった。
それから数分、俺と女性は話すことなく歩いていた。が、奇妙なことが一つ。俺の勘違いでないなら、さっきから同じところを回っている。
故意か、はたまた道を迷ったのか。
そう思い女性の顔を覗くが、とても道に迷った人のような困った顔はしていない。
交差点の端にある黄色いゴミ箱に、一際ボロボロな赤い看板。それらを見掛けたのはもう4回目だ。
いい加減、我慢できなくなった俺は聞くことにした。
「なあ、さっきから同じところをぐるぐると回ってないか?」
「回ってるよ?」
女性は平然とそう言い切る。
「あんたの家に向かっているんじゃないのか?」
「もちろん向かっているよ」
歩くスピードが変わることもなく、そのまま進む。そうしてまた同じ交差点に来た。
はあ、ふざけているのだろうか。
こんな茶番じみたことに付き合いきれない。そう思った俺は帰ろうと踵を返す。そして細道へと入ろうとした瞬間、景色が歪んだ。
「おわっ!?」
驚いた拍子に一歩下がると歪んでいた景色が元に戻る。
は? 一体どうなってんだよ。
謎の現象に呆気に取られていると、後方から声が掛かる。
「おっと、私が行こうとしている道以外行かない方がいい。じゃないと、帰れなくなるよ」
女性はニヤニヤしながら俺を見て、言葉を続ける。
「ここは『迷いの道』。今私と君が居るこの場所は、現実と幻実の狭間なんだ。だからもし間違った道を辿ってしまうと幻実に行き着いて、一生出られなくなる。もし、誰も見たことのない幻実を見たいと言うのなら止めないけどね」
なんだよ、それ。
現実と幻実の狭間?よく分からないけどあやふやな境界線と言うことだろうか? 巷で聞く神隠しのようなものか?
そんなことを考えながら俺は行こうとしていた細道の先をよく見る。その道は何故か奥の方がよく分からない。普通は見えるはずの細道の先の景色が全く分からない。上手く言えないが細道の先が認識できない。
そんな恐怖の細道を渡ろうとしていたのかと実感した俺は唾を飲み込んだ。
「な、なあ、あんたの家に行くんじゃなかったのかよ」
俺は急いで女性の元へと戻ると女性の斜め後ろに並ぶ。
「そうだよ? 私の家に行くんだ」
「だったら何でこんなところに来たーー」
そう言いかけた時、女性は俺の唇にそっと人差し指を置いた。
「私はあまり秘密を話すのは好きじゃないんだ。それにほら、もうすぐ着くよ」
そう言い、女性がもう一つの手で交差点の先を指差す。
見るとその先には古びた館が建っていた。
「は?」
そこは道路だった筈だろ……
あるはずの道は無く、あるのは立派な屋敷。摩訶不思議なその現象に、ただただ俺は言葉を失うしかなかった。
「あれは迷いの道の奥に佇んでいる一軒の家、『迷いの屋敷』……私の新居だ」
濃い焦茶色の貫禄を感じさせる木材。年季を感じさせる淡い灰色の瓦。そんな館まで歩を進めた女性は、俺の方を向いて怪しい笑みをこぼす。
「ようこそ少年……私の新居に」




