第26話 家に帰る前に
その後は祭持さんの宣言通り、一緒に競斗さんの家へと向かった。もちろん、道中は傘の中には入れてもらえず、雨を浴び続けながらの移動だったが。
家の前に到着すると、今まで競斗さんをおんぶして連れて行っていた祭持さんだったが、お姫様抱っこへと持ち方を変え、俺に、
「奥崎君。君はここで待っていてくれ。私は競斗君を寝室に置いてくる」
と告げると軽く跳躍し、二階に付いている窓の近くまで飛んだ。
「うわぁ、祭持さんもそんなことできるのかよ」
取り憑かれていた競斗さんもあれくらい飛び跳ねていた。どうやら霊異の界隈では人としての常識というものは通用しないみたいだな。
「開け」
窓より少し高く飛んだ祭持さんは、窓を見ながらそう言うと、その窓の鍵が人知れず勝手に動き、解除され、一人でに開いた。
何だそれ、便利過ぎるだろ。
俺が口を開けて呆けている中、祭持さんは競斗さんを抱えて、窓から家の中へと侵入するのだった。
「どうやら入ってきた部屋が、ちょうどこの子の部屋みたいだね」
知り合いでもなんでもない人様の家に無事不法侵入することができた私は、とりあえずびしょ濡れになったこの子、競斗君の服を脱がすことにした。
適当な床に寝かせると首元のリボンを取り、ワイシャツのボタンをひとつひとつ取っていく。それらを全て終えると、ワイシャツを脱がそうと引っ張る。が、水分を含んでいるせいで少し脱がしずらい。まあそんな文句を言っても仕方がないけどね。
少し苦戦しながらもワイシャツを脱がし終えた私は、続けて、濡れて重たくなったスカートと見せパンを脱がし、残すは下着だけとなった……が、
「下着は……脱がさなくても良いかな」
流石に私でも赤の他人の下着を意識のない中脱がすのは気が引ける。
競斗君は私とまだ知り合ってすらいない。私という存在を知らないのだ。私が競斗君と対面したのは霊異者に乗っ取られているときだからね。だから競斗さんと私の関係性は赤の他人という言葉が一番相応しいだろう。
「あ」
実に学生らしい空色の簡素な下着を露わにした競斗君を見て、私はようやく着せる服をまだ用意していないことに気がついた。
脱がした服を一箇所にまとめると、服が入っているであろうクローゼットから適当な服、恐らく部屋着だろうものを一着、そしてタオルも一枚取り出す。
髪の毛に含んだ水分をタオルでしっかりと拭いた後、服を着せ、ベッドに寝かせるのだった。
上からゆっくりと毛布を掛けると、少しパサついた髪の毛をそっと流す。そして前髪を分け、おでこを出してあげる。
「おやすみ、女子高生。いい夢を」
頭を撫でながら、優しく、囁くようにそう言うと私は窓から出ていくのだった。
しばらくして窓から降りてきた祭持さんを確認した俺は、早く自分の家に帰る為、祭持さんに別れの挨拶をしようと近寄る。
「じゃあ、祭持さーーーー」
俺が挨拶をしたその時、祭持さんは逃がさまいと、明らかに作り笑顔で俺に微笑む。
「さて、競斗さんも送り届けたことだし、私の家に戻るとしようか」
「え? 俺帰らなくちゃーーーー」
「一緒に霊異事件を食い止めた仲じゃないか。もう少し付き合ってくれよ。な、少年」
祭持さんに食い気味でそう言われ、更に腕まで肩に回される。
その……何がとは言わないが俺の横腹に祭持さんのあ、あれが当たってるんだが祭持さんは気づいているのだろうか。
俺は頬を若干赤く染めながらも、早く帰りたい俺は渋い顔をする。もちろん内心は喜んでいるが。
「でも俺、雨でびしょ濡れだから早くシャワー浴びないと風邪を引いてしまう」
「大丈夫だよ、君はまだ若い。ちょっと雨に濡れたくらいじゃ、風邪を引いたりなんかしないよ」
いや、ちょっとじゃないんだけどな。
頑に帰らせまいとする祭持さんに若干呆れを感じていると、祭持さんは俺の耳元に唇を寄せ、胸を更に押し当ててくる。
狙ってやっているのか、はたまた胸が大きいから当たってしまうのか。
「ぃっ!?」
「ほら、私の家で身体を拭くタオルくらいは貸してあげるよ?」
なんて魅惑的な声なのだろうか。
その悪魔的なボイスに抵抗できる思春期まっしぐらの男子高校生はこの世に誰一人としていないだろう。もちろん俺も例外ではない。抵抗することができなかった俺は、だらしない顔で頷くことしかできなかった。
「っ!?しょっ、しょうがないな。少しだけだぞ」
「そうか。じゃあ行こう」
スマホの画面を見て時間を確認する。時刻は既に二十時過ぎ。夜遅くに大人の家にお邪魔するなんて……なんて素晴らしい展開なんだ!
そんなことを考えて鼻息を荒くする俺は、前を歩いている祭持さんが馬鹿にするように笑っていたのを気づくことはなかったのだった。
その後、祭持家ならぬ『迷いの館』に着いた俺は、祭持さんからタオルを貰い、あらかた水分を拭いたあと、例の部屋に通された。
相変わらず普通の人には見えない台とグラスが置いてある。
祭持さんはその手前に置いてあるソファに座ると足組みをし、喋り始めるのだった。
「とりあえず……そうだね、労いの言葉から言おうか。奥崎君、今日はお疲れ様。よく霊異者と相対して無事だった」
「……おう」
無事……ではなかったがな。
蹴って蹴りまくられて打撲、いや骨折もか?それに血反吐も吐いてたしな。むしろ逆に近いと思うな。あの少女……あいつがくれたこの治癒の力が無ければ今頃は死んでいた……気がする。
そこまで考えて、俺はまだ祭持さんにこのことを話していないことに気付いた。さっきは自分が人を辞め始めたことにコンプレックスを抱いて、つい誤魔化してしまったが、祭持さんには言うべきだろう。
そう思い、口を開くが、
「あの……祭持さんーーーー」
「さて、本題に入ろう」
俺の弱気な声は、祭持さんの声でかき消されてしまうのだった。
「……あ、ああ」
言葉を遮られてしまったせいで俺の気力が削がれる。別に今じゃなくても、今度言えばいいだろう。と思った俺は頷くのだった。そんな俺を見て、祭持さんは手を叩く。
「じゃあ、今回の件についてすぐにでも話したいと思っているのだけど…………まだなのかな?時間的にはもうそろそろきてもおかしくないのだけれどね」
ほんの少しだけ落ち着きのない様子でチラチラと横を見始める。そんな祭持さんに、俺は首を傾げて聞くのだった。
「もうそろそろ? 何を待っているんだ?」
「それはーーーー」
ジリリリリッ、ジリリリリリリ!
突然、部屋中に電話の音が鳴り響いた。音がする横を見ると置いてなかったはずの黒電話があり、小刻みに震えている。その黒電話を見るのは、今回で二回目。
確か、前にも似たようなことがあったな。その時は帰らされたけど。
「ああ、来たみたいだね」
祭持さんはソファから起き上がると黒電話の元へと向かい、黒電話を取った。
「はい、もしもし」




