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第27話 霊異者の哀しき過去

 「知らない……場所」


 私、競斗芽井にとって、全く見覚えのない場所。


 どこかの家のリビングということは分かるが、それ以上のことは何も分からない。それにここまでの記憶はなく、どうやってこの家に入ったのかすらも私には分からなかった。


 不安からキョロキョロと辺りを見渡していると、ふと、棚の上に置いてあった写真立てが目に入る。


 「これ……は?」


 母親とその子供なのかな?


 その写真には、どこかの公園を背景に幸せそうにピースをしている家族が写っていた。何故だろう、それに写っている女性を私はどこかで見たことが……


 私は無意識にその写真立てに触れようと手を伸ばすが、その時、奥から二人の悲鳴が聞こえたのだった。


 「い、いやぁぁぁぁ!」


 「やめてよ、パパァ!」


 突然の悲鳴に驚き、声がした方を振り向くと、それとほぼ同時に扉が勢いよく開き、一人の男が現れた。


 髪がボサボサで無精髭を生やしており、酒っ腹というのだろうか、太っている訳ではないのだけれど、下腹部が少し膨らんでいる。


 恐らくついさっき聞こえた少女が叫んでいた『パパ』という人物なのだろう。


 真昼間から酒瓶を片手に持っていることにも驚いたけど、何より驚いたのはもう片方の手には女性の髪が握られていることだった。


 「痛いっ! 痛いってば!」


 髪を掴まれ、引きずられるようにして倒れている女性は、引っ張られている自分の髪が抜けないように両手で持っている。女性はやめてと必死になって叫ぶが、男は聞く耳を持たずそのまま引きずる。


 「ひぃ!」


 お酒が入っているからなのだろうか。その男はフラフラとおぼつかない足取りと据わった目つきで私の方へと向かってくる。


 私は怖さのあまり壁の端に寄ると、引っ付くようにして壁に張り付く。そんな私のすぐ真横を男は女性を引きずって通って行くのだった。


 「っ!」


 彼らには私が見えていないのだろうか。横にいる私を見ることなく男と女性は通り過ぎる。


 「やめてよ!ママを離して……虐めないでぇ!」


 不意に、男が出てきた扉の方から、さっき聞こえた少女の声が聞こえた。私は振り返って見てみると、そこには小さい少女が立っていた。


 その少女は、棚の上に置いてあった写真では幸せそうな笑顔を浮かべていた少女だったが、今は笑顔ではなく、瞳に涙を浮かべて力強く男を睨んでいる。


 少女を見るまでは気が付かなかったけど、男に引きずられている女性は写真に写っていたもう一人の女性だった。


 元々は綺麗な顔立ちの女性なのだろうけれども、今は顔は膨れ上がっており、青あざもできていて悲惨な状態になっている。


 引きずられている女性、母親が何を言っても全く反応していなかった男だが、少女の声を聞いて足を止め、少女の方を見たのだった。


 「あぁ?誰にそんな口聞いてんだぁ?」


 振り返った男の顔は怒りに満ちており、額に青筋を浮かべていた。男は女性の髪を離すと、少女に近づいていく。


 「っ!」


 大股で威嚇するように少女の前に立つ男。その男を前にしても少女は男を睨み続けていた。そんな少女の態度が気に食わなかったのだろう。男はゆっくりと足を後ろに上げるとそのまま振りかざす。


 「やめてぇー!」


 母親は手を伸ばし必死に叫ぶ。だが彼女の悲鳴が届くこともなく、男は少女のお腹に蹴りを入れたのだった。


 「っっ!」


 幼い子供が、成人男性の蹴りをお腹に食らわされる。そんな痛々しい光景を前に、私は両手で目を覆い被せてしまう。


 蹴りを入れた当の本人は、流石にやりすぎたと思ったのだろう。うずくまって咳込む少女を見て、バツが悪そうに舌打ちをする。


 「い、いたいよぉ」


 涙を流し、嗚咽をこぼす少女があまりにも辛く、可哀想で私は手を伸ばした。その時、後ろから母親が少女の名前を呼びながら駆け寄って行ったのだった。


 「ーーー!」

 

 おぼつかない足取りで近づき、真っ青な顔で背中を摩る。


 何度も何度も、「大丈夫!?」と語りかけるが、少女は痛みが強すぎるのか反応を出来ずにいた。そんな少女を抱き上げようとした時、また男が母親の髪を引っ張り、引きずって行ってしまう。


 髪を引っ張られながらも少女の名前を呼び、再び少女の元へと行こうとするも、男の力に敵う訳が無く、そのまま玄関を出ると外へと引きずられて行ってしまうのだった。


 玄関の扉が閉じ、家の中は少女のすすり泣く声だけしか聞こえない。


 私と少女、二人きり。


 私はそっと少女に近づき、顔に触れようと手を伸ばした。だけど、


 「マ……マ」

 

 少女の言葉で私の手は止まった。


 少女はお腹に蹴りを入れられて、ものすごく痛いはずなのに、唇を噛み締めてフラフラとなりながらも起き上がり、母親を追う為に少女はゆっくりと玄関へと向かうのだった。


 小さな体で二回りも大きい扉を開ける。男から母親を取り戻す為に、その為に少女は外へと出ていく。その幼く、小さな後ろ姿に、私はついて行く。

 

 少女が外に出て、歩道に向かった時には、既に男が母親を引きずりながら車道の向かい側まで行った後だった。


 母親は外に出てからも抵抗をしていたのか、引きずられて伸びた状態になっている両足の膝は血だらけになっている。


 そんな痛々しい姿に一人、顔を歪ましていると隣の少女は小さく言葉をこぼした。


 「か、返し……て」


 涙をポロポロと落としながら、それでも泣かまいと唇を噛み締めながらも言葉を絞り出す。


 「ママを……ママを返してぇぇ!」


 少女は走り出す。母親を助ける為、取り戻す為に走り出す。手を伸ばし、涙を流しながら……だが、現実は理不尽だ。少女の切実な思いは虚しく、駆けている少女の横からトラックが迫るのだった。


 「っっ!」


 宙に舞った少女を見て、私は声にもならない悲鳴を上げてしまう。


 「ぁ……ぁあっ!」


 吹き飛ばされた少女はそのまま地面に叩きつけられ、赤い液体が広がっていく。その光景を見ていた男はその場で呆けて動くことはなく、そんな男を振り払い、母親は少女の元へと駆け寄り、叫び続けるのだった。

 


 それから数分後。


 遅れて救急車の音が鳴り響き、一時は騒然となった。


 人が集まり、大きな人混みができる。だけれども、しばらくするとその場は次第に静かになっていき、集まっていた人達はどんどんとその場を離れて行くのだった。


 一人、また一人と消えていき、警察も消防も、男も消えていく。そして最後には母親もその場から去って行ったのだった。


 ただ二人。母親を諦めきれない少女と私を残して。

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