第28話 少女の悲しき過去を知り
そして時は流れ、季節が巡る。
少女はその場でうずくまるようになり、道路を歩いて向かってくる女性を見ては、また俯くを繰り返してた。
「ママ……」
それからも、少女は通り過ぎる女性を見ては俯く。というのを何年も繰り返した。春も、秋もまた次の春も。
だけれども、春が三十回ほど迎えた頃になると、諦めからか時間が流れると共に少女が顔を上げるタイミングが遅くなり、ついには通り過ぎて行った女性の後ろ姿をチラ見するだけになってしまった。
そうして十年経ったそんなある日、一人の女性がその道路を歩いてきたのだった。
女性は少女の真横を通り過ぎる。もちろん少女は顔を上げることは無い。そしてそのまま女性が左の道へ入って行こうとしたその時、ようやく少女は顔を上げた。
「……ママ?」
その女性の後ろ姿は、少女の母親の後ろ姿によく似ていた。ずっと探し、恋焦がれていた少女は勢いよく立ち上がり、駆け寄る。
「ママ!」
瞳には光が灯り、表情は今までの静けさは嘘のように生き生きとしている。女性の後を追いかけて追いつくと、女性の顔を覗くのだった。
「ママ!私だよ、マ……マ?」
結論から言うと、その女性は少女の母親ではなかった。ただ後ろ姿がよく似た別人。
何年も何年も探し続けてようやく見つけたと思った女性が全く別の人だった。裏切りにも近い感情が胸いっぱいに溢れて、少女の目元に涙が浮かんでくる。
「マ……ママ、どこに行ったのぉ……ヒックッ……ママァ……う……うわあぁぁぁぁぁん!」
今までのことが堪えたのだろう。少女はついに吹っ切れてしまったのか、少女の瞳から滝のように涙が溢れてくる。
「ぁあぁぁぁ、ぁぁぁあぁぁあぁ!」
声帯が千切れてしまうのではないのかと思う程の大きな声で叫ぶ。嗚咽混じりに泣きじゃくり、頬から涙が落ちて地面に散っていく。
そんな少女の元へと私は駆け出した。
「もういいよ!」
脱力して、世界の終わりだと言うかのように泣いている少女を強く抱きしめる。できる限り強く、すごく強く……そして、なるべく少女を包み込めるように。
それでも泣き止むことがない少女の頭に手を置き、そっと少女の顔を胸に沈めるのだった。
「辛かったよね……苦しかったよね、寂しかったよね!君が……ううん、あなたのお母さんがっ……大好きなママが遠くに離れて行っちゃって、それでも諦めないって必死に探し続けてっ!ママに会う為にこんな……っ、ここまで辛い思いをしながら待ち続けたんだよね!」
死してもなお、母を想い続ける。
会えるかどうかも分からないのに、『ママを取り戻す』。その一心で何年も何十年も一人で居続けた。『ママに会えるかも知れない』。そんな想いで。
でも……でもっ、それが叶わない想いなのを私は知ってしまっている。
リビングであの写真立てを見た時から、私にはこの子の母親に見覚えがあった。どこか懐かしい……愛おしいという、そんな見覚えが。
あの時には何故見覚えがあるのかは分からなかったけれど、今なら分かる。確信できる。
あの女性は、この子のママは、私のおばあちゃんなんだ。私のおばあちゃんの、若き日の姿。
まだ私が小学生の頃、お母さんから聞いたことがあった。「お母さんには年の離れた姉がいたの」って。
そして、「姉は私が生まれてくる前に交通事故で亡くなってしまった」と言って、悲しそうな顔をしていたことをよく憶えている。
多分、この子は私のお母さんの姉なんだと思う。私にとっての伯母さん。
亡くなったおばあちゃんの一番最初の娘なんだろう。そう、もうこの世にはいない……おばあちゃんの。
私の目元が熱くなり、視界が歪んでいく。この子の辛さ、そしてもういないおばあちゃんの笑顔が頭の中に浮かぶ。
この子は……もう、ママには会えないっ!
「会い……たいよね、会って話をしたいよね!でも、でもね?もういないの……あなたが想い、探しているママ……私のおばあちゃんはもういないの」
私の言葉を聞いて、少女は一瞬ビクリと体を動かした後、泣きながらも嗚咽混じりで言葉を口にする。とても、とても悲しげに。
「……いない……の?ママは、ママはもう死んじゃった……の!?じゃあ、もうママには会えない……」
「でもっ!!おばあちゃんには会えないけど、私のおばあちゃん家、今はおじいちゃんの家におばあちゃんの形見があるの!」
あなたが想い、あなたを想ったおばあちゃんの生きていた頃の痕跡。そして幸せな日々の残滓。
「おばあちゃんが、あなたのママが生きた証が、思い出がそこにはある。だからお願い、もう……これ以上苦しまないで」
「思い出……?」
涙を流し、私の服を強く握りながらも言葉をこぼす少女に、私は優しく頷く。
「そう、思い出……あなたのママが、あなたの分まで生きた痕跡があるんだよ。だから……ね?今度、私と一緒に見に行こうよ。一緒に見て、触れて感じて……そして教えて? 私にあなたのママのことを。私も……私も教えるから。私が知っているおばあちゃんとの思い出を……あなたが満足するまで。それまでちゃんと私が一緒にいてあげるから…………だから、もう泣かないで、悲しまないで……」
祈りにも近い私の言葉は、少女に届いたのだろうか。泣いていた少女だったが、もう泣かまいと鼻をすすると、力強く頷くのだった。
「…………うん」




